昨年末にスバルの開発施設「スバルラボ」が渋谷に誕生した。いったい何を研究するのか? 自動車ジャーナリスト・小沢コージが現地に突撃。責任者であるスバルラボ所長兼自動運転PGMゼネラルマネージャー・柴田英司氏を直撃してきた!
■アイサイトとAIの融合
――ついに初潜入したスバルラボですが、いったいなんですか、このオシャレ感! 渋谷のど真ん中の高層ビルにエスプレッソマシンもそろった環境って ぶっちゃけ、群馬県がルーツのスバルらしくない。
柴田 そうなんですが(笑)、ソフトウエア開発のために優れた人材を採ろうと思ったら、今やIT系の企業が多い大都会・渋谷にオフィスを構えるしかない。今後、先進安全を進化させるためには絶対必要な人材ですから。昨年、新世代アイサイトの開発にめどがついたタイミングで準備を始めました。
――柴田さんは"ミスターアイサイト"ですが、現在はスバルラボの所長であり自動運転PGMという肩書まである。これまではスバルのアイサイトはあくまでも運転支援機能であり、完全自動運転は目指さないとおっしゃっていましたが、スバルが本気で自動運転とAI開発をやると?
柴田 自動運転はあくまでも技術的なカテゴリーであって、われわれは全社一丸となって「2030年に死亡交通事故ゼロ」を本気で目指しています。これは決してアイサイトができたから言いだした話ではありません。スバルは「絶対に落ちてはいけない」という航空機メーカーをルーツに持つ会社です。安全に対する取り組みはDNAとして組み込まれている。
死亡交通事故ゼロの目標達成のためには、今後10年の間に誰もが購入できる進化した運転支援デバイスをクルマに搭載しなければならない。その思想が自動運転に結びつく可能性は否定しませんけど。
――アイサイトはスバル独自のステレオカメラ技術が中心にあります。スバルラボの誕生で、そこも変わる?
柴田 これまでアイサイトは初代から最新型まで基本的なシステムやアーキテクチャーはほぼ変わらずカメラやセンサーの技術向上で性能を上げてきました。しかし、そこに新たなAI処理などを融合するとアーキテクチャーまで変わることになる。そこで根本からイッキに進化させて性能を上げていこうと。
――実は東京にラボを設立しているのはスバルだけじゃない。2017年にホンダが赤坂に、翌年にトヨタが日本橋にラボをつくりました。しかも、トヨタはシリコンバレーの天才であり、スタンフォード大学でロボティクスの博士だったジェームス・カフナー氏を迎え入れた。スバルも基本的な考えはトヨタと同じ?
柴田 微妙に違いますね。そもそもアイサイトは画像処理技術なんですが、これから自動運転の分野で重要になるのはAI技術です。その流れのなかで起きているのが人材獲得競争なんです。
――カフナー氏は「東京は街がきれいで食事もウマい。中国も近いしアジアの中心だ。欧米よりもソフト人材を採りやすい」と話していました。
柴田 確かにアジアには優秀な人がたくさんいますね。
――具体的にはどんな人材を求めています? グーグルとかDeNAとかで働いている人たちがイメージですか?
柴田 そこはまさしくそうです。AIの最先端の人材がどこにいるかっていうとIT企業です。残念ながら自動車企業にはいません。
――お給料が高そうです。
柴田 そこは解決すべき課題です。ただ、現時点でもともとスバルにいた人材と、新しく外部から採る人材を半々ぐらいにするイメージなので。
――会社の公用語は英語?
柴田 当面は日本語です。
――私はスバルがトヨタと同じようなラボを始めるとは思っていなくて、今回一番聞きたいのは、スバルらしい自動運転とAI開発ってなんなのかなと。やはりスバルラボでは車載用AIであり、ソフトウエアを作るんですよね?
柴田 すでにアイサイトの開発は大半がソフトウエア開発になっている。3次元空間を把握するソフトはスバルが30年ぐらい開発しているアルゴリズムの固まりですしね。
――スバルという会社には「走り」や「ハンドリング」にこだわりを持つメージがありますが、実は違うと。すでにクルマはハードウエア以上にソフトウエアが性能を決める時代に入っている?
柴田 スバルにはその両面がありますけど、今は開発時間が短い。戦略的志向というより背に腹は代えられぬ状態です。かつてはハードが決まってからサプライヤーにソフトを発注していたんですが、今はシステムが大きくなりすぎて間に合わない。
ある程度は、自動車会社がソフトを事前に生み出しておく必要がある。アイサイトも見た目からは想像できない巨大なソフトウエアが動いていますしね。
――クルマのスマホ化?
