ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。

それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。

そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。

* * *

仕事の関係で、何度か続けて赤羽を訪れる機会があった。

赤羽に関する僕の思い出といえば、それはほぼ、『東京都北区赤羽』シリーズの大ヒットで知られる漫画家、清野とおるさんとの思い出ということになる。

もう20年近くも前に「知り合いの知り合い」という経緯で出会って、徐々に意気投合し、特に清野さんのテリトリーである赤羽でよく一緒に飲むようになった。赤羽の漫画連載が始まるのはそのずっとあとのことだったけれど、当時から行けば必ず妙なことが立て続けに起こり、そのたび、なんてエキサイティングな街なんだ! と感激したものだ。

そんな清野さんとは今年『赤羽以外の「色んな街」を歩いてみた』という共著を出させてもらった。これは、赤羽についている「赤」以外の色のつく名前の街でただただ飲み歩くだけという趣旨の本で、初回の取材が2015年だったから、足かけ7年もかけて作ったということになる。

そんなわけで、近年赤羽とは、年に1、2度行けばいいほうというくらいのつきあいかただった。また、清野さんはよく「最近の赤羽はすっかり小綺麗になってしまって、昔のようなカオスな雰囲気がなくなってしまった」と嘆いていた。

そんな赤羽での仕事がすんなりと終わった午後、せっかくだから、久しぶりにひとり、街をふらふらと徘徊してみることにした。

確かに駅周辺は新店やチェーン店がずいぶん多くなり、昔とはだいぶ変わってしまった印象だ。だが、すでに閉店してしまったらしい「サウナ&カプセル錦城」のビルの上にいまだ、街のシンボルとも言える「自由の女神像」が健在なことにほっとする。

まさに、自由な街赤羽の象徴

さらに駅から少し離れてみると、まだまだあのころの、何度も飲み歩いた古巣感と得体の知れない恐怖感が同居したような街並みもちらほら残っていて、少し安心した。

伝説のひとつの始まりの地
むしろ、よくコロナ禍を生き延びたものだ

そんなわけで駅前まで戻ってきて、さて、どこかで昼メシがてら軽く飲んで帰ろう。となれば、東口の「一番街」や「OK横丁」あたりが定番だよな~と、これまたふらりと向かってみる。

「OK横丁」
OK横丁は、典型的な昔ながらの小さな飲み屋街で、ちらほらとすでに営業中の店もあるようだ。特に、入り口すぐの「若大将」という店が、ザ・王道大衆酒場といった雰囲気で魅力的。確か入ったことはなかったけれど、絶賛営業中のようだし、今日はここに入ってみるか。

「若大将」

からりと引き戸を開けて店内に入ると、ほどよい広さのフロアにテーブル席がいくつかと、厨房に沿ってカウンター。壁には整然とメニュー短冊が並び、隅々までピカピカに掃除が行き届いている。あぁ、この、真っ当に年月を重ねてきた、ごく普通の酒場の偉大さ!

「生ビール」(530円)とお通し
35℃を超える猛暑のなかをしばらく歩き回っていたから、若干頭が朦朧としていた。だからこそ、快適に空調の効いた店内がまるで別天地。案内されるがままにカウンター席につき、生ビールを注文。すぐに出てきたお通しの、れんこんとこんにゃくのきんぴら風をつまみに、ぐい~~~っとやれば......ふぅ、体にこもった熱が放出されてゆく。

メニューも豊富

見上げれば、整然と並ぶおつまみメニューたち。ああもう、なんて正しい大衆酒場なんだろう。

また、店員さんたちの佇まいがそれぞれにいい。カウンター内には渋い板前さんが3名。フロアには若い男女店員が数名。ピシッと厳格な雰囲気を出しすぎるでもなく、かといって常連客となぁなぁになりすぎるでもなく、絶妙なぬる湯のような心地よさを感じさせてくれるのは、店の人たちの理想的な信頼関係があってのことだろう。

