漫画家・イラストレーターの江口寿史(えぐち・ひさし)氏が最新作品集『彼女』を3月10日に上梓した。

これは氏にとって初めてとなる美人画集。初期代表作『すすめ!!パイレーツ』から初収録作品まで350点もの女性イラストを掲載。女性画の魅力はもとより、40年以上にわたる江口作品の変遷を辿ることができる内容となっている。

今回の作品集の制作エピソードから、イラストレーターとしての意識、女性画への想いを聞いた。

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――女のコを描かせたら右に出る者はいない江口先生だけに、女性だけの画集『彼女』は存分に楽しませていただきました。 

江口 2018年から『彼女展』という、これまで描いた女性の絵だけを集めた巡回展をやっているんですけど、ずっと図録がなかったんです。なので今回は、その図録としての役割を持ちながら、初収録作品を加えたり、観音折りの口絵を入れたり、会場に来れない人たちも一冊の作品集として楽しめるよう作りました。

――女性だけの絵を集めた展覧会って、ユニークですね。

江口 集大成的な画集『KING OF POP』(2015年)を出して、その巡回展が終わった直後、女性だけの絵で展覧会をやりませんかと声をかけてもらったんです。浮世絵で「美人画」というジャンルがあって、僕の絵を現代の美人画的な切り口で見せられたらって。

ただ、僕自身、とりたてて美人画を描いている意識はないし、いわゆる美人にもそれほど興味がないから、最初は乗り気じゃなかったんです。でもある時『彼女』ってタイトルが閃(ひらめ)いて、恋人であったり、母や妹であったり、自分や見る人々それぞれにとっての美人という見方であれば面白いかなって。

未発表作品〈何?〉2019 ©️江口寿史

――画集には初期漫画作品のカットを含む、350点以上のイラストが収録。先生の女性画の変遷を辿れる作りになっています。先生ご自身が女性を描くことを意識するようになったのはいつからなんですか?

江口 それはもう『すすめ!! パイレーツ』(1977~80年)からです。『週刊少年ジャンプ』に連載してたんですけど、女のコを描くとアンケートの票が明らかにいいんです。それでもっと出そう、もっと可愛くしようって、女性キャラを意識して描くようになりました。

特に人気の高かったのは、四番打者・千葉修作選手の奥さんの久美子さん。マスコットガールの泉ちゃんや女性投手の沢村真(真子)も人気が高かったですね。

――パイレーツは女性キャラの絵が急激に変わっていきましたよね。

江口 僕はちばてつや先生の影響を強く受けているので、最初はちば先生っぽかったんですよ。でも当時、集英社にこもって漫画を描いていたので、息抜きにそこら辺にあった『りぼん』や『別冊マーガレット』を読むうちに変わっていきました。陸奥A子さんや岩館真理子さんらの作品が好きで影響されたんですよね。

あと、女のコの服への意識が変わったのもその頃。いつも同じだとおかしいので、やはりそこら辺にあった『nonーno』を見て、参考にしたんです。当時の『nonーno』は、外ロケのページが多く、自然光の射し方も参考になりました。絵に陰影をつけるようになったのはその頃から。僕の絵の最初の頃の変化は、集英社に泊まりこんでいたのが大きかったかな(笑)。

――漫画家である先生が、イラストへ意識が向かい出したのは?

江口 79年かな。その年『イラストレーション』って雑誌が創刊されたんです。当時は、鈴木英人(えいじん)さんや永井博さんなどスターイラストレーターが大勢いて、その人たちの描き方が写真解説付きで載ってたんで、それを見て研究して。中でも特に影響を受けたのは湯村輝彦さん。パントーンを使っていたんですけど「これだ!」と思って、自分も真似しました。色彩への意識も変わりましたね。

芦川いづみデビュー65周年記念《特別イメージイラスト》(日活)2019 ©️江口寿史

――「パントーン」って80年代にデザインやイラスト業界で人気だった、貼り込んで使うカラーシートですね。

江口 そう。それまでカラーで描く時は、絵の具で塗ってたんです。でも色を作るのが面倒だし、なくなって色を作り直すのも面倒だし。パントーンは色がキレイな上、貼るだけ。楽でいいなって(笑)。やってみるとそう楽でもないんですけどね。

――でも当時描いてたのはイラストでなく、漫画ですよね。

江口 だから扉絵をいろいろ工夫しながら描いてました。本編より、扉絵を描くのが楽しくてね(笑)。時間も相当かけたりして。

――漫画とイラストで描く時の意識は違うんですか?

