10月、静岡県小山町にある富士スピードウェイのショートコースで正式発売に先駆け、報道陣に公開された新型ミライ。トヨタ自動車ミライ開発責任者・田中義和氏(左)と小沢コージ

トヨタのFCV(燃料電池車)「ミライ」が全面刷新されて12月に発売される。水素を燃料とし、走行中は水だけを排出する"究極のエコカー"は、どんな進化を遂げたのか? 自動車ジャーナリストの小沢コージが試乗会に特攻した。

■航続距離はテスラを凌駕!

けっこうな正念場かもしれないぜ、夢の燃料電池車&水素エネルギー社会! クルマはもちろん家から工場まであらゆる燃料を石油から水素ガスに変えることで、空気中の酸素と反応させて電気エネルギーとして取り出し、あとは水を排出するだけ。カーボンニュートラルにもほどがある社会が完成する。

そのイメージリーダーこそが、水素タンクにためた燃料で動く"究極のエコカー"FCV(燃料電池車)である。で、栄えあるニッポン量産第1号が2014年12月に鳴り物入りで登場した初代トヨタミライだった。

充電時間が長いピュアEVと違い、1回わずか3分の水素補充で約650㎞も走れる点は非常に実用的だ。価格は723万円と決してお安くないが、国から200万円強の補助金と各種減税もあり500万円台で買える。

発売直後、トヨタの豊田章男社長が官邸に出向き、当時の安倍晋三首相にミライのキーを渡すパフォーマンスまで行なわれて注目を集めたが、結局5年間での世界累計販売は約1万1000台。国内は約3400台と低迷。

国が17年に「水素基本戦略」で掲げた燃料電池車の販売目標は「20年までに4万台程度」だったが、現状は10分の1にも届かず。

ちなみに燃料電池車はミライのほかに、ホンダのクラリティフューエルセル、メルセデス・ベンツのGLC F-CELLが登場しているものの、ともにリース販売のみ。

世界的な次世代環境バトルはEVが圧倒的にリードしているが、そんな現状を打破するトヨタの一手が新型ミライなのだ。開発トップであるトヨタ自動車ミライ開発責任者・田中義和氏に狙いを聞いた!

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――ビックリしました新型ミライ。けっこう衝撃のスタイリングじゃないですか! マジな話、「もしトヨタがアストンマーティンを造ったら?」みたいな超攻め攻めのFRフォルムで本当にカッコいい。メルセデス・ベンツCLSもビックリの流麗な4ドアクーペです。車高もずいぶんと低くなりました。

田中 そこまで言っていただけると光栄です。特にこのフォースブルーマルチプルレイヤーズという新色は、上級車でも十分使えるボディカラーだなと。今までのトヨタで、ここまで深いブルーはない。

――試乗もしましたが、ハンドリングがものすごい。ボディは4.9m超と大きくなりましたが、それを感じさせないスポーティさ。前後重量配分50対50が効いていますか?

田中 効いていると思います。そのためにプラットフォームから一新しましたから。

――スタイルも走りも激変ですよ。その背景には、やはり5年で約1万1000台という初代の結果がある?

田中 決してアストンを意識したわけではありませんが、結果的に目の肥えた小沢さんにそう言っていただけるぐらいのクルマにしないと、多くのお客さまには買ってもらえないだろうと思っています。

――私の偏見ですが、初代ミライは帆船のようなデザインで、大学教授的な頭のいい人が理念先行型で買うんだろうなと。今回こういう、快楽主義といいますか、カッコ良さに目覚めたワケは?

田中 初代は初代で頑張ったんですよ。こんな話をするとトヨタ的には「自分で何頑張ったとか言ってんだ」と怒られちゃいますけどね(笑)。冗談はともかく、「燃料電池車いいよね」とは言っていただけるけれど、やはり理念だけでは購入に結びつきません。

――なるほど。

田中 まだ水素ステーションも多いわけではないですしね。そうなると、やっぱり理念以上に重要なのはお客さまに「欲しい!」と思っていただくこと。そういうクルマをつくらないといけない。

「水素社会を広げる」という高邁(こうまい)な理念はもちろんありますが、それを実現するためにはクルマに興味や関心のない方にも、直感的に振り向いていただけるクルマにしないといけない。2代目のスタイルはそこに気づいた結果です。

トヨタ 2代目ミライ・価格未発表。新型ミライの乗車定員は4人から5人に。ボディ剛性、走りの滑らかさはトヨタ車最高級レベル!
中央には12.3インチの超ワイドディスプレイ。メーターもフル液晶。圧倒的な先進性と高級感だ

――フォローするワケじゃないですが、燃料電池車はフツーのモーターに加えて燃料電池スタックを入れなきゃいけない。そうすると内蔵パーツが多すぎてカッコ良くしにくい。それゆえの初代のスタイルだったとは思います。

田中 新型はスタイリッシュにしたかったし、一方で航続距離も稼ぎたかった。もちろん走りも妥協したくなかった。今回はまさにフルスイングの開発でした。必要要件を考えると、たくさんの組み合わせがありました。そのなかで選んだのが、今回のFRプラットフォームおよびユニットレイアウトなんです。

――レクサスにも使っているGA―Lプラットフォームを採用していますね?

田中 はい。初代のFFミッドシップみたいなレイアウトも考えましたし、タンクの積み方も考えましたが、やはりベストなのは今回採用したプラットフォームとユニットレイアウトなんです。おかげさまでヒールヒップといって着座のお尻の高さもずいぶん低くできました。

――実際、着座位置は超低くてスポーツカーみたいだし、タイヤも19~20インチと超デカくて単純にカッコいい。

田中 そこは十分意識しましたし、実は大径タイヤにすると構造的に大きな燃料タンクが置けるメリットがある。

――新型で私が一番驚いたのは850㎞という航続距離です。後席の足元を少し狭くしてまで、センターにわざわざ3本目の長尺タンクを追加しました。これはなぜです?

田中 開発当初から航続距離の優先順位というのはものすごく高かったんです。

――やっぱし! 新型ミライはEVを意識しているなぁ。だってテスラのフラッグシップであるモデルSは600㎞程度しか走れない。それを踏まえると「航続距離はEVよりFCVのほうが上」というトヨタの宣言にも聞こえる。この解釈でよろしいですか?

田中 小沢さんのご想像にお任せします(笑)。

●トヨタ自動車ミライ開発責任者・田中義和(たなか・よしかず)氏
1961年生まれ、滋賀県出身。京都大学工学部、同大学院を修了。87年にトヨタ自動車入社。オートマチックトランスミッション、初代ヴィッツ、プラグインハイブリッド車の開発などを経て、2012年からミライの開発責任者を担当

●小沢コージ(Koji OZAWA)
1966年生まれ、神奈川県出身。青山学院大学卒業。バラエティ自動車評論家。TBSラジオ『週刊自動車批評 小沢コージのCARグルメ』(毎週土曜17時50分~)。YouTube『KozziTV』。著書に木村隆之氏との共著『最高の顧客が集まるブランド戦略』(幻冬舎)など