「老化するのは仕方がない」と誰もが思っているはず。しかし、東大の中西真教授が老化細胞を除去する薬を発見した! これで人間は近いうちに老化しなくなるかもしれない。つまり健康な体で生きられる期間が長くなるのだ。その薬のメカニズムと老化の仕組みなどを解説してもらった。

■カメやワニは老化しない!?

鏡を見て白髪が増えたなと思ったり、階段を上るのがつらくなったり、「俺も年を取ったな」と感じることはあるだろう。

20~50代の男性400人にアンケート調査をしたところ「老化は仕方がないと思う」人が86%だった。そりゃそうだろう。人間、誰もが年を取る。でも、年を重ねてもいつまでも健康で若々しくいたいと思うのは人の性(さが)ではないだろうか。

それを裏づけるように「健康であれば100歳まで生きたいと思いますか?」という質問には半数以上(52%)が「思う」と答えている。

そんなときに驚くべきニュースが飛び込んできた。

東京大学などの研究チームが、今年1月15日に「老化細胞を除去する薬を発見した」と発表したのだ。そして、マウスを使った実験では「動脈硬化や糖尿病などが改善し、健康寿命を延ばすことがわかった」という。

老化細胞を除去する薬とはどんなものか? 老化しなくなるということは不老不死になるのか? 研究チームのひとりで、東京大学医科学研究所の中西真(まこと)教授に聞いた。

――まず、老化の仕組みを簡単に教えてください。

中西 なぜ老化するのか? その明確な答えはありません。世界中の研究者が必死になって研究してもよくわからないのです。

――えっ!?

中西 ところが最近になって、組織や臓器に起きる小さな慢性の炎症が老化の原因につながっていることがわかりました。ただ、それは私たちの"健康寿命(介護などの必要がなく自立した生活ができる期間)"を決めている老化であって、約120年という"最大寿命"を決めている生物学的老化のメカニズムではないんです。

――人の最大寿命は120年なんですか?

中西 はい。私たちは120年までしか生きられません。

――なんで120年と決まっているんですか?

中西 わかりません。手がかりすらありません。「なぜ人は120年までしか生きられないのか?」に対する回答は一行も書けません。

――120年以上生きている人はいないんですか?

中西 いません。人類で最も長く生きた人は122年と約6ヵ月です。

――へー。

中西 ですから、「健康寿命を決めている老化」と、「最大寿命を決めている老化」は違うということを知っておいてください。そして、その両方があるので、加齢とともに死亡率が上がっていきます。20歳の人と80歳の人を比べると、死亡率は80歳の人のほうが高いですよね。

――そうですね。

中西 ただし、すべての生物が同じわけではなく、例えばカメとかワニは年を取っても死亡率が変わらないのですよ。

――それはなぜですか?

中西 考えられることは、人間の健康寿命を決めている炎症細胞の蓄積がカメやワニにはあまりなく、一方で最大寿命を決めるメカニズムはある。だから、ほぼ死亡率が変わらずに生き続けることができると考えられています。

――健康寿命があるのは、人間だけなんですか?

中西 加齢に伴って死亡率が上がる典型的な生き物は人、馬、マウスなどですね。ただ、生物の老化は非常に多様です。マウスの最大寿命は3年で加齢によって急激に死亡率が上がりますが、アフリカの地中にいるハダカデバネズミは最大寿命が30年で加齢に伴って死亡率が上がることはありません。

――不思議ですね。進化の過程で、年を取ると死亡率が上がるようになったんですかね?

中西 それはまだ謎です。ただ、サケやマスは産卵するとすぐに死んでしまいますよね。これは典型的な例ですが、サケが川を上ってくるときは健康体です。それが産卵すると一気に死んでしまいます。

――あれは老化して死んでいるんですか?

中西 老化の一種と考えられます。ですから、産卵した後の個体を残さないというシステムが、ある種の生物には必要なのかもしれません。

ひとつの考え方として、長く生きれば生きるほど遺伝子は傷つきます。しかし、種が生存するためには傷のない遺伝子を維持することが大事です。そこで傷のある遺伝子が少ない若いときに生殖を行なう。

長く生きて傷ついた遺伝子を多く持った個体が生殖するとおかしな遺伝子を持った個体が生まれてくる可能性があるので、傷ついた遺伝子が多い年を取った個体は早く死亡させてしまおうという仕組みが、老化だという説もあります。

――生殖がポイントだということですね。

中西 日本でも、今から70年くらい前は男性も女性も平均寿命が50歳くらいでした。50歳というとちょうど生殖年齢が終わる頃です。

――サケと一緒ですね(笑)。

中西 ただ、私たちは「最大寿命まで、できるだけ健康で生きたい」という希望を多くの人が持っているはずです。そうすると老化細胞を除去する薬が、その希望を叶かなえられる可能性があると私たちは考えています。

■ゾウは、がんにならない

――では、その老化細胞を除去する薬について、詳しく教えてください。

中西 人間には約200種類、60兆個の細胞がありますが、そのどれもが老化細胞になりえます。例えば、紫外線や放射線によってDNAが傷ついたり、酸化的なストレスがあったり、細胞の中のがんを誘発する遺伝子が活性化したりすると、老化細胞になります。

そして、老化細胞の生存には「GLS1」という遺伝子が必要だということがわかりました。老化細胞はさまざまな刺激によって、タンパク質がうまく作れなくなった細胞です。

細胞の中にはうまく作れなくなったタンパク質を分解する工場(リソソーム)があるのですが、たくさんたまると工場に穴が開いて強い酸性の物質が細胞の中に漏れていく。細胞全体が酸性になると細胞は死んでしまうので、老化細胞はアルカリ性の物質を作ってなんとか中和したい。

そこでGLS1という酵素を活性化して、アルカリ性のアンモニアを作る。すると、老化細胞は生き延びられるわけです。そして、その老化細胞が体の中にたくさん残っている状態が老化です。

――じゃあ、そのGLS1を薬で阻害して老化細胞を殺してしまえば、新しく細胞が作られて老化が起こらないと?