江口 違いますね。すべてのコマをイラストにすると、目がとまってしまう。漫画として読みづらいんです。やっぱり漫画には漫画の絵があるんですよね。

――『ストップ!! ひばりくん!』(1981~83年)などを見て、思いますけど、先生の漫画の絵は洗練されてて、イラストと遜色(そんしょく)ないものも多い気がしますが、あくまで違うんですね。

江口 いやー、いくらよく描けてたとしても、イラストとして見せるならもっとデザイン込みで練りこまないと。とはいえ漫画とイラストの絵を一緒にしたいと思った時期はありましたよ。4ページの漫画を全部パントーンでやったり。でも貼ったり剥がしたりが大変で、もう二度とやるかと思ったけど(笑)。

――漫画でいろんな技法を試し、それがイラストに生かされたと。

江口 そうですね。コピック(カラーマーカー)で手塗りしたり、デジタルにしたり。まぁ、誰もやってなくて楽な方法を探ってただけだったりもするんですけどね(笑)。

「AVIOT ワイヤレスイヤホン TE-D01i」パッケージ(AVIOT)2020 ©️江口寿史

――イラストを描くときに、大事にしてるのは?

江口 一枚で見せないといけないから、観た人にいろいろ想像させることですね。表情やファッションだったり、描き方だったり、あるいは色使いであったり。ただ僕は漫画家なんで、絵の中にひねくれたところやギャグを入れたりもしてます。そこはプロのイラストレーターとは違うところかも。

――「プロの」って、先生はプロじゃないんですか(笑)?

江口 僕はどうもいまだにアマチュアですね。イラストに関してはどこかで漫画家ですからってエクスキューズを出しているというか、ずっとその意識でやってます。イラストレーターを名乗るのならもう少し気をいれないといけないよね。色を作るのが面倒とか、そういうことを言ってちゃダメなの(笑)。

でもそのスタンスだから柔軟にできるというのもあるんだけど。だから自分の理想としてはもっと漫画を描いて、時々イラストってのがいいんですけどね。

――先生は女性を描く時、モデルはいるんですか?

江口 いたりいなかったり。でも基本、いないです。僕は女の人に対する憧れがすごく強くて。それこそ女性に生まれたかったくらいだから。だから好みというより、自分が女だったらこうなりたいと意識しながら描いてるんです。

『kotoba』No.35 2019年春号表紙(集英社)2019 ©️江口寿史

――女性のどの辺りにそんなに憧れるんですか?

江口 ある時期の女性って無敵じゃないですか。それが羨(うらや)ましい。男は無敵にはなれないですから。たまに「俺は無敵だ」と言う人もいるけど、女性を前にすると絶対負ける。男は魅了される側なんです。だから魅了する存在になってみたいんですよね。

――無敵というと、デビュー時の広末涼子さんがパッと思い浮かんだりします。

江口 そうね、まさにあの感じ。あと17歳の広瀬すずさんとか。もちろん今は今で違った魅力を発揮されてますが。とはいえ、そんな無敵な状態はいつまでも続かないわけで。だから僕は描くんです。絵にすれば永遠に定着しますから。

――それで先生の描く女性は全員、キラキラしてるんですね。そしてモデルはいないから誰もが自分の憧れを投影できる。

江口 それぞれで、まったく違うんだけど、僕の絵を見た方は大抵、自分の知っている誰かに似てるって言ってくれるんです。どのようにでも見られるんじゃないかな。自分としてはそれがものすごくうれしくて。僕が描く女性は誰かにとっての「彼女」そのものなんですよね。

江口寿史(えぐち・ひさし)

1956年生まれ。1977年『週刊少年ジャンプ』で漫画家デビュー。代表作に『すすめ!! パイレーツ』『ストップ!! ひばりくん!』など。1980年代以降はイラストレーターとしても活躍。広告、本の装画、レコードジャケットなど幅広く手がける。近著に『『KING OF POP』5000円(税別)/玄光社、『step』2000円(税別)/河出書房新社など

『彼女』4500円(税別)/集英社インターナショナル

初の美人画集。全国で約5万人を動員した『江口寿史イラストレーション展 彼女』の世界観を画集初収録作品40点以上を含む、350点以上の女性イラストで再現。

「江口寿史イラストレーション展 彼女」

2021年3月13日(土)~5月9日(日) 東奥日報新町ビル3階 New'sホール(青森市)※会期中無休