ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。

それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。

そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。

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2年ぶりに妻の実家に帰省した。帰省といっても、妻の実家は神奈川県の相模原市にあるので、そう大がかりなものではない。我が家の隣駅にある僕の実家で車を借りて、スムーズに行けば2時間もかからず着いてしまう。それでも、コロナのことがあって2年間は帰省ができておらず、その間に娘は2歳から4歳になった。1泊2日の滞在中、娘は終始上機嫌で、義父母もしきりに「大きくなったねぇ」と顔をほころばせており、久々に孫の顔を見せてやれたことが嬉しかった。

ただ、まだまだこのようなご時世だからあまり長居するのも心配で、翌日は午前中にはおいとますることにした。

我が家のある練馬区方面へは「鎌倉街道」を北上して向かうのがいつものパターンで、途中に「町田リス園」という施設がある。ずいぶん前に一度だけ妻と行ったことがあり、園内に約200匹のタイワンリスが放し飼いにされていて、貸してもらえる手袋にひまわりの種をのせて差し出すと、リスたちがそれを食べに体にまとわりついてくるという、なんともインパクトのある体験が思い出深い。他にも、うさぎやモルモットとのふれあいコーナーなどがあり、帰りに家族でここへ寄っていこうと話していた。長いこと家の近所の公園くらいでしか遊ばせてやれていなかった娘も、リスやうさぎに会えるのが楽しみだと言っている。

ところが、まったく詰めの甘いことで、最寄りの駐車場に車を停めてリス園へ行ってみると、なんと週に一度の休園日。幸い説明したら娘もわかってくれたようで、「本日休園」と書かれた看板の前で一応記念写真だけは撮り、またこんど来ようということになった。

リス園の向かい側には「町田薬師池公園」という公園がある。どんな場所かあまりわかっていないけど、せっかくだしそこを散歩してみることにした。すると、1982年に「新東京百景」、1998年に「東京都指定名勝」に指定されたという「薬師池」を中心とした広い公園で、新年の澄んだ空気とあいまって、散歩しているだけでも気持ちがいい。ところどころに江戸時代の古民家が移築されていたり、水車があったり。今は冬で寒々しいが、夏には「大賀ハス」が見頃になるそうで、また来てみたいと思った。

それにしてもいい天気

そんなふうに園内を歩いていたら、池のほとりに「やくし茶屋」という一軒の茶屋があるのを発見。近寄っていってメニューを眺めてみると、ゆず茶、梅茶、こぶ茶、コーヒーに甘酒、お汁粉やあんみつなどなどが揃う甘味処らしく、いそべ巻や焼おにぎりなどの軽食もある。

さらに缶飲料コーナーを見ると、なんとビールまで! これはまさしく、僕がライフワークとして追い求め、2020年にそれをまとめた本まで出版した「天国酒場」そのものじゃないか! 特に関東近郊は「公園 茶屋」などのキーワードで執拗に検索しまくったにも関わらず、何度も前を通ったことにある場所にしれっと新しい店が見つかる。まったく天国酒場というやつは、どこまでも神秘的な存在だ。

やくし茶屋なんて温かい空間なんだろう
僕は基本的に朝食をとらないので、この日はまだ何も食べていない。時刻はちょうど昼時。今日は車だから残念ながらビールは飲めないけれど、ここでなにか軽いものでもつまんでいくのはいいな、と思い、あらためてメニューを眺める。すると横から妻が「それ、気づいてる?」とひと言。指差す先には、メニューの木札にあえて隠されているかのように「カップラーメン始めました」の文字があった。各450円で、5種類あって、「メンマ、焼きのり、お茶付」とある。これは熱い。妻曰く「好きそうだと思って」とのことだが、はい、おっしゃるとおりです。

カップラーメンのメニューが右下にひっそりと
ところで年末年始というのは、ふだんとはまったく違う食生活を送る期間だ。クリスマスに注文した地元の名店「ビストロ ラグリ」のチキンとオードブルの豪華セットを皮切りに、毎年年末になるとスーパーに並びだすテリーヌ類や、生ハム、チーズなどを買いこみ、常にちびちびとつまんでいる状態。大晦日には盛大に天ぷらを揚げてそばを食べる。年が明ければおせち料理。今年は初めて「謝朋殿」という店の中華おせちを頼んでみたら、これがとても美味しくて大満足だった。

続けて義実家では、かにやら寿司やらのごちそう三昧。もちろん、それらを酒とともに味わわないわけにはいかず、三が日が終わったころにはさすがに胃腸が疲れてくる。かつて「おせちもいいけどカレーもね」なんてCMがあったが、あれ、新しく日本のことわざに加えてもいいくらい、真理をついた言葉だと思う。つまりはなにが言いたいかというと、ここにきてのカップ麺なんて、食べたいに決まってるということだ。

横浜家系ラーメン、熊本マー油とんこつラーメンなど、濃厚系のものが多いラインナップのなかから、いちばんあっさりしてそうな「八王子ラーメン」を選び、日の当たる外席で待っているとすぐに、「4分経ったらスープを入れて食べてくださいね」と、到着。

まごうことなきカップ麺
思えばカップ麺って、もっとも"おもてなし"から遠い料理のひとつだ。ここまでお膳立てしてもらって食べるのがなんだかこそばゆくも嬉しい。4分の言いつけを守り、スープを溶かして添えられたメンマと焼き海苔を盛りつければ完成。

温かいお茶がまた嬉しい
顔を近づけると、ふわーんと醤油の香りが漂ってくる。スープをすする。基本は正統派の醤油ラーメンでありながら、鶏だしと油のこってり感もしっかりあって、そうそう、このちょっとしたジャンク感こそ今求めていた味!と感激。つるつるとした食感が口のなかで心地いい細麺もスープとの相性ばっちりだ。さらに八王子ラーメン最大の特徴である刻み玉ねぎ。その、フリーズドライとは思えないシャキシャキ感と甘みは、感動的ですらある。単純に、カップ麺としてすごく美味しいな、これ。

スーパーで見つけたら買っておこうっと
目の前の池をぼーっと眺めつつ、ひたすらすする。僕にはやっぱり、ごちそうばっかりの日々というのは数日が限界で、何事もバランスが大事だよな〜。なんて、毎年この時期に思い出す気持ちも、あらためて噛みしめながら。

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