“奇跡のAV女優H”松野井雅。突然の失踪、結婚、そしてグラビア復帰の理由とは?

人気絶頂の3年前、なんの前触れもなく引退したAV女優のこと松野井雅。しかし今年2月、唐突にメディアの前に姿を現し、結婚していたことを告白。そして、『週刊プレイボーイ16号』ではヌードを披露した。

彼女はなぜタレント活動を再開し、再び脱いだのか。AVには復帰するのか。撮影終了後、かつてAVにスカウトされた渋谷で、本人を直撃した。

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2011年3月10日、超人気AV女優Hは失踪した。即座に大騒ぎになり、自殺説まで飛び交った。ちなみにHのウィキペディアには《東日本大震災による精神的ダメージを受け》AVをやめたとある。

「私はひとりの男性に愛されたいし、ひとりの男性を愛したい。でも、AVに出たらそんな幸せは放棄しなきゃいけないでしょう。それで、お酒に頼っちゃって体調を崩したというのが真相なんですよ」

今、彼女の体重は48kg。3年前とは雰囲気がずいぶん違う。

「冗談抜きに、お酒やめたら体、めっちゃ引き締まりました(笑)。あの頃は65kgあったんです」

■AV女優を続けるために好きでもない酒を飲んだ

今から5年前の2009年1月、クオーターの美形フェイスと、Eカップのロケット乳を引っ提げ、彼女は現役アイドルからAV女優へと転身した。

ここからHの進撃が始まる。

渋谷109前の交差点近くのビルには彼女の巨大看板が現れ、AVデビュー作は堀江貴文氏も絶賛。1万本売れれば御の字という世界で、処女作は10万本セールスという驚異的な数字をたたき出す。彼女は一瞬にして“奇跡の女優”と呼ばれるまでになる。

「生活は一変しましたよね」

活動の場は一気に広がった。雑誌の表紙やグラビアを次々に飾り、映画や連続テレビドラマにも出演。平井堅の音楽PVからも声がかかり、人気は沸騰する。

「でも、家に帰ったらお酒飲んで、寝て、また仕事みたいな生活でした。AVデビュー前、売れないアイドルをやっていたのが嘘みたいでしたね」

猛スピードで有名AV女優の階段を駆け上がった彼女は、デビューから1年もたたない2009年12月、実名を告白した自叙伝『本名、加藤まい』(集英社)を上梓(じょうし)。

「本のときもそうでしたけど、週プレさんの取材とか打ち合わせって、居酒屋が多かった記憶がありますね」

その頃の彼女は、たいてい白子をアテに栗焼酎を口へ流し込んでいた。酒をあおる姿は、われを忘れたいというふうにも見えた。

「本当は、AV女優やってる自分の話なんか全然語りたくなかったんですよ。……酔っぱらった勢いでないと話せなかったんです」

酒に溺れたのは、本当の自分をごまかすため

今回の取材も居酒屋で行なったが、松野井雅は酒を注文しない。

「実は、お酒そんなに好きじゃないことに結婚して気づきました。飲まなくても私フツーに生活できるじゃんって(笑)」

彼女は好きでもない酒をなぜ口にする必要があったのだろう。

「本当の私は、男性と付き合おうと決めるときに、結婚を意識するような女なんですよ」

その話が事実だとするなら、どうして彼女はAV女優になったのだろうか。

「私は中学生のとき、女優になるために広島から家族と上京してきました。その夢をどうしても叶えたかったんですよ。AV女優は、女優へのステップになる。本気でそう信じていたから、自分の信念を曲げてAVに出たんです」

とはいえ、彼女はAV女優の仕事に対して真摯に向き合った。

「売れないアイドル時代には絶対に戻りたくなかった。だから仕事に対しては全力で取り組んでいたし、手を抜くことがどうしてもできなかったんですよね」

彼女はセフレもつくらず、撮影1週間前からオナニーもしなかった。

「もちろん、撮影で最高のパフォーマンスを発揮するためです。そうやってデビューから真剣にやってきた。けど、ひとりの男性に愛されたいタイプなので、どうしたって慣れない。AVは、ほんと、つらかったですね」

その感情をごまかすため、彼女は酒に溺れた。

「お酒に逃げると、それはまたそれで寂しさ倍増で(笑)、AV女優になって1年半くらいかな? 結局、彼氏をつくってしまった(笑)」

彼女は自分に課していたルールを破る。張り詰めていた緊張の糸はそこで切れてしまった。

「AVでセックスしている私。大勢のスタッフの前でセックスしている私。冷静に考えて彼氏にひどいことしているなって思いました。そしてそんなことで落ち込んでる中途半端な自分自身も最低で。とにかく最悪の日々でしたね、あの頃は」

仕事に対するストイックさはいつの間にか消えていた。

「このままじゃダメだと思って、彼氏と仕事を天秤にかけ、仕事を取った。私は彼氏を切ったんです」

しかし、恋人を失った寂しさを埋めるため、さらに毎晩アルコールに手が伸びる。

「お酒って怖いですよ。飲みまくってたら、肌は荒れるし、65kgにもなるし。なーんにもいいことなかった(笑)」

彼女は、AV女優をやめた。

「“奇跡の女優”とかもてはやされたけど、自分の手でつかみ取ったものって一瞬で消えてしまうようなものばかりだった。それを理解するまで時間が必要でしたね」

なぜ表舞台に戻ったのか?