さて、この膨大なメニューのなかからなにを選ぼうか。日替わりの黒板からは、夏らしく「谷中生姜」にしてみるか。

「谷中生姜」(390円)

あぁ~、この、辛くてしょっぱくて、体内の毒素が浄化されてゆくような料理の、不思議なうまさ。なぜ我々酒飲みは、こういうものを妙にありがたがってしまうんだろう。

と、こいつをかじりながら、レギュラーメニューを熟読。すると、「牛すじ煮」「にら玉」「おでん」「あさりバター」などの王道系が並ぶなかに、ひとつだけ見知らぬ料理名を見つけた。「キムチポッカ」。聞いたことないな。

店員さんに聞いてみると、「キムチと豚肉と豆腐の煮込み料理です」とのこと。うわ、それ絶対好きなやつ! その内容と響きからして、韓国料理なのかな? よし、今日のメインはキムチポッカで攻めてみることにしよう。

「キムチポッカ」(570円)

しばらくしてやってきたキムチポッカは、大きめのどんぶりに、キムチ、豚肉、木綿豆腐、そして、ピリ辛でそれだけでもつまみになる汁がそれぞれたっぷり。ひとすすりしてみると、いわゆる韓国のチゲ的な旨味と辛味が口いっぱいに広がる。きっとまず、ごま油でキムチを炒めてるんだな。その香ばしさのアクセントが良い。

そして僕の大好きな豚ばら肉と豆腐が、食べても食べてもザクザクと発掘される。さらには、市販のものでいったらひとパックぶんくらいはあるんじゃないだろうか? というレベルでキムチも入っていて、しかも煮込まれたことにより、ピリ辛で甘味もある白菜という鍋の具に戻っている。

なるほど、これはいいな。間違いない。猛暑日に涼しい店内で熱々をはふはふ食べるという贅沢感もたまらない。おかわりに頼んだホッピーが、ぐいぐいすすんでしまう。

「ホッピーセット」(480円)
と、ほろ酔いになり始めたところに、実はキムチポッカと同時に頼んであったもう一品が到着した。

「焼きおにぎり」(400円)

焼きおにぎり。この世で初めおにぎりを焼いた人は、どんな気持ちでそうしたんだろう。おにぎりは、白メシを効率的に食べられ、かつ携帯性も高まるという意味で理にかなっている。が、その表面に醤油を塗って焼くという行為は、どちらかというと「嗜好品」の世界に入ってくるのではないか。はるか昔、僕のように酒やつまみに意地汚いどこかの誰かが偶然生み出したのかな? それとももっと別のまっとうな理由から生まれたのだろうか。

まぁ、そんなことはどうでもよくて、今、目の前に湯気をあげる焼きおにぎりがある。今日の昼飲みはこれでシメにしよう。

ここはあえて、箸ではなく手で持ち上げてみる。表皮はがっちりと固く、そして熱い。キムチポッカ同様はふはふ言いながら、それにかぶりつく。カリ、パリリという食感に続いて、対照的にふわぁ?っとほぐれる温かい白米。そこから立ち上るのは、甘い甘い白米の香り、それと醤油が融合して焦げた香ばしい香り。

あ~、これってあれだ。だんご屋の前でついつい立ち止まってしまう、焼きたての醤油だんごと同じ。そりゃあ、原材料と調理法がほぼ同じなんだから当たり前か。それにしても、なんて蠱惑的な香りだろうか。はふっ、ぱりっ、ふわっ、もぐもぐ、はふっ、ぱりっ、ふわっ、もぐもぐ......。

焼きおにぎりって、ふだんからよく作って食べるわけでもなく、子供時代の思い出の味ということもなく、僕にとってはどこまでも、居酒屋の味。だから必然的に酒のつまみでもあるわけだけど、きっちりとお腹も膨れるごはんものでもあって。なんとも不思議な存在だ。

キムチポッカの残り汁と交互に食べるのもまた良くて、その組み合わせの、どこか妙なんだけどカチッとハマっている感じが、往年の赤羽の魅力を思い出させてくれるような気がしないでもなかった。

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