『自衛隊の弱点』著者で、元米陸軍大尉の飯柴智亮氏。アメリカの大学で軍事学を学んだ氏が読み解く、これからの東アジア情勢と自衛隊に必要な改革とは?

米朝首脳会談を経ても不透明な北朝鮮の非核化、中国による南シナ海の実効支配、エスカレートする米朝貿易戦争......東アジア情勢の動乱が続いている。そんな中、日本の安全保障に対する警告の書が出版された。

『自衛隊の弱点 9条を変えても、この国は守れない』(集英社インターナショナル)だ。護憲・改憲の立場を超えて、リアリスティックな軍事学の視点から自衛隊が抱える問題を掘り下げている。本書の著者であり、軍事コンサルタント/元アメリカ陸軍大尉の飯柴智亮(いいしば・ともあき)氏が特別寄稿。日本の独立を守るため、いま本当に必要な改革とはなんなのか?

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この8月末に平成30年版「防衛白書」が発表になりました。日本のメディアはいずれも北朝鮮の核・ミサイルについて「これまでにない重大かつ差し迫った脅威」と最新版の白書が記していると大々的に報じていますが、私から言わせてもらえれば、防衛省もマスコミもピント外れなことをやっていると苦笑するしかありません。

この8月末に私が、週刊プレイボーイ軍事班記者の小峯隆生さんと共同出版した『自衛隊の弱点』で指摘したように、北朝鮮のバックには中国があり、この中国を抜きにして「北朝鮮の脅威」を議論してもなんの意味もありません。

北朝鮮にとっての最大の国家戦略はひとつしかありません。それは「金王朝の存続」です。意見が百人百様の米国の国際政治学者たちの間ですら、これに関しては異論はありません。

北朝鮮にとっては金一族を中心とする「国体護持」のみが唯一の価値であり、それを達成するためならば、巨額の国家予算を投じた核開発であっても平気でゴミ箱に投げ入れる覚悟を持っています。それは皇室の護持さえ達成できるのであれば、無条件降伏さえ厭わなかった戦前の日本と瓜二つです。

先日のトランプ=金正恩対談が一定の成功を収め、北朝鮮の非核化への道筋ができたのも、トランプが暗々裏に「金王朝の維持」に理解を示したからに他なりません。米国の歴史を見れば、「国益のためなら独裁国家と一時的に手を組む」というのは常套戦略です。

そういう文脈で考えれば、「北朝鮮の脅威」などは大した問題ではありません。それよりももっと重要なのは、その北朝鮮の後ろ盾になっている中国経済がトランプ大統領の関税引き上げによってどんどん追い詰められていることのほうです。

あえて断言しますが、米中関係はすでに戦争状態に入っています。戦争はなにも砲弾を相手にぶち込むことだけではありません。外交、経済、文化......ありとあらゆる次元を利用して行なわれるのが現代の戦争であり、トランプ大統領はすでに中国に対して、戦いの狼煙(のろし)を上げています。

おそらくトランプ大統領が次の手として考えているのは、台湾の独立です。先日、エルサレムに大使館を開設することによって「ユダヤ国家」イスラエルへの支持を鮮明にしたのと同じように、トランプは台北のAIT(American Institute in Taiwan:米国在台湾協会)を在台米国大使館へと格上げすると私は見ています。

これは言うまでもなく中国に対する挑発ですが、二期目を狙うトランプは「中国に対して一歩も引かないぞ」というアピールをするために、必ずこの危険な賭けに乗り出すでしょう。そしてそれは東アジアをかつてない緊張状態にするに相違ありません。

そのとき、日本はどのような防衛指針を採用するのか――本当ならば、防衛白書に書かれるべきだったのは、その具体的ビジョンでした。しかし、防衛省も自衛隊もそのことを真正面から扱うことはできません。なぜならば、この新しい事態に対応するためには、自衛隊そのものを抜本的に改組しないとならないからで、既得権益を守るのに必死な防衛省、自衛隊にはその未来図を書く勇気がないからです。

では、この東アジアの危機に対して、自衛隊はどう変わるべきか。それについては拙著『自衛隊の弱点』で議論を展開していますので詳細はそちらに譲りますが、自衛隊改革は今や一刻の猶予もないと考えます。

まず議論すべきは陸自の全面的縮小と、海自・空自そして海保の拡充です。日本の空や海に敵を一歩も入れないことが国防の大前提であり、それについて陸自が貢献できることはほとんどないからです。もちろんこれは大きな犠牲を払う自己改革になりますが、日本の独立を守るためにはそれしかないと断言します。

■『自衛隊の弱点 9条を変えても、この国は守れない』
集英社インターナショナル 1300円+税

●飯柴智亮(いいしば・ともあき)
軍事コンサルタント/元アメリカ陸軍大尉。1973年東京都生まれ。16歳で渡豪。米軍に入隊するため19歳で渡米。北ミシガン州立大に入学し、士官候補生コースの訓練を修了。99年に永住権を得て米陸軍入隊。2002年よりアフガニスタンにおける「不朽の自由作戦」に参加。03年、米国市民権を取得して04年に少尉に任官。06年中尉、08年大尉に昇進。S2情報担当将校として活躍。日米合同演習では連絡将校として自衛隊と折衝にあたる。09年除隊。11年アラバマ州トロイ大学より国際政治学・国会安全保障分野の修士号を取得。極真空手初段