「高校までは地方でエリートだったけど、上京して気づきました。『あぁ、オレってダサかったんだ』って。それ以降、人生のすべてで、勝負の舞台から降りるようにしたんです」と語る麻布競馬場氏「高校までは地方でエリートだったけど、上京して気づきました。『あぁ、オレってダサかったんだ』って。それ以降、人生のすべてで、勝負の舞台から降りるようにしたんです」と語る麻布競馬場氏

ある若手覆面作家がちまたの話題をかっさらっている。彼の名は「麻布競馬場」。Twitterに投稿した、東京の若者たちのショートストーリーをまとめた『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』(集英社)は発売早々に大重版が決まった。

だが華々しいデビューとは裏腹に、彼がつむぐ物語はあまりに重い。例えば、本の冒頭に収められた「3年4組のみんなへ」はこう始まる。

「3年4組のみんな、高校卒業おめでとう。最後に先生から話をします。大型チェーン店と閉塞(へいそく)感のほかに何もないこの街を捨てて東京に出て、早稲田大学の教育学部からメーカーに入って、僻地(へきち)の工場勤務でうつになって、かつて唾を吐きかけたこの街に逃げるように戻ってきた先生の、あまりに惨めな人生の話をします」。

彼は、いったい何を描こうとしているのか?

* * *

――多くの物語が、地方出身の若者が東京で挫折する話ですよね。「3年4組のみんなへ」では、岡山の優秀な若者である「先生」が出世を夢見て東京に出てきたのに、意気揚々と就職した丸の内のメーカーで僻地に飛ばされて心を病み、地元に戻って絶望する様子が描かれています。

この短編に限らず、「要領はいいんだけど器用貧乏な、コピーライターに憧れ続けるサラリーマン」や、「立ち上げたベンチャーが失敗し、絶望する男性」の話など、どれも生々しくて、そしてひたすらに暗い物語ばかりでした。

麻布競馬場(以下、麻布) はは。どれもフィクションですが、僕としてはこれまでの観察を形にしただけで、創作という意識はないんです。

――観察?

麻布 僕も、慶應義塾大学への進学とともに上京したひとりなんです。実家は、西のほうの地方都市。もともと社交的な性格でして、また学生時代にインターンをしてたこともあって、いろいろな人と付き合いがあったんですよね。

「23時から六本木で飲むんだけど、来ない?」みたいに、ずいぶん飲み会にも呼ばれました。生まれつき記憶力も良かったので、そういう場で見聞きしたことをフィクションとしてまとめた感じですね。

――失礼ながら、作風からは想像もつかない"陽キャ"な印象を受けますが、地元ではどんな生活を?

麻布 割と文化的に恵まれてましたね。母親が美術関係者だったこともあって美術館にはよく連れていってもらっていたし、大きなデパートは地元にもあったのでそこで服を買ったり。勉強もできたし、まあ、地元としてはピカピカの一級品のつもりで、期待に胸を膨らませて慶應に進学したんです。

――それで華やかな大学生活を送ったと。そんな人が、なぜこんな重い本を書いたんですか?

麻布 僕、人生を諦めきってるんですよ(笑)。諦めたからこそラクに生きられているというか。大学2年に上がるときに決めたテーマが「人生に期待しない」ですから。

――......慶應で、いったい何があったんです?

麻布 僕の地元と、東京のエリートたちとの文化レベルの格差を思い知らされたんです。話したように、僕は地元ではいっぱしの文化エリートのつもりでした。でも上京すると、東京育ちの慶應のエリートたちは全然レベルが違う。

お父さんが世界的な文化人だったり、明治時代から麻布の豪邸に住んでたり。そんな学生たちが聞いたこともない単語をどんどん投げかけてくるんです。ファッション、音楽、レストランとかね。

それで、イケてるつもりだった自分の自信が完全にへし折られたんですよ。だから、何も期待しないことに決めました。

――確かに東京と地方との文化レベルの格差はあるでしょうが、そんなに気になります?

麻布 地方出身者からすると、気になりますよ! 東京のコとのデートで店選びに失敗したときとか、「今年はどのフェスに行く?」って聞かれて答えられなかったときとか、「ああ、オレってダサかったんだ」と思わされるわけです。

それで僕は、必死で"記号"を集めました。「コンラッドのアフタヌーンティー」「バルミューダの加湿器」「オレンジワイン」みたいな、文化レベルの高さを示してくれそうな記号を。

――確かに、本書はそういう固有名詞が大量に出てきますよね。

麻布 そのとき、東京で生きていくことは、記号を身につけることなんだと気づいたんです。僕らのように上京した人間だけじゃなくて、東京生まれの人間も同じ。既存の記号の寄せ集めでしかないんですよ。極端な話、現代はもう、断片的な記号しか存在しない時代だと思うんです。

――既存の記号の寄せ集め、ですか。

麻布 はい。で、そう思った僕は、高みを目指す競争から降りることにしたんです。そうしたら、びっくりするほど気が楽になって、しかも「おー、みんな頑張ってるなあ」って、観察者になれました。人生を諦めるというのはそういう意味です。

この本に対しても、一種の諦めはありますよ。「作家の〇〇に似てる」「××のまね」みたいなことをよく言われますが、完全に新しい創作なんてありえない時代ですから、別に気になりません。「これは別に文学じゃなくって、Twitterに投稿した文章を集めただけですから」みたいなスタンスです。

――お話の内容こそ諦観が漂っていますが、話しぶりや所作はすごく爽やかな印象を受けます。でも、それは諦めから来てるんですね。

麻布 そうですね。本書の登場人物たちは僕と同じ30歳前後で、人生の全体像が見えてくる年齢です。いい大学を出てそれなりの企業に入ったけれど、夢見ていたほどの生活じゃなかったり、別れた彼女が幸せな結婚をしている様子がSNSで見えちゃったり、同期が起業して成功してたり。

そういう、諦めの混じった乾いた悲しさが残りの人生でも続いていくことに気づく頃です。たぶん人生ってそういうもので、諦めるとラクになるんです。

――でも、こうして著書が売れて、また競争の舞台、いわば文学という"競馬場"のパドックに入り始めてますよね? 

麻布 そうなんです。でも、ここでも苦しい思いをして勝ち抜きたいなんて思わない。早く勝負から降りたいと思っています。その一方で、次回作のことを考えたりしているわけですが......。

●麻布競馬場
1991年生まれ。慶應義塾大学卒業。会社勤めの傍ら、Twitterでツリー形式のショートストーリーを投稿する。そのスタイルは"Twitter文学"と呼ばれ、10万以上の「いいね」を得るなど支持を集める。20編のTwitter文学を収録した本作が初の著書。Twitter【@63cities】

■『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』
集英社 1540円(税込)
虚無と諦観。収録された20本のショートストーリーのすべてを貫くテーマがこれだ。14万いいねに達したツイートの改題「3年4組のみんなへ」をはじめ、Twitter上にツリー形式で投稿された作品などを収めた短編小説集。登場するのは、肥大化した自意識と向き合いながら挫折を味わい、そして自己実現を諦める30代の男女たち。なお、Amazonのレビュー欄には、多くの読者が本書の短編にインスパイアされた"レビュー文学"を投稿している

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