「この酷暑をきっかけに、真の電力改革を再スタートさせるべきだ」と語る古賀茂明氏

『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏が、この夏の猛暑で注目される電力の「ネガワット取引」について語る。

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猛暑による電力需要の高まりを受け、関西電力が7月17、18日に「ネガワット取引」に初めて踏み切ったとのニュースが流れた。ネガワット取引とは「負」を意味する「ネガティブ」と電気単位の「ワット」を組み合わせた造語だ。 

電力を安定供給するためには電力使用量と発電量のバランスを取る必要がある。そのため、大手電力会社は最大需要を賄えるだけの発電設備を造って対応してきた。

ただ、年間にわずかな期間しかない最大需要シーズンに合わせて過剰な発電所を維持するのは非効率。

そこで電力需要のピークが来る前に企業や家庭に節電を要請し、それらの電力需要家が規定kWの節電を実行したら、そのインセンティブとして報酬金を支払う仕組みがネガワット取引だ。発電量を増やすのでなく、節電を促すことで電力ピークに対処しようという発想である。

ただ、このアイデアそのものは、さほど新しくはない。80年代後半にアメリカのエネルギー政策研究者が提唱し、節電を促すきっかけになるとヨーロッパではとっくに導入が進んでいる。

だが、日本ではようやく昨年に導入されたばかりで、実際にはネガワット取引の発動例はほとんどなかった。その理由はふたつ。ひとつは、大手電力会社は発電コストに3%の利益を上乗せできる「総括原価方式」を国から認められているため、節電で売り上げを減らしてまで電力ピークに対応しようという意識が薄かったこと。

もうひとつは、ネガワット取引でピーク電力対策が十分にできるようになると、原発再稼働は不要という世論が高まることへの懸念もあったようだ。

実は、私も過去にネガワット取引の導入を主張したことがある。東日本大震災後に「新たなエネルギー社会の形成により新成長を探る」として、大阪府市が2012年にエネルギー戦略会議を立ち上げたときのことだ。

当時、私は副会長として提言の取りまとめのお手伝いをしたのだが、委員のひとりだった村上憲郎(のりお)元グーグル日本法人代表取締役らと一緒に橋下徹市長(当時)に強く導入を進言したのが、このネガワット取引だった。

しかし、橋下市長が関西電力大飯(おおい)原発の再稼働容認に転じたこともあって、ほとんど顧みられることはなかった。

だが、皮肉なことに今年の異常な酷暑が、ネガワット取引を広める追い風となっている。大手電力会社がネガワット取引を本格的に手がけることで、この仕組みが夏場、冬場などの電力ピーク時対応に有効なことが認知されようとしているのだ。

ネガワット取引が広がれば、太陽光などの再生可能エネルギー普及も進むだろう。太陽光の弱点は日没後に発電量が急減することだが、ネガワット取引でその時間帯の電力使用を節電できれば問題はない。

今回、関電がネガワット取引で節電できた電力は約30万kWで、原発の0.3基分に相当する。ネガワット取引が日常の光景になれば、原発新増設への牽制(けんせい)にもなるはずだ。

それでなくても20年に予定されている発送電分離(電力会社の送配電部門を独立させる)は経営と資本が分離されないなど、日本の電力自由化は骨抜きが目立つ。この酷暑をきっかけに、真の電力改革を再スタートさせるべきだ。

●古賀茂明(こが・しげあき)
1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して11年に退官。近著は『国家の共謀』(角川新書)。ウェブサイト『Synapse』にて動画「古賀茂明の時事・政策リテラシー向上ゼミ」を配信中