東京・霞が関でトヨタの新型ミライを視察した梶山経済産業大臣(右から2人目)は水素社会実現をアピール

水素カー「ミライ」の新型がデビューした。大手の海外ブランドはEVシフトを加速させるなか、トヨタからは次々に水素絡みのニュースが飛び出している。その背景にはいったい何があるのか?

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■水素社会の実現は国家プロジェクト

11月6日、中間決算の説明をするトヨタ自動車の豊田章男社長。中間決算に登場するのは初。会見はオンラインで行なわれた

新型コロナウイルス感染拡大の影響もあり国内外で新車の販売が落ち込むなか、上半期の世界新車販売でドイツのフォルクスワーゲンをブチ抜き、2014年以来6年ぶりにトップに立ったトヨタ。さらに11月6日の中間決算では黒字確保を発表し、コロナという危機に直面しても崩れない強い経営を知らしめた。

そんな無双状態のトヨタが満を持して世に送り込むのが12月9日に発売されるFCV(燃料電池車)の2代目ミライだ。水素をフル充填(じゅうてん)すると航続距離は約850km。この数字は初代の3割増を誇る。

11月9日には梶山弘志経済産業大臣が、その翌日には小泉進次郎環境大臣が試乗し、水素カーの支援強化を語り話題を呼んだ。

そもそもミライは水素を燃料とし、走行中は水だけを排出する"究極のエコカー"として、2014年に鳴り物入りでデビュー。国は次世代環境車のミライに補助金を支給したものの販売は沈み、世界累計販売は約1万台。日本の国内に限れば約3500台。

正直、大手海外ブランドはEVシフトをフル加速させておりFCVはどうしてもスマホに駆逐されたガラケーの姿とダブってしまうのだが......ここにきてトヨタが怒涛(どとう)の「水素ラッシュ」を仕掛けている。

まずはトヨタとホンダのサプライズすぎる取り組みから紹介したい。

トヨタとホンダが災害支援でコラボ。共同開発した移動式発電・給電システムの実証実験がスタートしている

具体的には通常の2倍の水素を積んだトヨタのFCバスが電気をつくりホンダ製のバッテリーにためる。そのバッテリーは小分けにできるので、災害で停電した避難所や屋外イベントなどでの活躍が期待できる。すでにトヨタとホンダは、9月から災害時の電源に活用可能かどうかの実証実験を開始している。今後に注目だ。

続いては、トヨタが日野と共同開発したFCトラックを使い走行実証を開始するというニュースだ。

トヨタと日野が開発中のFCトラック。高圧大容量の水素タンクを搭載する。環境性能と実用性の両立を目指すという

2022年春頃からヤマト運輸、西濃運輸、アサヒグループホールディングス、NLJの物流業務でFCトラックを使用する予定で、この取り組みは国内商用車全体のCO2排出量の約7割を占める大型トラックにおけるCO2排出削減を目指したもの。今回開発されたFCトラックの航続距離の目標は約600kmだ。

JR東日本、日立、トヨタの技術を融合して水素で動く燃料電池電車の開発を進める。ちなみに鉄道車両の名前は「ひばり」

さらにFC電車の計画も飛び込んできた。JR東日本は10月6日にトヨタと日立製作所と連携し、水素を燃料とする試験車両を開発すると発表。2022年3月に実証実験をスタートし、実用化を目指すという。これが実現すれば水素で動く鉄道車両は国内で初となる。

この計画はJR東日本が鉄道車両の設計製造を、日立がJR東日本と共同で開発した鉄道用ハイブリッド駆動システムの技術を、そしてトヨタがFCVの開発で培った燃料電池の技術を投入する。この一連のトヨタの動きはなんなのか? 自動車専門誌の編集者が解説する。

「2030年に水素社会を実現するというのが日本の国家戦略です。中東に依存する化石燃料からの脱却とCO2削減のため、世界に先駆けたプロジェクトで、現在、官民一体となり技術開発、コスト低減、実証実験などを急ピッチで進めています。

ちなみに来年、トヨタが静岡県裾野市に着工予定の『ウーブン・シティ』も燃料電池発電施設を地下に設置する予定です」

静岡県裾野市に来年2月23日に着工予定の実験都市「ウーブン・シティ」。街のエネルギーは水素などをフル活用するという

なぜ今、バスやトラック、電車の水素化を急ぐのか?

「世界で進む環境規制はバスやトラックにも適用されます。ほとんどがディーゼル車ですから規制に対応しなくてはいけません。

しかし、EV化すると充電に時間がかかる。一方、水素の充填ならわずか3分程度。また、走行ルートが固定されていれば補給インフラの整備もしやすい。

まずはバスや配送ルートが決まっているトラック、そして電車などから水素化が進むと考えられています。そこにトヨタが手を打っていると」

脱ガソリンの世界的な潮流のなかでFCVが普及する可能性はどれほどあるのか。

「国が水素基本戦略で掲げたFCVの販売目標は今年4万台に到達する予定でしたが、ミライの累計は約1万台とかなり厳しい状況です。ただし、自動車メーカーは10年以上先の世界をにらんでクルマを開発しています。

5年前にトヨタの開発者を取材した際、『20年代前半になると徐々にガソリン車が姿を消して、その位置にHVが来る。25年頃の主役はPHV(プラグインハイブッツド)で、FCVの活躍は環境が整う20年代後半かな?』と語っていました」

EV界の絶対王者であるテスラは今年時価総額でトヨタを抜いた。FCVにこだわっているトヨタは大丈夫なのか。

「トヨタは新型コロナという未曽有の危機のなかで、世界トップに立つという離れ業をやってのけた自動車業界の巨人です。しかも、水素社会の実現は壮大な国家プロジェクト。今回の水素ラッシュはその序章です。まぁ、トヨタという会社は利益が出ない分野には手を出しませんよ」