最近は肌に優しいシルク+不織布のダブルマスク生活

『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。今回は、マスクについて語る。

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あ、今回はマスク・パート2。って、パート1はいつだったのか? もう2年以上前、マスク好きとしてあれこれ語りました。あれから、世界とマスクの関係性は大きく変わりました。たった数年で、世界規模で付き合い方が変わることってあるんですね。認識をアップデートしつつ、考えてみた。

前回は、白いマスク以外は着けられない私が、間違って購入した薄いグレーでさえ自意識が邪魔をして着けられず、黒いマスクをすると「殺し屋のよう」とまで言い切りました。

そして2021年。アメリカの大統領が就任式で黒いマスクを着用し、「ちゃんとしたリーダーだ」と祝う世の中に変貌。カラフルなマスクはコーディネートの一部になり、過去の私にこの現状を伝えたとしたら、時が進んだのではなく、パラレルワールドに移動したと思うでしょう。

欧米でマスクが広まったのはひそかにうれしい。以前は、飛行機でマスクをしていたら怪しまれましたが、もう大丈夫。報道されているとおり、欧米にはマスクをいやがる人が大勢いる一方、コロナが収まってもマスクはし続けたいという声も聞きます。

これからは、真冬のパリやニューヨークで防寒目的としてマスクを着用できるのはありがたいです。ちなみに鼻が高い人が多いせいなのか、アメリカでは耳に引っかけずに頭の後ろで結ぶタイプのマスクが人気です。

マスク好きの私でも、プチ酸欠になるし、肌も荒れます。もっと困るのは、出会った人の顔がわからないこと。マスク生活になってから知り合ったスタッフさんは、よく考えたら、顔全体をまともに見たことがありません。

先日、1年前から月に2回ほどお会いしている方がお弁当を食べる姿を初めて見ました。爽やかな好青年で、くるくるお目々のベビーフェイスな彼。しかしマスクを取ると、まさかのひげ三つ編み。『ONE PIECE』の茶ひげ海賊団船長でしか見たことがない、ワイルドで野蛮なスタイル。

今までのイメージとのあまりのギャップに、衝撃と不安が走りました。ひげ三つ編みに罪はなく、1年も接してきた人のことをこうも何もわかっていない事実に恐怖を感じました。

それ以来、みんなが何かを飲む瞬間に注目していますが、ほとんどの人が自分の予想と違う顔をしていることを知りました。すごくシャープなお姉さんだと思い込んでいた人が、実はすごく柔らかい雰囲気の丸顔だったり、ダンディなおじさまが童顔だったり。

脳が、隠れている部分を都合よく好みの顔や知っている顔に補完してることに気づいてから、マスクで初めましての人には、意識的に3パターンの顔を想像しています。もちろん、男性には全員ひげ三つ編みを一回ハメてトレーニングしています。世の中の、シュレディンガーの"猫"ならぬ"ひげ三つ編み"を解明する意識、大事だと思います。

そう思うと、常時マスク生活が終わったとき、街中の人の顔に酔いそうな自分がいます。少ない情報量と都合がいい脳内編集に慣れてしまったので、顔・顔・顔の海に溺れそう。アクリル板越しの収録や打ち合わせも慣れたので、見えすぎる対面相手に最初は戸惑いそうです。アクリルのソフトフォーカス、万歳。

●市川紗椰(いちかわ・さや)
1987年2月14日生まれ。愛知県名古屋市出身、米デトロイト育ち。父はアメリカ人、母は日本人。モデルとして活動するほか、テレビやラジオにも出演。著書『鉄道について話した。』が好評発売中。餃子を食べた後、マスクの中に閉じ込められる自分の口臭が嫌いじゃない。公式Instagram【@sayaichikawa.official】

『市川紗椰のライクの森』は毎週金曜日更新!