中西 そうです。酸性のままにしておけば、老化細胞は自然に死んでいきます。そして、若い細胞が増えていけば、組織や臓器の機能が保たれる、あるいは改善する。

――若返るということですね。

中西 老化を改善するということです。例えば動脈硬化や加齢に伴う糖尿病、加齢に伴う腎機能、肝機能、肺機能の低下がマウスの実験では、どれも良くなっています。

わかりやすい例を挙げると、マウスも年を取ると筋力が弱くなります。高い鉄棒につかまっているとだんだん疲れて落ちてしまいますよね。マウスも棒につかまるんですが、若いマウスだとだいたい200秒くらいはつかまっています。一方で年を取ったマウスだと30秒くらいしかつかまれません。

しかし、老化細胞を除去すると100秒くらいまでつかまれるようになるんです。人間で換算すると60歳くらいの人が30歳くらいの筋力になったという感じです。

――すごいですね。

中西 少なくともマウスレベルでは、そういうことができるようになっています。

――老化といえば、がんのイメージがあるんですけど、がんにも効くんですか?

中西 がんも典型的な加齢性疾患ですね。

私たちのDNAの中には細胞を作る設計図が入っていますが、その設計図が壊れて細胞の増殖が暴走してしまった状態ががんです。

老化物質が蓄積すると、炎症性物質をたくさん出します。すると、その炎症性物質が周りの細胞の遺伝子を傷つきやすくなる。遺伝子が傷つくとがん化しやすくなる。

――じゃあ、老化細胞がなくなると?

中西 がん化しにくくなるので、がんの発症を抑えることができます。

――すでにがんになっている人にも効く?

中西 たぶん効かないと思います。がんになるのを防ぐことはできるけれども、がんになった人を治すことはできないでしょう。がんは細胞がどんどん増殖するので、老化細胞を除去しても、がん細胞の増加のほうが速い。治療が追いつかないと思います。

――予防ということですね。

中西 そうです。ゾウはがんにほとんどならないって知っていますか?

――え!? そうなんですか?

中西 なぜかというと、傷ついて老化してしまった細胞を細胞死に誘導するからです。私たちは傷ついた細胞が老化細胞として残ってしまうんですが、ゾウは残らない。だからがんにならない。

野生のゾウは天敵などがいますが、動物園のゾウは感染症などにかからなければ、最大寿命近くまで老化に伴う病気にかかりにくいと思います。

――「感染症にかからなければ」ということは、新型コロナは?

中西 新型コロナにかかっている人が治ることはないと思います。ただ、年を取っていると死亡のリスクが高いといわれているので、そこは改善する可能性があります。

基本的に感染症以外は、ほとんどが老年病といわれています。動脈硬化、高血圧、高脂血症、白内障、痴呆症......こうした病気は、老化細胞治療でよくなる可能性があります。

――なんかすごい薬ですね。いつ頃、実用化できそうなんですか?

中西 先ほどがんに効かないと思うと言いましたが、実はGLS1を阻害する薬は、特殊ながん細胞や末期がんの患者さんに対して効果があるのではないかということで、アメリカでは「フェーズワントライアル」という人に応用できる薬として開発が進んでいるんです。

これは、老化予防のためではないのですが、実際に人に使って副作用がなければ、老化予防の薬として使うことも可能だと思います。

最速であれば、5年後くらいには実用化できるんじゃないでしょうか。その場合、早老症とも呼ばれる20代くらいで老化してしまう難病の方から臨床を始めて、その後に腎不全になって透析をしている人、筋力が低下して立てない人などに投与することになると思います。健康体の人が予防的に使うのは最後ですね。

――それでも、その薬を使っていれば、120歳まで健康でいられるわけですよね。

中西 可能性はあります。100歳くらいまでは病気になりにくい状態になると思います。

――じゃあ、人生100年時代は本当に来る?

中西 かもしれないです。今は健康寿命(日本人男性約70歳)と平均寿命(日本人男性約79歳)の間が約10年くらいあります。この10年は寝たきりで介護が必要だったり、病院で治療を受けていたりする期間です。少なくともこの期間を限りなくゼロに近づけることはできるかもしれません。

老年病が減れば医療費も含めて社会の構造が変わってくるでしょうし、70代、80代の人も働いている社会になると思います。

――なんか早く飲みたくなってきました。

中西 私も早く飲みたいですよ(笑)。今後10年の間に老化研究はすごく進むと思いますので、ぜひ、注目していただきたい分野だと思います。

――ありがとうございました。

* * *

120歳まで健康で生きられる時代は、すぐそこまで来ているようだ。