ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。

それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。

そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。

* * *

少し前まであんなに咲き誇っていたソメイヨシノがすっかり葉桜になり、一気に気温が上がりはじめたと思ったのも束の間、今度は冬に逆戻りしたかのように寒く、しとしとと雨の降る日が続いた東京。それもひと段落し、今日はいよいよ気持ちのいい天気だと外に出てみると、そこかしこの木々があふれんばかりの生命力をほとばしらせて新緑を芽吹かせており、あぁ、今年もやっとこの時期がやってきたかと心が躍る。

僕はやはり、4月の末から梅雨に入る前までの、いわゆる初夏という時期がいちばん好きだ。今年初めてのこんなにも初夏らしい陽気の日に、仕事なんてしていられない。今日はもう、令和4年の初初夏(はつしょか)記念日だ。どっか行こ。

と、昼前になんとなく家を出てきてしまった。さてどこに向かおう。電車に乗って海でも見にいくか、それとも埼玉方面に向かい、入間川の清流にちゃぷちゃぷと足でも浸すか、けどよく考えたら、仕事の締め切りはそれなりに眼前に積み上がっているし、そこまで遠出している場合ではないかもしれない。よし、こういうときは、「あんまり行ったことのない知らない街」だな! そういえば以前、家の最寄りの石神井公園の隣駅、大泉学園からバス1本で行ける、埼玉県の「朝霞」という街を軽く通過し、ゆっくり散策してみたいと思っていたんだった。未知の街、朝霞に、今日は行ってみるか。

大泉学園駅前からバスに乗り、30分弱ほどで朝霞に到着。前回軽くうろついたのは再開発で開けた感のある南口だったので、ひとまず逆の東口へ出てみる。

朝霞駅東口駅前
すると南口に比べ、どこかいなたい昭和~平成感が残っており、なかなか好ましい街並みだ。それにしても、自分の知らない駅前の風景。それだけでこんなにも旅情を感じられるんだから、やっぱり「街」って楽しいもんだよな。

大都市ではないから昼飲みができる酒場がバンバンあるってこともないだろうけど、まぁ、中華屋、定食屋、そば屋といった昔ながらの店ならきっと見つかるだろう。ひとまず、当てずっぽうにずんずん歩いてみる。

なじみのないスーパーひとつとってもテンションが上がる


夕方からの営業だけど、この絵と字、間違いなくいい店だろうな

しばらく歩いていると、すさまじく良さげな町中華店を発見。しかも看板をよく見ると、「朝霞で生まれたテフタンメン」なる文字がある。テフタンメン......ぜんぜん知らない料理だな。タンメンの部分からして、野菜たっぷりラーメンみたいなものだろうとは想像するのだけど、「テフ」がわからない。

「テフタンメン」とは?
ところが残念なことに、店内満員。人気店なんだな。まぁ、時間がちょうど昼どきだったということもあるだろうけど。ご時世的にも、あまり混んでいる店に入るというのもなんだしな......。

というわけで、とても気になるけれどもその謎の究明は次回に回すことにし、さらに先へと進んでみよう。

お!

するとすぐに、またしてもパーフェクトな雰囲気の町中華を発見。

「中華料理 むつみ」
外から軽く覗いてみると、どうやら先客はいないようだ。もちろん入店。

店内
この感じ
カウンター席はなく、ゆったりとした作りの座敷に、テーブルがいくつか。店内のいたるところに"味わい"が堆積しており、なんともたまらなく居心地のいい店だ。

漫画のラインナップに信頼感がある
ご主人は厨房内で黙々と仕事をされており、女将さんも必要最低限の接客をされるタイプで、それがまたこの店の過ごしやすさを生んでいる。さてなにを頼もうかと壁のメニューを見てみると、なんとも気になる品を発見。

なるほど、どれも魅力的......
ん? 「油ーメン」に「油うどん」!?
どういうものだろうか。明らかにその他のメニューよりも目立つ黄色地に赤文字の特注短冊。しかも「特製ライ油入り」ときた。これは食べてみないわけにはいかないだろう。

さらにもうひとつ信じがたいのが、「お一人様2品以上のお食事の場合200円引きします 例 チャーハン+ラーメン 800円」の表記。え? ということはたとえば、650円の油ーメンと400円の餃子を頼めば、合計が通常1050円のところ、200円引きの850円ということ? こっちが申し訳なくなるほどのサービスだな! せっかくなのでと、今回はその2品と生ビールを注文。

「生ビール」
瓶ビールが主流の町中華ではちょっと珍しい生ビールは、エビスのジョッキ入りで完璧に美しい。サービスの白菜漬けも、絶妙な漬かり具合とみずみずしさを感じさせる甘みがたまらない。もうこの時点でビールがぐいぐいすすんじゃうな。

「油ーメン」

まずは餃子をつまみにゆっくりスタートしようという算段だったが、スピーディーに油ーメンが到着。ゆでた麺にタレとたっぷりの具材。確かにこの構成ならば餃子よりも早いか。

麺を掘り出す
さてどんなものだろうと、まずは麺を掘り出してみる。するとふわりと漂う、かん水を使った中華麺独特の香り。ズズズとひと口。うん。昨今主流の極太ワシワシ系とは対極にある、オーソドックスで細めのもちもち麺。そこに、これまた主流のバッキバキな味つけとは別ベクトルの優しい味わい。ラーメンダレがベースなのだろうけど、ほのかに甘みもあって癒される。そこにたっぷりの具材や薬味を絡めて食べれば、なんともほっこりとしつつ、いわゆる普通のラーメンとは違ってちびちび食べられるから、つまみにもばっちりだ。自家製の「ライ油」とは、卓上にもあるラー油のことだろうか。これまた控えめでそこまで主張を感じない。そこで中盤、卓上のラー油を追いがけしてみると、さらにつまみ力が高まった。いいな、油ーメン。これ、大好き。

200円引きで実質200円の「餃子」
しばらくして餃子も到着。薄めのもちもちっとした皮を噛み締めると、適度なにんにく感、それからじゅわーっと、肉と野菜の味が広がるんだけど、そこにものすごくしっかりと甘みを感じる。油ーメンの穏やかさに油断していたけど、これはしっかりとパンチのある、めちゃくちゃうまい餃子だ!

思わずウーロンハイをおかわりし、餃子をばくばく、油ーメンをズルズルすすりながら、夢中で食べつくした。

お会計時、何気なくご主人に聞いてみる。

「ごちそうさまです。美味しかったです。油ーメンって珍しいメニューですけど、こちらのお店のオリジナルですか?」
「えぇ、カツ丼のタレをヒントにね......はちみつを使ったりなんだり......まぁ、そんなもんです」

恐縮そうに答えてくれたご主人。決して饒舌になって、独自開発したらしき油ーメンについてを自慢げに解説しだりたりはしない。が、そこがいい。その人柄込みの美味しさこそが、油ーメンの真髄なのだから。

「須藤酒店」
ところでむつみからの帰り道、なんとなく裏道を通って駅に向かっていたら、「須藤酒店」という立派な酒屋を発見。なかを覗いてみると、たくさんのテーブル席があって、かなり本格的に角打ちができる店のようだった。残念ながらこの日は定休日だったが、後日ぜひ来てみたいな。そのときは例の「テフタンメン」とのハシゴかな。けどな、むつみの「油うどん」も気になるところだし......。

まぁ、バス1本で来られる街だ。また何度でも来ればいいか。

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