ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。

それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。

そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。

* * * *

大好きだった「龍正軒」が昨年店を閉めてしまい、心にぽっかりと空いた穴を埋めるべく、地元石神井公園近辺にまだ残っている町中華にこまめに通っている。

駅前の「受楽」は、僕の『ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある』というエッセイ集を出してくれた出版社、スタンド・ブックスの代表、森山さんいわく「石神井の京中華」。上品で洗練された味わいが魅力だ。「ラーメンハウスたなか」はなんといっても缶ビールや缶ハイボールが飲めるのが嬉しく、サービス品のチキンカツカレー(650円)は優しさの結晶。駅からも遠く、謎のシャッタービルの奥地に突然ある「漢珍亭」は、濃厚そうな見た目に反して優しい味わいのラーメンスープに癒される。

ところで僕には、たかし君という3つ上のいとこがいた。僕の実家は西武池袋線の大泉学園が最寄りで、たかし君はその隣の石神井公園だったこともあり、小さなころは本当によく遊んでもらった。優しくてかっこよくておもしろく、ひとりっ子の僕にとってはまさしくお兄ちゃんのような存在だった。

ところが大人になるにつれ疎遠になってしまい、最後に会ったのはもう10年以上も前だろうか。今や連絡先もわからない。

そんなたかし君について、母からこんな話を聞いたことがある。たかし君は高校を卒業してから、石神井にある町中華「太陽」という店でアルバイトを始めた。そして、その餃子とラーメンの味に惚れこみ、料理の道へ進むことを決意。今は東武東上線のどこかの駅で、居酒屋をやっているらしい。細部は間違っているかもしれないけれど、ざっくりそんな感じ。

冒頭の流れでそんな昔話を思い出し、そういえばまだ入ったことのなかった「太陽」に、僕は行ってみたくなった。

「中華太陽」

「中華風ファミリーレストラン」がいい

数日後の午後、太陽にやってきた。真っ赤なのれんや、にっこりほほえむ太陽マーク、それから「中華風ファミリーレストラン」というどこかノスタルジックなキャッチコピーがとてもいい。店内は想像以上に広く、小上がりの大きな座敷もある。

膨大なメニューに目移りするものの、今日はまず餃子とラーメンだ。どれどれ。「ギョーザ(6ヶ)」が550円。「ラーメン」も550円。それから、お!  近年めっきり食が細くなり、ラーメン&餃子はちと重い僕にとって嬉しい「半ラーメン」があって、なんと330円だ。よし、餃子と半ラーメンに決まり!

で、それをつまみに一杯やるかとドリンクメニューを見ると、なんとこれまた嬉しいホッピーセットがあるじゃないか!  龍正軒にはあったけど、ホッピーが飲める町中華って実は貴重なんだよな。楽園はここにあったのか。

「ホッピーセット」(660円)
届いたホッピーセットに刺さる蛍光グリーンのヤシの木型マドラー(※)にさっそく目尻が下がる。やっぱりここは楽園だ。

続いて餃子が届く。

こんがりとした焼き目が美味しそう
サイズは中型ながらひとつひとつがぷっくりと太ってかわいらしく、パリパリの焼き目が食欲をそそる。これがたかし君が料理の道へと進むきっかけになった餃子か......なんとなく感慨深くも、ぱくっと食べてみる。ソフトな肉とシャキシャキの野菜がたっぷりな餡に、かなりしっかりにんにくが効いている。ところがそれでいて、どこまでも上品。どうやら、青森県から直送されるにんにくを使っているのがポイントらしい。確かに、こりゃうめぇ!

餃子を半分ほど食べたタイミングで半ラーメンもやってきた。これがまた麗しい佇まいで、麺が僕の知るどの町中華のラーメンより細い。たとえるならば絹糸のごとしだ。

一見オーソドックスな醤油ラーメンでありながら

気品に溢れている
スープをひと口すすってさらに驚いた。これは......かつおだしの香り!  語弊をおそれずに言うならば、ラーメンスープというより日本そばのつゆに近いんじゃないだろうか?  油ギトギト、醤油たっぷりなラーメンももちろん好きだけど、これはまったく別物。上品かつ華やかに香るだしが絹糸麺に絡み、最近暴飲暴食がちだった僕の胃を、ふんわりといたわってくれるようだ。

僕はすっかり、「中華風ファミリーレストラン」の意味を理解した。だって、こんなラーメンなら安心して、いやむしろ積極的に、我が子にも食べさせてやりたいと思うもの。

石神井のリゾートここにあり
お会計の時、その若さからして2代目であろう店主さんに、わかるはずないよなぁとは思いつつ聞いてみた。

「もう20年以上前だと思うんですが、僕のいとこがこちらでアルバイトしてたらしいんです。なんでも、ここの料理に感動してその後料理人になったそうで......」

すると、家族経営と思しきスタッフのみなさんが「えーそうなんだ!」と集まってきてくれた。そしてひと言。「たかし君じゃない? 今でもみんなと仲いいよ?」

なんだか嬉しくて涙が出そうだった。僕が大好きだったたかし君は、ここでもみんなに愛されていたんだ、と。

これから太陽にちょくちょく通い、また少しずつ、話を聞かせてもらえたらいいな。そんでもって、いずれはたかし君のやってる店をつきとめ、久しぶりに会いに行ってみよう。

※「ホッピーの瓶にマドラーを刺してもいいの? 問題」に関しては、話がややこしくなるので今回は言及しません。写真は提供されたままの状態であり、また、このマドラーは瓶の底に触れない短さであり、つまり瓶底を傷つける可能性がないことも記しておきます。

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