木村新社長の隣は、プジョーの最新コンパクトSUV「2008」。取材は東京・目黒にあるグループPSAジャパン本社で行なった

今年1月1日付で「プジョー」「シトロエン」「DS」を束ねるグループPSAジャパンの社長に就任した木村隆之氏を、自動車ジャーナリストの小沢コージが直撃。「移籍の理由」「電動化」「ステランティス」などを聞いた。

■EV普及のキモは"プラグイン"

――ビックリしました。ボルボ・カー・ジャパンを躍進させた木村社長がグループPSAジャパンに移籍だなんて! プロ野球選手じゃあるまいし、こんな話はクルマ業界で聞いたことがありません。

木村 日本人では初めてなんじゃないですか(笑)。

――ちなみにボルボ時代は5年で売り上げを1.6倍、利益を2.2倍に押し上げています。ぶっちゃけ、今回の移籍はどういう経緯ですか?

木村 カルロス・タバレスさん(現ステランティス、元グループPSAのCEO)は直接存じあげませんが、実はかつて同じ会議に出たこともありましてね。

――そうか! 木村社長はインドネシア日産の社長をされていた。同時期にタバレスCEOもルノー日産にいたんですよね。ということは、木村社長の存在も業績も把握していますね。もしやそのスジからのヘッドハンティングが電撃移籍の背景に?

木村 そうです。まぁ、何よりクルマビジネスはユニークで、私は本当に面白いと思っているんです。

――具体的にお願いします。

木村 例えばお客さまが生涯年収の中で何にどれだけ使うかっていうと「家」が1番だと思います。でも、2番目はクルマなんです。よく聞くじゃないですか。「買うつもりはなかったけど、ディーラーに行ってクルマを見たら買っちゃった」と。そこが面白いビジネスだなと。高額なのにエモーショナルチョイス。で、販売店とは付き合いが長く続く可能性がある。非常に深いビジネスです。

――そんな木村社長は昨今の世界的な電動化の波や"脱・純ガソリン車"についてどうお考えで? 昨年、PSAはプジョーe-208、e-2008、DSオートモビルのDS3クロスバックETENSEという純EVを日本市場に投入して話題を集めましたが。

木村 日本という市場はスゴく特殊で、"電動化"という言葉ですべてを片づけようとする。しかし、すでに軽自動車もマイルドハイブリッド化しています。私は電動化よりも今後は"プラグイン"がポイントだと思っています。そのためにはお客さまの意識を変える必要がある。

ピュアEVも設定! プジョー「208」価格239万9000~423万円。昨年7月に登場したFFのコンパクトハッチバック。ガソリン車とEVを用意している

――つまり、クルマをケーブルで充電する習慣を身につけるべきと?

木村 日本人はハイブリッドにこだわっており、お客さまの振る舞いがまったく変わらない。本当に環境問題を考えたとき、クルマをプラグインさせるかどうかがものすごく大事になってくる。そこに対してわれわれはどういうアピールができるのかなと。

――ちなみにプジョーe-208は外観やインテリアがガソリン車と変わりません。しかし日本市場におけるハイブリッドを見るとエコカーは専用デザインで成功しています。この戦略についてはどう見ていますか?

木村 e-208はブランドとしての見識です。日本の皆さんは"プリウスシンドローム"にかかっている。トヨタも最初は自信がなかったはずです。しかし、エポックメーキングに売らなければいけないのでプリウスを専用デザインにして成功した。

しかし本当にEVも専用ボディにしてアピールすべきなのか。e-208はベースのクルマからして素晴らしいので、何も変えずに電動化しているんです。

――一方、今年は新年早々、1月16日をもってPSAはFCAとくっついて巨大自動車グループ「ステランティス」になりました。2019年の世界販売台数は合計で約791万台。世界第4位の規模です。

木村 確かに世界的ビッグニュースですが、プラットフォームを含めて最終的にお客さまに商品としてアウトプットするまでかなり時間がかかると思います。何より現時点で私が何かお話しするのは時期尚早かなと。

快適性を追求したSUV・シトロエン「C5エアクロスSUV」価格415万~438万円。シトロエンらしいクセの強いデザインが魅力。ガソリン車とディーゼル車を用意

■フランス車への認識を変える!