柴田 クルマは求められる基準がスマホとは圧倒的に違います。スマホはソフトがバグって止まったとしても再起動できる。でも、クルマはそれが絶対許されませんから。
――安全性が最優先だと?
柴田 スマホのソフト開発技術が取り込まれているのは間違いありませんが、だからといってすべてをスマホ基準に合わせるわけではない。ソフトウエア会社への脱却は大変だし、すべて脱却することはなく、従来的な文化と共存していこうかなと。もちろん、風土改革は重要ですけどね。
■スバルの自動運転は庶民のもの
――話を戻しますが、スバルラボの研究は「2030年の死亡交通事故ゼロ」にどう結びつくんですか? ぶっちゃけ、死亡数ゼロは美しい話ですよ。けど、実際には問題が山積している。例えば高齢者や飲酒ドライバーの問題をどうするのか。さらに言えば、ドライバーがペダル操作を間違う可能性だってある。
柴田 ドライバーインターフェイスが大事なのは確かでしょうね。ドライバーの状態を監視する技術や今までにない技術進化は必要です。自動化が進むと、ドライバーが行なうべき操作範囲とシステムの操作範囲の切り分けが難しくなる。そこはAIを使いながらやっていけたらいいのかなと。
今、ドライバーがどういう状態なのか。自分のクルマがどういうリスクに直面しているのか。それを判断する技術が必要です。状況をより賢く判断することが重要で、その判断の組み合わせがやがて死亡事故ゼロにつながるのではないかと考えています。
――もし死亡者数ゼロを達成した場合、それを他社に提供することは考えてます?
柴田 常にオープンです。
――ちなみに新型レヴォーグに搭載された新世代アイサイトは自動運転レベル3を達成できているのでは?
柴田 さすがに今のアイサイトでは無理です。そこは今後先行メーカーさんを参考にしながらいろいろ考えます。
――これからスバルの自動運転はどうなります?
柴田 もちろん、興味はありますが、価格の問題が立ちはだかる。自動運転実現のためにはドライバーの代わりになるような部品を追加しなくてはいけません。しかし、そういう部品の値段は高く、車両価格がハネ上がってしまう。基本的に弊社の小型車すべてに搭載できるシステムを開発しないといけないので。
――スバルの安全技術は自動運転の時代になっても庶民のものであると。誰もが買えなければスバルじゃない?
柴田 そうです。ただし、そういう部品は5年10年で価格が下がる可能性があるので、それを横目に研究や開発を進めます。部品が安くなっても、ソフトウエアがないと動かない。そこをあらかじめコチラで開発しておくと。
――スバルの未来は、スバルラボがキモになりそうです。
柴田 そのとおり。
【虎の穴"スバルラボ"に突撃!】
①ドアロックはすべて生体認証
スバルラボが専有する6部屋のドアロックはすべて生体認証で管理されている。そのため事前に顔情報を登録された人しか入退室できない
②スバルラボはシェアオフィス内に開設
スバルラボは、野村不動産が展開しているシェアオフィス内に開設されている。写真のラウンジなどは他企業とシェア
③カフェブースもある
共通ラウンジ内にあるカフェブースには、エスプレッソやアメリカンなどが選べるコーヒーメーカーも完備されている
④コロナ時代に対応したオフィス
机を壁向きに配置したり、パーティションで個人空間を仕切るなどコロナ対策も万全。「密」を回避する工夫もされている
スバルの新しい開発拠点「スバルラボ」は、野村不動産が展開するクオリティ・スモールオフィス「H1O(エイチワンオー)渋谷三丁目」内に開設。その3階スペースをスバルが丸ごと借りている。大小6部屋と、入居者用のラウンジ空間で打ち合わせや休憩ができるようになっている。ちなみにスバルは現在、「スバルラボ」で働くエンジニアなどを絶賛大募集しているぞ!
●小沢コージ
自動車ジャーナリスト。TBSラジオ『週刊自動車批評 小沢コージのCARグルメ』(毎週土曜17時50分~)。YouTubeチャンネル『KozziTV』。著書に共著『最高の顧客が集まるブランド戦略』(幻冬舎)など。日本&世界カー・オブ・ザ・イヤー選考委員