「北朝鮮の後ろ盾である中国を怒らせることは、明らかに米国の国益に反する」と語るシムズ氏

7月6日、米国が中国からの輸入品に25%の追加関税を課す措置を実施。金額にして340億ドル(約3兆8000億円)。経済のグローバリズムに完全に逆行する保護主義貿易へと大きく舵を切ると、中国も即日、同額の追加関税を米国からの輸入品に課す報復措置を実行した。

米中貿易戦争は、どこまでエスカレートするのか? 「週プレ外国人記者クラブ」第122回は、米『フォーブス』誌などに寄稿するジャーナリストで、トランプ政権を丹念にウォッチし続けるジェームズ・シムズ氏に話を聞いた──。

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──大国同士のガチンコ経済戦争へと発展するのではとの懸念が広がり、株価にも影響が出ています。

シムズ 「経済戦争」という表現は、現時点ではまだ適切ではないでしょう。米中が追加関税という形で挑発と報復を繰り返しているのは事実ですが、トランプ大統領の強烈なキャラクターを利用してメディアが煽り立て、敢えて過激な見出しをつけているのだと思います。

そもそも米国の貿易赤字は、現在の対中貿易で突然に注目され始めたわけではなく、1980年代から一貫して米国経済の大きな問題点です。日米間でも、1980年代に日本が米国に輸出する自動車が攻撃の対象となり、米国は日本に対して米・牛肉・オレンジなどの市場開放を要求するといった貿易摩擦があり、シビアな論戦が繰り広げられたことを記憶している人もいるでしょう。貿易赤字の問題で、米国の攻撃ターゲットが日本から中国に替わっただけという見方をしてもいいのではないでしょうか。

たしかに、トランプ大統領は選挙期間中から「中国は米国の雇用を奪っている」といった批判を展開し、今回の追加関税措置も、コアなトランプ支持者たちにとっては「公約」と言える側面があるのは事実です。また、米国では今年11月に中間選挙が控えているため、トランプ大統領が公約を実現して支持層に訴え、中間選挙を有利な結果に導こうとしている......そういった見方も完全に間違っているわけではありません。

中間選挙の行方は、上院はトランプ大統領の所属政党である共和党が抑えるのではないかと見られますが、下院については接戦が予想されます。仮に下院を民主党に抑えられれば、トランプ大統領のアキレス腱である"ロシア疑惑"に関する調査が進み、政権基盤が揺らぐような事態も予測されます。

しかし共和党が、はたして保護主義貿易政策を歓迎するでしょうか? 共和党は伝統的に、製造業をはじめとする企業に支持される傾向が強い政党です。現在のように対中貿易で強硬姿勢を示すことが、そういった支持層から素直に歓迎されることは考えづらい。事実、最近の世論調査でも、米国民の過半数はグローバル経済、自由主義貿易を望んでいるという結果が出ています。

──追加関税合戦の行方を不透明にしている要素のひとつは、やはりトランプ大統領の予測不能なキャラクターではないでしょうか。

シムズ それは正しい見方だと思います。トランプ政権の発足当初から「経済政策の指南役」と目されてきたのは、ゴールドマン・サックスの元社長で、2017年1月に国家経済会議の委員長に就任したゲイリー・コーン氏です。彼はグローバリスト、自由主義貿易を推奨する立場の理論家でしたが、今年3月に委員長を辞任しています。そして現在、トランプ政権内で発言力を増しているように見えるのが、通商製造業政策局のピーター・ナヴァロ局長。彼はコーン氏とは逆に、保護主義貿易の推奨者と見られています。

つまり、トランプ大統領の背後にいる経済政策の指南役を見れば《自由主義貿易→保護主義貿易》という図式を見出すことも可能でしょう。しかし、トランプ大統領がコーン氏あるいはナヴァロ氏の理論に従って政策を決定しているとは思えません。非常に場当たり的で、極端なことを言ってしまえば「トランプ政権に戦略などない」というのが私の見方です。そうとしか思えない。先述した1980年代の日米貿易摩擦のときと比べても、今回の中国に対する追加関税措置は、ひとことで言って、やり方が乱暴過ぎます。

