「FFRで日本は妥協に次ぐ妥協を強いられる、なんてことにならないことを祈りたい」と語る古賀茂明氏

『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏が、ワシントンで開催された日米通商協議で日本がつくった「大きな借り」について語る。

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8月9日から10日(共に現地時間)まで、日米新通商協議(FFR)が開かれた。これは、アメリカのTPP離脱に伴い、日米で新たな通商協定の枠組みをつくろうというもの。しかし、2国間の自由貿易協定(FTA)を迫るアメリカと、TPP復帰を求める日本との溝は深く、めぼしい合意が公表されることはなかった。

トランプ大統領は乗用車の関税を2.5%から25%に引き上げると公言している。アメリカは日本製自動車を年間332万台も輸入しており、追加関税が強行されると、日本企業の負担額は2.2兆円になると試算されている。

政府はその回避に躍起だが、そうなればなったで農作物や兵器の輸入拡大など、別の分野で譲歩を強いられる確率が高い。どちらにしても頭の痛い話だ。

注目すべきは再交渉の場となる次回会合が9月に延期されたことだ。その間、政府は対米交渉の戦略を準備するというが額面どおりには受け止められない。

9月には自民党総裁選がある。ライトハイザー米通商代表はFFRに当たり、日本側に「TPPはアメリカが要求する水準に達していない」と伝えたという。その意味することは、FFRはTPPよりもさらに日本が貿易上の妥協を迫られる場になるということだ。

地方の農業関係者の間ではTPPへの反発が非常に強かった。それより厳しい譲歩を強いられるFFRが始動するとなれば、405票もの自民地方票は大挙して対立候補に流れるはずだ。

そうならないよう、日本側は次回交渉を総裁選後に開きたいと、アメリカに頼んだのではないか?

もし、この見立てが正しければ、安倍政権はアメリカに借りをつくったことになる。その結果、FFRでの日本側の立場はさらに弱まった可能性がある。

日本はすでに鉄鋼・アルミ製品への追加関税をかけられている。これに対して、中国やEUのように報復すべきだと考える人も多いだろう。相手が関税をかけてきたら、同規模の関税でお返しをする。

それでアメリカに輸出減などのマイナスが生じれば、トランプ大統領も対日関税を撤回するかもしれないというのは正論だ。ただ、経済、安全保障両面で対米追従の安倍政権に、報復措置を取れといっても実現の可能性は低そうだ。

しかし、もし日本が報復措置を強行したら? 私はへたをすると「日本は敵国」というアメリカの眠った感情を呼び覚ましかねないと考えている。そのことを痛感したのが、このお盆休みに訪れたボストン美術館で目にした展示だった。

ドイツのヒトラー、イタリアのムッソリーニと並び、日本の裕仁天皇(昭和天皇)を風刺する大戦中のイラストが今も堂々と展示されていた。「真珠湾攻撃を忘れるな」という風刺イラストも目にした。

報復をすれば、トランプ大統領は「日本は今も昔もずるい」と声を荒らげることだろう。

そうなれば、「日本は敵国」という古びた記憶が甦(よみがえ)り、ラストベルトの白人保守層などを中心に苛烈な日本バッシングが起きる。その先に待つのは本格的な日米貿易戦争の勃発だ。

日本政府はトランプ大統領と安倍首相のお友達関係をテコに、穏便な解決を目指すというが、できない相談だろう。FFRで日本は妥協に次ぐ妥協を強いられる、なんてことにならないことを祈りたい。

●古賀茂明(こが・しげあき)
1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して11年に退官。近著は『国家の共謀』(角川新書)。ウェブサイト『Synapse』にて動画「古賀茂明の時事・政策リテラシー向上ゼミ」を配信中