アメリカ社会に不気味な影を落とす「Qアノン」「インセル」とは何か? ニュース番組でも活躍するマルチタレント、パックンが解説!

最近、「Qアノン」や「インセル」という言葉をよく目にする。どちらもアメリカのネット掲示板に端を発し、実社会に影響を及ぼしている現象だ。Qアノンはアメリカの国家機密を握っていると主張し陰謀論を拡散する謎の人物。インセルはモテない男性のコミュニティで、過激化した一部が無差別テロ事件まで起こしている。

トランプ政権下のアメリカで表面化したこれらの現象の背景には、何があるのか? お笑いコンビ「パックンマックン」のパックンこと、パトリック・ハーラン氏が解説!

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――ここ数ヵ月、Qアノンについての記事をよく目にします。彼はいったい、何者なのでしょう?

パックン 昨年10月から、「Q」と名乗る人物がアメリカの巨大匿名掲示板「4chan」や「8chan」に真偽不明の情報を投稿し始めました。Qとは、トップレベルの国家機密にアクセスする権限を意味し、メディアはQと「アノニマス」(匿名)を組み合わせ、Qとそのフォロワーたちを「Qアノン」と呼んでいます。トランプの集会などで、「Q」と書かれたTシャツを着た人たちが目立つようになって、注目を集めました。

彼らの主張の代表的な例は、「トランプ政権を揺るがす"ロシア疑惑"を調査しているモラー特別検察官は、実はロシアと民主党の関係を暴くためにトランプ大統領によって任命されたものが、民主党や大手メディアがその調査を妨害している」。あるいは、「民主党やトランプに批判的な共和党関係者は皆、小児性愛者サークルのメンバーだ」――などというものです。

「民主党や大手メディアなどの腐敗したエリートたちが形成する『ディープ・ステート』(国家内国家)によって世界は支配されており、過去の大統領は皆、操り人形だった。トランプはその悪の秘密組織をぶっ壊すために大統領に就任した救世主である」......。Qのフォロワーたちは、Qが教えてくれる「真実」を武器に、トランプと共に悪を打倒するという使命感に燃えている。もう、バカバカしすぎて、どこから否定していいのかわからない!

――そんな極端な陰謀論が信じられるようになった背景には、何があるのでしょう?

パックン 複数の要因があります。『パーフェクト・ストーム』という映画をご存知でしょうか。嵐の中で波と波が頂点で重なり合って、本来は物理的に存在しないと思われていたほどの高い波が生じるというストーリーですが、その映画名からとった、厄災が同時に発生し壊滅的な事態に陥るという意味のスラングがあります。Qアノンの現象も、複数の要因が重なって生まれたパーフェクト・ストームだと言えます。

まず、ひとつ目の要因はSNSの普及。本来、「最近、元気?」みたいな友達との交流がSNSの目的だったけれど、今はユーザーの多くがメディアの流すニュースをリツイートやシェアで共有している。もはやSNSは既存メディアの「代替ニュースソース」で、主な情報源はSNSという人も少なくないと思います。

ニュースソースは多様化し、それぞれの特色が濃くなっていく一方、自分の考えとは異なる主張を遠ざけることもできる。そうなると、国民それぞれが「個別の事実」を持つようになる。Qアノンの人たちが持っている「事実」は、既存メディアの報道に接する我々から見るとまったくバカげたものだけれど、彼らはそれを信じているんです。

――自分にとって好ましい事実を所有する時代であり、Qアノンはその副産物というわけですね。

パックン そう! ふたつ目の要因は、今の政権自体が「事実にこだわらない」ということです。大統領就任式後にコンウェイ大統領顧問が発言した「オルタナティブ・ファクト」(もうひとつの事実)に始まり、最近ではトランプの法律顧問を務めるジュリアーニ元ニューヨーク市長が、ロシア疑惑について「真実は真実ではない」と言った。

アメリカにこういうジョークがあります――夫が帰宅したら、妻がベッドで見知らぬ男とやっていた。「おい! 何やってんだ」「何って、何よ」「浮気してるだろ!」「浮気なんてしてないよ」「目の前でやってるじゃないか!」そこで妻は言った。「あなたの目と、私の話、どっちを信じるの?」と。証拠があるのに否定する。そういうことを平然とやっている政権です。安倍政権も一連の「忖度」問題などで厳しい批判をされているけど、トランプ政権はそれとはまったく別次元です!

パーフェクト・ストーム3つ目の要因は、事実にこだわらない政権のトップを、陰謀論が大好きな人物が務めていることです。そもそも2011年、テレビスターで不動産王の風変わりなニューヨーカーだったトランプは、「オバマはケニア人じゃないのか?」という陰謀論を掲げて政治系の番組に出演するようになり、それが政界入りのきっかけになった。

トランプの発言の特徴は、「~だと聞いている」とか「~だと何かで読んだ」などと伝聞形なんです。スパイサー前ホワイトハウス報道官は、記者から大統領の不可解な発言について突っ込まれると、「彼(トランプ)が持っている情報によると、そうなんです」といった回答で逃げるしかなかった。

陰謀論者が実際に起こした事件もあります。これはQアノンが話題になる前のことですが、「ワシントンDCにあるピザ店がヒラリー・クリントンも関わっている児童買春の拠点になっている」という陰謀論を信じ込んだ男が、店を銃撃したという事件です。まるで『スター・ウォーズ』のフォースの暗黒面に落ちていくようなものですね。

――陰謀論にハマっていくのは、どういう人たちに多い?