日米貿易摩擦のときは、まず日本側に要求を突きつけ、それは日本からすれば無茶な要求であった面もありますが、その後に両国間で協議を行なうという、長い時間をかけたプロセスがありました。今回の米中の追加関税合戦に協議というプロセスが皆無だったとは言いませんが、それは日米貿易摩擦のときとは比べものにならないほど、おざなりの協議だったと言わざるを得ません。

また、6月にシンガポールで米朝首脳会談が実現したとはいえ、北朝鮮の核・ミサイル問題は、まだ解決したわけではありません。と言うより、解決に向けたスタート地点にようやく着いた状況と言えるでしょう。そんなときに北朝鮮の後ろ盾である中国に対し、こんな乱暴な形で追加関税措置を実施して、米国になんのメリットがあるのか? いま、中国を怒らせることは、明らかに米国の国益に反する行動だと思います。

──この米中経済摩擦の現実的な行方を考えると、まず、それぞれの相手国からの輸入量で大きな隔たりがあります。米国の中国からの輸入額が約5060億ドルであるのに対し、中国の米国からの輸入額は1300億ドルに過ぎません。つまり、このまま両国が追加関税を増やしていっても、中国の報復措置は米国よりも早く限界に達してしまいます。

シムズ その通りです。この追加関税合戦の勝敗は先が見えていて、最終的により大きなダメージを受けるのは中国側です。また、中国が輸出先としての米市場から撤退するシナリオは100%あり得ません。

中国が大量に保有する米国債を売り浴びせるのではないか......そんな無責任な憶測で事態を煽り立てるメディアもありますが、米国債は中国にとって貴重な外貨資産です。米国債を大量に売却すれば、中国は自身の持つ資産価値を下げることになる。仮にそれを行なったとしても、より大きなダメージを受けるのは、やはり中国側でしょう。

しかし、保護主義貿易路線が米国経済にとってメリットのある政策かというと、私には大いに疑問です。実際、報復関税による悪影響が懸念されていて、今週、トランプ政権は農業分野を対象に1兆3千億円もの支援策を打ち出しました。先述した1980年代の日米貿易摩擦以降、私は米国経済に与える影響を注意深く観察してきましたが「メリットはほとんどなかった」というのが正直な感想です。たしかに、日本車の米国内における生産が増加し、雇用を創出したというメリットはありましたが、日本車の米市場におけるシェアは減るどころか増え続けたのです。 

1989年からの日米構造協議で米国は日本の大規模小売店舗法(大店法)を改正させ、米国の玩具量販店「トイザらス」が日本に進出しましたが、これも米経済にメリットをもたらすことはありませんでした。1991年にトイザらスの日本1号店がオープンし、2000年には100号店がオープンしましたが、以降は閉店が相次ぎ、成功とは程遠い状況が続いています。

ただし、日本との経済摩擦と現在の米中間の問題で違いがあるとすれば、米国の中国に対する警戒感の強さでしょう。これは「ジャパン・アズ・ナンバーワン」といわれた1980年代と比べても比較になりません。また、米国内にも「ロシアの脅威」を言う人たちがいますが、ロシアも中国と比べれば米国にとって大した脅威ではありません。

トランプ政権発足後、CNNなど米国内の"反トランプ"メディアは、ことあるごとに、重箱の隅を突くようにトランプ批判を展開していて、今回の問題もそういったメディアによって扇情的に報道されている傾向が強いのが事実です。そして、それはトランプ支持者がますます彼を強固に支持することにつながっていると思います。トランプ大統領には予測不可能なところがあって、米中経済摩擦の行方を単純明快に断言することは難しいのですが、大切なことは一喜一憂することではなく、問題の本質を見極めることだと言えるでしょう。

──では、日本が米中経済摩擦の仲裁役を果たすことは可能でしょうか?

シムズ その答えは、シンプルに断言できます。可能性は、0%です。

●ジェームズ・シムズ
1992年に来日し、20年以上にわたり日本の政治・経済を取材している。『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙の東京特派員を務めた後、現在はフリーランスのジャーナリストとして『フォーブス』誌への寄稿をはじめ、さまざまなメディアで活動