ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。

それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。

そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。

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平日の遅い昼、原稿がひと段落し、必要なものの買い出しに駅前までやってきた。歩きだしてすぐに気づいたことに、春先のつもりの服装だとすでに日差しが暑い。カーディガンとかぜんぜんいらなかった。ズボンもハーフパンツで良かった。桜が散った途端、いきなり夏だな!

と思ったら、急にあいつのことを思い出したぞ。冷やし中華。中華屋の麺類にも酸味にもさほど興味のなかった数年前からすると考えられなかったことだけど、人間、歳とともに好みも変化するものだ。つるつるの冷たい麺と、たっぷりの野菜や錦糸卵なんかを一緒にがさっとつかみ、甘酸っぱしょっぱいタレにからめてズズズとすする。もしゃもしゃもしゃとそのハーモニーを堪能したら、よ~く冷えた瓶ビールをぐびり。うん、最高。

というようなことを今年最初にするのに、今日は最高の陽気だと思われ、ひとまず駅周辺の中華屋を偵察してみる。が、ない! どこにもない! 「冷やし中華はじめました」の文字が! 考えてみれば、中華料理屋にとって夏の「はじめました」は一大イベント。絶妙なタイミングで発表し、常連客たちに「いよっ、待ってました!」と言わせたいに違いない。ちょっと気温が上がってきたからって、あわてて4月の早々に始めたんじゃ「あそこのオヤジもだいぶ勘がにぶってきたな」などと言われかねない。こりゃあ今日はあきらめ、「丸亀製麺」にでも行って冷たいおろし醤油うどんでもすするかな?なんて考えていて、ふと思いついた。そうだ、どこも始めてないならば、自分で作っちゃえばいいじゃん、と。

となると、菊水の生中華麺、冷やし中華のタレ、各種具材を買って家で作るか。けどな~、もうすでに食べたいモードがマックスなんだよな。冷やし中華って、数種類の具材を用意してそれを細切りにしたりする工程が、疲れてるとけっこう面倒なんだよな。あ、けどよく考えたら、スーパーやコンビニでは冷やし中華ってけっこう通年売られている気がする。あれでいいか。んで、そこに好きな具材をマシマシトッピングする、と。

よし、今日のお昼は「本年度の冷やし中華、勝手にはじめました」でいこう!

欲望のままに買ってきた食材たち

さて、駅前のセブン&アイ・ホールディングス系スーパー「ヨークフーズ」で、欲望のおもむくままに材料を買ってきた。メインはもちろん、できあいの冷やし中華。ハム、錦糸卵、ゆで玉子、きゅうり、わかめ、紅生姜というかなりオーソドックス、かつ値段がお手頃なだけあって割と質素めの構成だが、以前閉店してしまった地元の町中華「龍正軒」から譲り受けた中華皿に盛れば、すでにちょっとした逸品だ。

店で出てきても文句はない

ただし今日は、今年初の冷や中記念日。ここにフィーリングで、好き放題のトッピングをしていこう。

まずは冷蔵庫に余っていた豚こま肉を冷しゃぶにし、どさどさっとのせる。ゆで玉子も1/2個じゃなんだか寂しいので、プラス1個。さらに極太メンマたっぷり。コーン缶たっぷり。あげだま、ごま、追い紅しょうがも追加。それからきゅうりは、細切りにするのもしゃらくさいので、どーんとのせて、みそをつけてかじりながら食べすすめることにしよう。器のすみにはそれ用のみそと、味変用にマヨネーズもしぼって。

完成! マイ冷やし中華

もちろんビールも用意

せっかくの気候なので、できあがった冷やし中華と「スーパードライ」の生ジョッキ缶をベランダに持ち出し、縁台で食べることにしよう。

重量級の冷やし中華に、ぐぐぐと箸をさしこむ。とてもひと口めで麺には到達しないので、ひとまず豚肉でコーン、紅しょうがあたりを巻いてもぐもぐ。おお、りんご酢を使ったという爽やかなタレと、豚の旨味、コーンの甘み、紅しょうがのピリ辛。こういう既存のつまみがあったとしても不思議じゃないくらい合うな。間髪入れず、もこもこと泡の盛り上がるビールをぐい~っ! ......ほらね、やっぱり最高~!

続けてきゅうりにみそをつけてがぶり。ばりばり、ビールぐい~。メンマとゆで玉子をつまみに、またぐい~。かりかりと香ばしいあげだまがふいに現れるのも楽しいな。あ、このへんでいったん、豚肉ゾーンにしゃぶしゃぶ用のごまだれをかけて気分を変えてみよう。はは、これまた一興なり。ひと口ごとにいろんな味がして、しかも酒のすすむものばかり。こりゃあ大人のお子様ランチだな~。

一変、ごましゃぶ風に

なんてことをやっていたら、やっとのことで麺ゾーンに到達。そこで全体をよく混ぜて、豪快にすすってゆく。いろんな食材が渾然一体になって生み出す味と食感に、ぷりぷりの麺まで加わり、ひと口ごとに冷や中欲が満たされてゆく。まぁ、かなり邪道な味わいではあるけれど、これぞ自分勝手なマシマシ冷や中の醍醐味。そこで最後は、ここまできたらやりきってやれと、花山椒入りのエスビー「四川風ラー油」も追加し、なんちゃって冷やし坦々麺風に。

最終形態

ズズズ......もぐもぐ、あ、やりすぎた。ちょっと味濃い。いや、でもうまい! "おつまみ冷やし中華"としては、むしろこれが完成系か。ビール1缶じゃあ足りなかったな。このあとまだ書かなきゃいけない原稿はあるけれど......冷蔵庫の缶チューハイ、もう1缶だけ飲んじゃおっかな。ふぅ~、気が早いけど、夏最高!

あ、ここでせめてもの自制心を働かせ、500mlじゃなくて350mlのほうのチューハイを選んだ僕のこと、みなさん、尊敬してくれて大丈夫ですからね。

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