「誰でもできる対策としては、まず名前や肩書で、その情報を信じないことです」と語る山田悠史氏「誰でもできる対策としては、まず名前や肩書で、その情報を信じないことです」と語る山田悠史氏

乳酸菌で風邪予防、グルコサミンとコンドロイチンで膝関節の痛みを改善、プチ断食であなたも健康に......。健康に関するさまざまな情報やサービス、書籍、サプリメント、器具などの商品があふれる現代社会。膨大な健康情報の中から、本当に信頼できて役に立つ情報を見極めるにはどうすればいいのか?

身近で具体的な健康情報の疑問を挙げながら、それを考えるためのヒントを示してくれるのが、アメリカ在住の医師、山田悠史(ゆうじ)氏の新刊『健康の大疑問』だ。

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――昨年6月に発売された『最高の老後 「死ぬまで元気」を実現する5つのM』(講談社)も話題の山田さんですが、今回、ちまたにあふれる健康情報の検証をテーマに選んだ動機は?

山田 私は普段、ニューヨークの病院に勤務しているので、あまり日本の書店に行くことがないのですが、昨年『最高の老後』を出版し自分の本の宣伝などを兼ねて、日本の書店に何度か足を運ぶ機会がありました。

その際、私の著書の周りに置かれていた同じ医療ジャンルの本の多くが、タイトルや内容がデタラメと思えるようなものばかりであることを知り、純粋に驚いた、というのがきっかけになりました。

そうした本の中には、著者が「某有名大学の名誉教授」といったとても立派な肩書を持つ人も多いのに、肝心の内容はほとんどデタラメといえるものもあって、多くの方がそれらの本から健康に関する情報を得ているとしたら、本当に問題だと感じたのです。

そこで私は、健康に関する情報で、身近だけど誤解も多いトピックを選び、Q&A形式で一冊の本にまとめてみることにしました。「なぜ通説が、必ずしも正しいとは限らないのか?」という検証や思考のプロセスを見せることで、読者の健康に関するリテラシーも上げてほしいという願いで書きました。

――有名な大学の教授や医師が言うことなら、信じてしまう人は多いと思います。

山田 実は医療界ですら「偉い先生が言ったことを信じてうのみにする」ということをしてきた歴史があって、その反省から生まれたのがEBM(Evidence-Based Medicine)と呼ばれる、エビデンス(根拠)に基づく医療です。科学的、客観的な根拠を重視する考え方で、これが今回の本の基礎になっています。

一方で「こんな最新研究や論文がある」と根拠を主張している情報が必ずしも事実ではない場合もありますし、本書でも紹介したように、明確な原因はわからなくても「近年、若者の大腸がんが急増している」という事実もあったりします。

その場合、われわれのようなプロなら、個々の根拠や事実を検証することもできますが、一般の人たちには難しい。

誰でもできる対策としては、まず名前や肩書で、その情報を信じないことです。

また、情報を「束で見る」という姿勢も大切です。SNSや本で情報を探すとき、発信者が「私しか知らない最新の知見」などと書いてある場合は怪しいことが多いので、この人だけ言っていることが違うぞと感じる情報には「本当なのかな?」と、立ち止まってほかの情報も参照してみることが大切です。

ただし、情報を「束で見る」というのは難しい部分もあって、例えば「反ワクチン」を主張する人たちの情報発信回数がものすごく多いこともあります。そのため、専門家から見ればデタラメな情報でも、ネットのメディアを中心に情報を集めている人にとっては「情報の太い束」に見え、あたかもそれが真実であるように見えてしまう場合もあるわけです。

――「ほら、ネットを見ると、みんながそう言ってるよ」というパターンですね。

山田 そうしたときには、公的機関のバックアップを取る、という視点も必要だと思います。例えば、ワクチンの話であれば、まず厚生労働省の発信する情報を確認してみることです。

そうすると「いや、厚労省なんて信用できない」と言う人もいるかもしれませんし、確かに批判も多いと思いますが、厚労省にはその世界のプロが集まり、情報をきちんと吟味した上で発信していますし、もちろん間違うことはありえても、その確率はすごく低いと思います。

――健康食品やサプリメントなど、日々、私たちが目にする健康情報には、健康ビジネスが結びついたものも多いです。

山田 これはすごく大きな問題で、今やアメリカでは医者や医療そのものが産業の一部になりかねない状況になっています。私は、その多くが人々の健康への不安をあおり、その不安につけ込んで金儲けのビジネスにしようとしていると感じています。

そこで皆さんに気づいてほしいのは、病気に対する医療とは違って、将来の健康への不安を埋めるのは、別に急がなくてもいいということです。

今、なんらかの不調があるなら迷わず医療機関を受診したほうがいいですが、特に体の不調がないのに将来の健康への不安に駆られて、自分が何かの健康情報に飛びつきそうなときは、「別に急ぎじゃないんだから、時間をかけて判断しよう」と、一瞬、立ち止まる余裕を持つことが大事です。これは、ほかのあらゆる健康法にもいえることだと思います。

――一方で、将来「最高の老後」を迎えるためには、健康なときから気をつけたほうがいいこともあるわけですよね?

山田 そうですね。健康法も家電みたいに、新しいもののほうがいいとか、いっぱい機能がついているほうがいいみたいな考え方をしがちですが、本当に大切なことは、すでにどこでも言われていることが多くて、実はそのほうが真実に近いことがあります。

ですから、一般的ながん検診や予防接種はきちんと受けておいたほうがいい。それが確実に私たちの健康を支えてくれるという根拠があるからです。

それ以外だと、「外に出て遊びましょう」とか「バランスのいいごはんを食べましょう」とか、子供の頃からお母さんに散々口酸っぱく言われてきたことですけど、そこには真実に近いものがあって、バランスのいい食事や運動が、健康に与える影響のエビデンスを見ると、どんなサプリメントをも凌駕(りょうが)するほどの効果があることは疑いの余地がありません。

そうした「普通のこと」の積み重ねが、60歳、70歳になったときの違いを生むのです。

●山田悠史(やまだ・ゆうじ)
米国老年医学・内科専門医。慶應義塾大学医学部を卒業後、日本各地の総合診療科で勤務。2015年から米ニューヨークのマウントサイナイ医科大学ベスイスラエル病院の内科、現在は同大学老年医学・緩和医療科アシスタントプロフェッサーとして高齢者診療に従事。著書に『最高の老後「死ぬまで元気」を実現する5つのM』(講談社)がある

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