――振り返るとボルボ時代は、"木村マジック"という感じで日本におけるボルボというブランドのイメージをガラリと変えました。これは木村社長がトヨタ、ユニクロ、日産で培った知見や経験をベースにブランド戦略を行なったのが大きいと思っています。

特に販売店を大改革し、顧客応対を徹底的に磨いた。その結果、5年連続で前年超えを果たし、2年連続で「日本カー・オブ・ザ・イヤー」も戴冠。今回はどんなマジックを用意しているんですか?

木村 やるべきことを地道に、愚直に、徹底的にやるだけです。ただ、以前の仕事と今回の仕事は同じ位置にはありません。前職は明確にターンアラウンド(方向転換)でした。一方、PSAジャパンは私が入る以前から経営状況が良く、昨年は10年以上ぶりとなる過去最高の販売台数を記録しています。

今後、日本導入を検討している商品を見ても、過去最高の販売をさらに更新できるなと。それぐらいPSAの商品には自信があります。この好調さをスタッフ一丸となり、さらに加速させます。もちろん、やらなければいけないことはたくさんありますが。

――ズバリ聞きますが、これから日本でプジョーやシトロエンをどう売るんですか?

木村 すでにPSAはプジョーを中心に、日本車やドイツ車とは差別化されたポジションを確立しています。私も昨年末から弊社の商品に乗っていますが、ビックリしました。まずデザインが素晴らしい。使い勝手もiコックピットのような新提案があり、実用上の問題もない上に斬新。それからプジョー、シトロエンの足回りの良さは誰が乗っても明確にわかる。

さらに資料で品質指針を見ると日本車と変わらないか、それ以上の数字が出ているんです。「フランス車にはクオリティの問題がある」なんて過去の話で、お客さまのパーセプション(認識)をこれからどうやって変えるか。それがスゴく大事になってくる。

――フランス車に対する認識を変えるというのは、本当にキモだと思います。日本ではフランス車の魅力は今も「ネコ足」と「かわいいデザイン」で止まっている。でも、すでに一部のクオリティでは日本車やドイツ車を超えていたりする。そこはもっと伝えるべきだと思います。

木村 つけ加えると、プレミアムブランドは米中市場のみを見ているのでクルマが大型化している。その点、PSAのクルマはサイズが適正なので、日本市場で有利だと思っています。

――高級車はどうします? 確かにPSAの中でDSオートモビルは頑張っていますが、ドイツ車はやはり強い。コレをどう突破します?

木村 レクサスですらグローバルで30年、日本でも15年かけてようやく浸透した。あのトヨタがオペレーションしてもそのくらいの時間が必要なんです。ラグジュアリー車を希望されるお客さまへ浸透させるには時間がかかる。仮に浸透してもドイツ車ほど数は多くないかもしれない。

でも、ラグジュアリー車は必ずしも台数を追うべきではない。きちんとクルマの価値を理解してくださっているお客さまが「私のライフスタイルに合っている」と感じていただければそれでいいわけです。

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●グループPSAジャパン代表取締役社長・木村隆之
1965年生まれ、大阪府出身。大阪大学工学部卒業後、トヨタ自動車入社。2003年にノースカロライナ大学でMBA(経営学修士)を取得。その後、ファーストリテイリング営業支援統括部長、インドネシア日産自動車社長、そしてアジア・パシフィック日産自動車兼タイ日産自動車社長を歴任し、2014年よりボルボ・カー・ジャパン代表取締役社長に就任。昨年3月から12月まで同社顧問を務めた。今年1月より現職