今回の限定モデルの販売台数は世界で350台。日本市場向けは30台。記念すべき1号車はアメリカでチャリティオークションにかけられ、車両の6倍の値で落札されている。まさに特別なNSXだ。本田技研工業 四輪事業本部ものづくりセンターNSX タイプS開発責任者の水上 聡氏(左)と自動車ジャーナリストの小沢コージ氏(右)

日本が世界に誇るスーパースポーツ・ホンダNSXが来年12月で生産終了となる。その有終の美を飾る限定チューンモデルが発表された。

そこで開発責任者の水上 聡(みずかみ・さとし)氏に特攻し、小沢コージ氏が辛口のインタビューを敢行。国産唯一のスーパースポーツの現状や未来に迫った。

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■なぜF1のエンジンをNSXに使わないのか?

ホンダ 2代目NSX タイプS 購入申し込み開始:2021年9月2日 価格:2794万円 リセール:A+ 値引き:0円 標準モデルとタイプSで大きく異なるのがフロント部分。バンパーの下のデザインなどが変更され、空力性が向上。レースの技術をぶっ込んだという

――初代は1990年に量産初のオールアルミ製の本格的ミッドシップスーパーカーとして生まれました。エンジンはレジェンドに搭載していたV6の3リットルを進化させたもので、価格は800万円台。

当時の自動車専門誌では、「フェラーリ328を先進性で超えた」とか「実力はポルシェ911レベル」とか言われていました。初代の販売期間は15年間で、世界累計は確か1万9000台でしたよね?

水上 はい。

――そして2016年に現行の2代目が誕生しました。3モーターハイブリッドの4WDになってお値段は2370万円! 日本の割り当て台数は100台でした。ぶっちゃけ、5年ちょいの間で2代目はトータル何台売ったんですか?

水上 アメリカが約2500台で、日本が500台弱です。現時点で累計3000台ぐらいだと思います。

――率直にその数字をどうとらえています?

水上 台数でいったらビジネス的にはキツイですよね。

速さを追求したスーパースポーツだけに、タイヤはタイプS専用に開発されたピレリ製。ブレーキはカーボンセラミック

空力性能と冷却性能の向上のため徹底改良されたエクステリア。前後のエアロパーツは新設計となっている

――というか、正直惨敗だと思うんです。申し訳ないんですけど。グローバル累計3000台、つまり年平均600台ですよ。NSXのスーパーカービジネスをスポーツにたとえると、W杯サッカーでベスト4を狙うどころかアジアで予選落ちしているレベルですよ。

水上 ......。

――僕は悔しいんですよ。F1で活躍する世界のホンダが放ったスーパースポーツが、年間たった600台しか売れない。フェラーリは約9000台、ランボルギーニは約7000台、マクラーレンだって5000台弱を年間売っている。ちなみに価格が安いコルベットは年間2万台ですよ。

一方、われらの2代目NSXはたったの6年で生産中止です。厳しい言い方をすると、自動車ビジネスのテイをなしていない。ホンダのエンジニアが趣味で造っているようなスポーツカーにも見えます。

水上 そう取られちゃうでしょうね。

――2代目の現状について悔しいとは思われている?

水上 思いますよ。それ以前にこの件はクルマどうこうではなく販売網の話だとも思っています。要するに量販メーカーが、スーパーカーのクラスに手を出してしまった。

――僕もそう思います。2代目はNSXパフォーマンスディーラー専売だったわけですが、それでも軽のN-BOXと並べて売られていることに違いはない。高級時計の世界もそうです。ロレックスやパテック フィリップとカシオは普通、並べて売りません。仮に3代目NSXが存在するとしても、同じ売り方をすればまた失敗しますよ。そこらへんはどう思われています?

水上 私はサラリーマンですから会社の方針に逆らうことはできませんし、今回の使命は2代目NSXをどうやって昇華させるか。そこです。

手前がトランクスペース。奥がエンジン。タイプSのシステム最高出力は標準モデルよりも29PS高い610PSを誇る

インテリアもタイプS専用の特別なものとなっているが、トランスミッションは標準モデルと同じ9速DCTだ

――もちろん、本来ならホンダの三部敏宏社長に聞くべき話だと思っています。ただ、ファンはNSXに期待していると思うんです。スポーツカーは単なるビジネスじゃなくて文化ですから。

見た目がカッコいい、走って気持ちいいだけではなく、NSXは世界で活躍してほしいんです。日本が誇るホンダのフラッグシップスポーツですから。

水上 それは痛いほどわかっています。今回発表したNSXタイプSは2794万円の値付けをしています。もはやサラリーマンに手が届く世界ではありません。そこから抜け出た人々が相手です。その人たちを相手にする金額にしたのだから、売り方も考える必要はある。ただ、繰り返しになりますが、ホンダは量販メーカーなんです。

――でも、始めたからにはやらないと。思い切ってランボルギーニの社長やF1のエンジニアを引き抜き、マジで富裕層を狙うべきですよ。

水上 うーん......。

――だって、ホンダには富裕層に響く絶対的テクノロジーというか、お宝があるじゃないですか。現行F1のパワートレインですよ!

ぶっちゃけ、今レッドブルに搭載している1000馬力の1.6リットルV6にふたつハイブリッドをつける。それをNSXに積んだら富裕層は絶対買いますよ。それこそ1億でも2億でも。ついでに車体などにF1ドライバーのサインもつけたら即完売だと思いますが?

水上 確かにそういったハイパーカービジネスは考えられるとは思いますけどね......。

ホンダ 初代NSX タイプS 写真は今回の2代目タイプSの発表会場に展示されていた初代後期モデルのタイプS(2004年式)。ちなみにタイプSの初登場は1997年

2001年のマイナーチェンジで後期型となった初代NSX。スタイリングの一新により空力性能などを向上させた

初代は量産車として世界初のオールアルミボディを採用。その後、排気量アップや6速MTを追加するなど改良を重ねた

――コレは社長に聞くべき話でしたね、失礼しました。で、今回のNSXタイプSの見どころですが。

水上 ダイナミクス(運動性能)とデザインです。3.5リットルのV6をパワーアップしまして、システム出力は610PSに伸ばして四駆制御もすべて見直しました。デザインも風洞実験やシミュレーションも行ない、デザイナーが前後バンパーからすべてやり直して高速性能をアップさせました。意味のある姿になっています。

――単にパーツ後付けのお手軽な最終モデルではないと。最後の質問です。次のNSXはどうなるんですか?

水上 何も決まっていません。

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