■お母さんが夫に会ってくれない

心の傷が瘡蓋(かさぶた)になった頃、東京・銀座のガールズバーで働き始める。2011年11月のことだ。

「昔から母と私で弟の大学の学費を払っていたんですよ。その支払いが、ね。まあめそめそしていても食ってけませんし(笑)」

東日本大震災から1年半がたつ頃、彼女は友達に誘われ、飲み会に参加する。そこで24歳年上の男性と知り合う。今の夫である。

「2012年の7月に出会って、10月には結婚していました。私がAV女優だった過去を打ち明けても、ゼンブ引き受けてくれた。男の人と知り合っても、私がAV女優だったとわかったら、たいてい『ヤリたい、ヤリたい』と騒がれて終わり。真剣に向き合おうなんて男はいませんでした」

よけいなお世話だが、気になることがある。“一本主義”の彼女は夫の浮気を許すのだろうか。

「しばく、刺す、殺す。……広島女は、おっかないですよ」

低い声が飛んできた。

「実は嫉妬深い女なんです、私」

にっと笑う彼女。家庭を手にした安心感からか、Hの頃にはなかった明るさが、松野井雅にはある。だからこそ疑問が浮かぶ。彼女はなぜ表舞台に戻ったのだろうか。

「母親に認められたいから、です。

私のために広島を出てきたのに申し訳ない気持ちがずっとあったんですよね。もともと父と別居していたので上京は母と弟ふたりとでした。売れないアイドル時代は、そんな4人家族で極貧生活を送っていた。だからアイドルで仕事がないよりかは、セックスをさらしてでも仕事があるほうがいいと私は思って、AVに出たんですよ」

AV女優を踏み台にして有名になれば、女優という仕事へつながると思っていたというが、本当にそれだけが理由なのだろうか。

「仕事がたくさんある状態になって、母に認めてもらいたかった。それが一番ですよね」

だが、母は彼女がAV女優になることを最後まで賛成しなかった。

「仕事を増やしたくて、割り切ってAVに出た。その私の考えは最後まで認めてもらえませんでした。確かに、娘がハダカになってカメラの前でセックスするわけですから、それは認められないと思うんです。母は、私がわかりやすいアイドルになるのが夢だったので、AV女優になったら、NHKにも出れない、CMのオファーも消えてしまう、そう思っていたと思うんですよ」

裸になってケジメをつけたかった

結果として彼女はアルコールで体調を崩し、AV業界を去った。

「AVやめてから母の干渉がすごくて。『お母さんの言うこと聞かず、AVなんか出たから失敗したのよ。まいちゃん(本名)はお母さんの言うことを聞かなきゃダメなの』とか……」

AV女優になってあがいた経験を母に認めてもらえなかった彼女は、2012年の10月に入籍した。しかし母には結婚を認められず、いまだに母には夫を紹介できていない。

「お母さん、私の旦那に会いたくないって言うんです。全然会ってくれない。母からすると『まいちゃんは、アイドルにも女優にもなれず、AV女優で挫折した挙句、50代のオッサンと結婚……ああ、汚らわしい』って感じでしょう」

幼少の頃から母親の期待を浴びてきた。その母に、彼女はどうしても認められたいのだという。

「言葉にして『頑張ったね』と言ってほしい。私は母が好きです。広島から私を信じてついてきてくれたんだもん。母が私に賭けてくれたことは正しかったと証明してみたいんです。そうしたら、私は本当の自分になれると思う。今なら家庭を持ったし、前よりも母の気持ちがわかる気がします」

最後に、結婚した松野井雅は、なぜ週プレでヌードになったのか。

「AV女優Hの“引退式”をやりたかったんですよ。引退作も出さず、中途半端な形でAVをやめてしまいましたから、裸になってケジメをつけたかった。たぶん、結婚して安らげる場所ができたからこそ、こういう前向きな気持ちになれたんだと思います。だからヌードはこれで最後です。AVにももう出ません。まあ、人妻になっちゃいましたし、今回のグラビアも、皆さんから喜んでもらえるのか正直よくわからないんですけどね」

(取材・文/黒羽幸宏 撮影/川島小鳥)

●松野井雅(まつのい・みやび)父方の祖父がドイツ人というクオーターの彼女。現在は自分のルーツを探るべく、ドイツ語の勉強に励んでいる。日課はジョギングで、夢はホノルルマラソンに参加することだとか