「やっぱり一番心惹(ひ)かれるのは昔の船の美しさですね。あの機能美、あの曲線美! その船に乗って海を越えていく......って、ともかくカッコいいじゃないですか!」と語る山舩晃太郎氏

海の底に眠る沈没船を求めて7つの海を駆け巡り、残された船の残骸から歴史の謎を解き明かす。そんなロマンに満ちた「水中考古学」の世界に私たちを誘うのが、山舩晃太郎(やまふね・こうたろう)氏の『沈没船博士』(新潮社)だ。

「ひとりでも多くの人に水中考古学に興味を持ってもらい、そのなかから将来、この世界に飛び込んでくれる人が出てきてほしいと思って書いた」。そんな山舩氏が語る、水中考古学の魅力とは。

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――水中考古学とは、どんな学問なのでしょう? 沈没船を探して世界の海を駆け巡ると聞くと「トレジャーハンター」を思い浮かべる人も多いような気がしますが......。

山舩 そうなんですよ。僕が「沈没船の研究をしています」と言うと「じゃあ、お宝を見つけて一攫千金(いっかくせんきん)ですね!」と言われることが本当に多い。

しかし、財宝目当てに沈没船を荒らすトレジャーハンターは貴重な歴史遺跡を破壊する「盗掘者」で、われわれにとっては、むしろ「天敵」のような存在です。そうした誤解が多いのは、まだ水中考古学という分野が世の中に広く認知されていないからだと感じます。

水中考古学は「考古学」の一種で、水中に眠る歴史遺跡を調査・研究する、比較的新しい分野のひとつです。その対象は、水中にある古代ギリシャやエジプトの遺跡から沈没船までさまざまですが、僕の専門は「船舶考古学」といって、沈没船の残骸や積み荷から歴史の謎に迫ります。

――なぜ水中考古学の世界に?

山舩 実は僕、学生時代は野球選手を目指していたんです。でも自分はプロにはなれないとわかり、あきらめました。そこで昔から歴史が好きで、大学での専攻も史学だったので、卒業後は高校か中学の歴史の先生になろうと思っていました。

そんなとき、運命的な出会いが重なったんです。ひとつは『グラン・ブルー』という、フリーダイビング(素潜り)の世界を描いた有名な映画で、そのなかに出てくる美しい水中の世界に心惹(ひ)かれたこと。

もうひとつが卒論のテーマを探していたときに偶然、手に取った水中考古学の専門書でした。自分の好きな歴史学、考古学の中で、さらにそこに海の中という、ロマンしかない分野があるんだと気づいて、「ああ、これはやってみたい!」と、ほぼひと目ぼれです。

――発掘調査の場所はエーゲ海やカリブ海、太平洋戦争の遺跡が眠る南太平洋まで、「世界を股にかける」という感じですね。

山舩 人類の歴史の中で、常に重要な移動の手段だった船を専門に研究しているので、世界中に調査・発掘対象があるのも船舶考古学の大きな魅力だと思います。

ただし、キレイな海ばかりじゃありません。イタリアでは動物の糞(ふん)や死体が流れる濁ったドブ川に潜って調査したこともあります。文字ではにおいが伝えられないのが本当に残念です。

――また、本書で描かれていますが、沈没船の残骸を調べて「キール(竜骨と呼ばれる船底の構造物)を発見!」と山舩さんが大喜びする感じは、ある意味「鉄ちゃん」的でした。

山舩 ハハハ、バレちゃいました(笑)。そうです、鉄道マニアと同じで、僕はともかく船が大好きなんです。自分では研究者じゃなくて「鉄ちゃん」の船版だと思ってます。鉄ちゃんにSL好きがいるように、僕は「昔の船」が好きなタイプ。

昔の船は、何より曲線が美しいんです。複雑に絡み合うロープ一本一本にも意味がある。そういう船の構造に古代文明の時代から、人々が船を進化させてきた知恵が生かされています。

だから船というのは「当時の最先端の機械」なんです。その船を使って人類は移動し、交易し、時には戦争をしながら、文明や歴史をつくってきた。

でも、やっぱり一番心惹(ひ)かれるのは昔の船の美しさですね。あの機能美、あの曲線美! その船に乗って海を越えていく......って、ともかくカッコいいじゃないですか!

――一気に「マニアスイッチ」が入っちゃいましたが(笑)、沈没船の調査は歴史学的にどんな意味があるのでしょうか?

山舩 ひとつは先ほどお話ししたように、船というのは人類の知恵が積み重ねられ、歴史や地域をつないできた機械なので、沈没船の構造から、その進化を探ることは歴史的に見ても重要な意味があります。

もうひとつは積み荷です。どこかの港で荷物を積んで、ほかの港に向かう途中で沈んでしまった沈没船の積み荷には、その時代の「物の移動」の証拠が残されています。昔の経済や流通、文明と文明の関わりを知るためのヒントがギュッと詰まっているんです。

――山舩さんは水中考古学の世界への"勧誘目的"でこの本を書かれたということですが、週プレ読者にアピールしたい水中考古学の魅力とは?

山舩 ユネスコによれば、100年以上前に沈んだ「文化遺産となる沈没船」の数は、少なく見積もっても約300万隻に上るそうですが、考古学の中でも水中考古学は比較的新しい分野ですし、近年は最新技術の進歩で新発見が相次いでいるので、今後も大きな可能性があります。

また、世界中に調査のフィールドがあり、現地に長く滞在して多国籍のチームで調査・発掘を行なうケースが多いので、異なる文化や考え方に触れて自分の幅を広げることができる。もちろん美しい海や自然、食べ物に出会えるのも魅力です。

――最後に、太平洋戦争時の艦船や飛行機が眠る南太平洋の海を調査されたときの印象を教えてください。

山舩 こうした戦争遺跡は水中の歴史遺産であると同時に、亡くなった方の墓標でもあります。また、現地の人々にとっては、世界から多くのダイバーが集まる貴重な観光資源でもあるという複雑でセンシティブなものなので、私たち水中考古学者は、あえて歴史の解釈には踏み込みませんし、まずは「慰霊」が一番重要だと考えています。

一方で、戦争遺跡は過去にあった戦争の記憶を未来の世代に伝える人類の遺産ですから、きちんと残さないといけません。

今年は戦後76年ですが、今から100年後、私たちの孫の孫の世代の時代になったときに、あの戦争の歴史を「現物」として残すということは、私たちが歴史という過去から学び、未来に生かすためにも、非常に重要なことだと思います。

●山舩晃太郎(やまふね・こうたろう)
1984年生まれ。法政大学文学部卒業。テキサスA&M大学・大学院文化人類学科船舶考古学専攻(2012年修士号、2016年博士号取得)船舶考古学博士。合同会社アパラティス代表社員。テキサスA&M大沈没船復元再構築研究室研究員。西洋船(古代・中世・近代)を主たる研究対象とする考古学と歴史学のほか、水中文化遺産の3次元測量と沈没船の復元構築が専門

■『沈没船博士、海の底で歴史の謎を追う』
(新潮社 1595円)
考古学でも比較的新しい分野の「水中考古学」。そのなかでも、著者が専門としているのは「船舶考古学」で、世界の海に眠る沈没船の残骸や積み荷を発掘、調査して歴史の謎に迫る。日本では数少ない水中考古学者の著者が綴る、世界各地の発掘現場のリアル

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