シンガポールの国民食「カヤトースト」
『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。今回は、最近ハマっているという食べ物「カヤトースト」について語る。

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今回は最近の個人的ヒットグルメについて。ある日、通りがかった新宿のビルの中にあるお店に、私の嗅覚が久々に作動しました。店名は「ヤクンカヤトースト」。シンガポールで78年も続く老舗で、看板メニューはシンガポールやマレーシアの朝食の定番、カヤトースト。カフェタイムでおなかもそこまですいてなかったのに、気づいたら指を舐(な)めてしまっていました。本能がマナーを無効にする飯、ハマってます。

カヤトーストの要は、カヤジャム。ココナツクリームと砂糖を煮詰めたベースに、全卵を混ぜてペースト状にして、パンダンリーフというハーブを加えて香りづけしています。パンダンリーフは、熱帯地域で育つタコノキ科の植物。タコノキは沖縄にもありますが、パンダンはさらに大きくて香り高く、東南アジアのデザートによく使われるそうです。見た目はぶっといレモングラス? でも香りは甘くて、バニラをちょっと爽やかにした感じでした。バラと杏仁(きょうにん)もほのかに感じられる優しいアロマはもちろん、着色料にも使える鮮やかな緑は、ゴキブリよけにもなるみたい。

このパンダンリーフの独特の香りのおかげで、カヤジャムはただ甘いだけではなく、ちょっとフローラルで複雑な味わいになっています。さらに、全卵のカスタードっぽさもあり、クリーミーだけどハチミツのようなねっとり感もあり......。説明すればするほどどんな味か想像できなくなっていると思いますが、とにかく甘くておいしいやつです。

そんなわかりにくい説明に畳みかけて申し訳ないですが、食べ方も独特。基本のカヤトーストは、しっかりトーストしたパンに、冷えたバターのスライスとたっぷりのカヤジャムを挟んだもの。パンの厚さはお店によってまちまちのようですが、私がいただいたものは薄くてカリッとしていて、香ばしさがカヤの甘さとバターのコクとよくマッチしてました。予想するに、カリカリに焼いた厚いトーストを縦に切り、2枚に分けたパンの間にカヤとバターを挟んでいるかと? 極薄なのに表面サクサク・内側しっとりパンでした。

また、お決まりのつけ合わせの半熟卵とコーヒーにもポイントが。卵はそのまま別で食べてもいいのですが、ダークソイソース(中華料理などで使われるドロッとした甘い醤油)とこしょうをかけ、崩したものをカヤトーストにつけながら食べるのが現地流。温かくて香ばしいトースト、ひんやりしたバターのコクと塩っ気、ねっとりカヤの甘味とアロマ、半熟卵の濃厚さ、ダークソイソースのうま味と塩分、こしょうの刺激。なんともカオスな味覚オーバーロード。でも、これが不思議と調和してて、病みつきに。

さらにコーヒーにディップしながら食べる人もいるみたいです。ピーナツバターやチーズを入れたりと、アレンジもおいしそうだけど、早くもカヤトースト保守派な私は、カヤバタートースト+卵は別+お茶、という組み合わせに落ち着きそうです。

ヤクンカヤトーストの新宿店にはカヤ蒸しパンやシンガポールチキンライスやラクサもあるので、しばらくはカヤカヤしそうです。ちなみにカヤの漢字は「加椰」。同じ「椰」属として、応援せねば。

●市川紗椰
1987年2月14日生まれ。愛知県名古屋市出身、米デトロイト育ち。父はアメリカ人、母は日本人。モデルとして活動するほか、テレビやラジオにも出演。著書『鉄道について話した。』が好評発売中。ニンジンが入ってなければ、デザートでもないシンガポールグルメ「キャロットケーキ」も気になっている。
公式Instagram【@sayaichikawa.official】

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