日本の技術力を発信するため帰国し開発を行なう。クボタメガネを『キテレツ大百科』に登場する「勉三さんメガネ」と呼んで笑う

近視でわずらわしい思いをしている人に朗報だ。かけているだけで視力を回復させるスマートグラスが現在開発中だという。その名も「クボタメガネ」。

これまで根本治療がなく、WHOも問題にするほど世界中で急増している近視患者の救世主となるのか。そのメカニズムと今後の展開を開発者に聞いた。

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■世界で急増する近視。日本人は遺伝も影響

窪田製薬ホールディングスCEOの窪田 良氏

「近視は世界的に急増していますが、将来、メガネのいらない世界を目指しています」

そう話すのは「クボタメガネ」の開発者で医学博士の窪田 良(くぼた・りょう)氏だ。海外の推計によると2050年には世界の約半数の人が近視になると予測、19年の慶應義塾大学医学部の調査では都内の中学生の95%が近視だと推測されている。

では、なぜここまで近視患者が増えたのだろうか。

「要因はふたつありますが、まずひとつが遺伝因子です。研究によると特にアジア人は欧米人に比べ遺伝的に近視になりやすく、韓国のソウルでは19歳の男性の96.5%が近視というデータもあります。

もうひとつは、スマホやPCなど近くを長時間見ることや屋外滞在時間の低下など、日常生活による環境因子です。特に子供の近視の発生件数が圧倒的に増えています」

そもそも近視になるとき、眼球の中でいったい何が起きているのか。

「近視の多くは『軸性近視』です。網膜が本来あるべき場所よりも後ろに伸びて、中心焦点が合わなくなってしまうもので、『眼軸』という角膜から網膜までの長さが長くなってしまった状態です。

眼球は体とともに成長してピントが合うようにプログラムされているのですが、その過程で"ピント調節ラグ"が起こり、成長が止まらず、いびつな形に異常発達してしまうのです」

近視が子供の頃に進行しやすいといわれるのは、眼球の成長と関係が深いためだ。そして、このピント調節ラグは近くのものを見ているときに起こる。

「丸く正常な網膜では、網膜の中心だけでなく、その周辺にもピントが合うようになっています。これが『中心焦点』と『周辺焦点』です。

なので当然、網膜の長さが伸びると中心焦点も周辺焦点も合わなくなるのですが、網膜は周辺焦点を合わせようと後ろに引っ張られるため、さらに眼球が大きくなってしまう。一度近視になってしまうと、どんどん進行する悪循環に陥るのです」

近年では子供に限らず大人もスマホの見すぎなど近距離を見る時間が増加し、そのため、視力低下が進行してしまう20代、30代の患者も増えているといわれている。

■世界で初めてVR技術を治療に利用

ちなみに「視力回復」でググると、「ピンホールメガネ」や「ガボール・アイ」といった視力アップ法が出てくるが、これらは毛様体筋(水晶体の厚みを調整する筋肉)のピント調整機能や脳の認識機能に関するもの。だが、一度伸びてしまった眼軸を元に戻す根本治療は存在しない。

「軸性近視」に関しては、現状ではメガネによる矯正やレーシックで、光の屈折を変えて中心焦点を矯正し、見える状態にしているにすぎない。では、これらの視力回復法とクボタメガネとは何が違うのか。

「周辺焦点のズレが『軸性近視』の原因なら、それを正せばいいという発想です。周辺焦点が網膜よりも手前にある状態であれば、網膜の伸展も軽減されます。

すると網膜は変形を起こさず、眼軸もその状態で保たれたままになります。それ自体はすでに欧米で実証され、中心焦点と周辺焦点を同時に調整する多焦点コンタクトレンズとして商品化もされています」

しかしクボタメガネが画期的なのは、従来の多焦点レンズなどとは違い、眼球に入ってくる自然光をボカすのではなく、積極的に網膜を刺激する点だ。

昨年末、クボタメガネのプロトタイプが完成。8個のLEDが組み込まれているが、今後は形状が改良されていく予定。ここから光が映し出され網膜の周辺焦点をボヤけさせる

「クボタメガネは、VR技術でレンズ本体からLEDを投影することで、疑似的に遠くを見ているような状態に錯覚させます。これはVRを治療に応用した世界最初の例です。

強制的に光をコントロールして映すため、刺激強度を上げることもでき、従来の製品で利用されている自然光よりも効果的だということです」

窪田博士いわく「周辺焦点が網膜の手前にあることが近視治療には大事だ」とは以前から解明されていたそう。しかし、現状では、近視の進行を遅らせる程度の治療しかできなかった。

一方、クボタメガネは21~32歳の12人(アジア人7名、白人4名、ヒスパニック1名。男9名、女性3名)で実験し、1日2時間かけることで眼軸の短縮がみられたそう。

「身長と同じで一度伸びた眼軸を短くすることは無理です。しかし眼軸はわずかだが日々動いており、数日単位でみると短期的に短くなった。

これは世界初の事例ですが、今回の短期的成功は非常に重要。今すでにある多焦点レンズは長期的に効果が出るという間接的な証明になっているので、同様の技術を用いた『クボタメガネ』も長期的に効果があると推測できます」

窪田博士は今後、長期実験で使用時間や照射する光のデザインなど、より効率的な仕組みを調べるそう。

「期待しているのは、網膜が伸びるのを抑えている間に角膜や水晶体が成長して、結果的に全体のバランスが取れるような目になること。これには成長期の使用がベストだと考えていますが、大人でも反応があることもわかったので、今後調べていきます」

気になるのは実用化の時期や価格だが......。

「現在、台湾やシンガポールなどアジアでの年内発売を目指しています。日本は認可が下りるまで時間がかかるんですよ。アメリカで認可されたコンタクトレンズも認可されていないくらいなので......。

価格は現状、手作りなので10万円以上はかかるのですが、もし諸外国で受け入れられて大量生産できるようになれば、値段が下がる可能性はあります。

近視は日本ではあまり病気だと認識されておらず、メガネやコンタクトを使えば支障がないと思っている人も多いですが、特に高度近視の場合は緑内障や白内障など、失明につながるリスクも高まります。世界から近視をなくすことが僕らの目標です」

今すぐ近視が治るわけではなさそうだが、可能性を秘めた新しい技術。低価格化や普及も含めて、今後の近視治療や予防への応用を期待したい。

●窪田 良(くぼた・りょう) 
慶應義塾大学大学院修了。医学博士。2001年ワシントン大学助教授。02年には眼疾患治療に特化した企業を創業。16年に本社機能を日本へ移し、現在の社名に変更。19年からNASAと眼疾患の診断機器を共同開発