パックン そこが難しいところで、「Q」のTシャツを着ている人たちが、特別変な人たちに見えるわけでもない。トランプの支持者はブルーカラーの白人に多いとよく言われるけれど、女性の支持者もいるし、黒人の支持者もいるし、大卒の支持者の割合もとりわけ低いわけではない。歴史的な共和党支持者の層と大差はないんです。

しかし、かつて「道徳の党」を自負していた共和党において、トランプがどれだけ嘘を吐いても、身体障がい者をバカにしても、白人至上主義をかばっても、女性に対する性的暴力が発覚してもなお、なぜ党員のほとんどが彼を支持し続けているのか。どの段階でスイッチが切り替わって、陰謀論の暗黒面に落ちていくのか、本当にわからない。

ひとつ言えるのは、彼らを暗黒面に導いているのは大統領自身です。トランプが巧みなのは、支持者のツボをよく押さえている。在イスラエル大使館をエルサレムに移転し、パレスチナへの支援を打ち切り、強硬なユダヤ教徒を自分のものにする。中絶大反対の人物を最高裁判事に指名し、福音派の支持を強固にする。あるいは銃規制をガンガン緩和し、NRA(全米ライフル協会)を味方につける。

つまり、熱狂していなくても「トランプは嘘つきかもしれないけれど、やってほしいことをやってくれている」と満足している人がたくさんいるわけです。そういった「普通の支持者たち」が暗黒面に引っ張られ、陰謀論を本気で信じ始めているのだとしたら、恐ろしいことです。

トランプとQには、メッセージに謎を残すという共通点があります。Qの書き込みは高度に謎めいていて、読み解きにくい。グリム童話の『ヘンゼルとグレーテル』で、道しるべとしてパンくずを置いていくという場面がありますが、Qも通称「パンくず」と呼ばれるヒントを与えて、フォロワーたちがそれを信じてついてくる。

大統領も同様の手法でパンくずを落としている。昨年秋、核問題で米朝関係に緊張が走っていたとき、米軍指導者たちとの夕食会が「嵐の前の静けさを意味するかもしれない」と発言した。記者から真意を問われてもはぐらかすだけで、「嵐の前の静けさ」はQフォロワーの間で流行語になりました。最近は、「17」という数字を大統領はよく口にする。アルファベットの17番目がQなので、Qフォロワーたちは彼が暗号を送っていると解釈しています。

――「Qの正体=トランプ本人説」もあります。こんなことを言うとQの土俵に乗ってしまいそうだけど、優秀なコピーライターを雇って、陰謀論好きな支持者を満足させているとか?

パックン 政治家はよく「スキャンダルの百貨店」と揶揄されたりしますが、トランプは顧客満足度ナンバーワンの「陰謀論ネット通販最大手」といったところでしょうか。でも、僕はQアノン現象はそんな陰謀じゃなくて、ただの偶発的な出来事だと思う。陰謀論大好きな人がいろんな糸口を調べて繋いでいったら、自分は国家機密を握った、真実を突き止めた!と思い込んで、Qと名乗り発信しているだけじゃないかな。あるいはただの悪フザケで、こんなデタラメをみんな信じてやがるぜ!と陰で笑っているかもしれない。

――ハッカー集団のアノニマスがQの正体を暴くという話もあります。

パックン 正体を暴いたら、14歳の少年がイタズラでやっているだけだったりして。ただ恐いのは、それで終わりにはならないんですよ。すでにQのフォロワーは増えていて、彼らの論理によると、正体暴きそのものが悪の組織に仕組まれた陰謀だということになるので。

――もう後戻りできないところまで来ている、と。日本にも陰謀論が好きな人は一定層いますが、こういう現象は起きると思いますか?

パックン まだその心配はないと思います。確かに、沖縄で基地反対運動をしている活動家は中国共産党に雇われているなどという陰謀論もありますが、日本では大多数の人々が「共通の事実=常識」を共有している。一方、アメリカでは、それぞれ異なる考え方があってもいいという価値観がある。学校で進化論を教えても、神様が宇宙を創造したという教えを否定しない。信仰の自由、思想の自由から事実の自由が生まれてしまう。その結果、個々人が持つ「事実」が少しずつズレることになる。その土台は危ういけれど、クリエイティブなものを多く生み出すアメリカの土台でもある。

――Qアノンと同じく、ネットに端を発した現象として「インセル」も注目されています。

パックン インセルは"involuntary celibate"(不本意の禁欲主義者)の略で、自分がモテないのは相手が悪いからだと考える人たちのネットコミュニティです。主に白人の異性愛者に多いと言われていて、ネットに女性蔑視のコメントを書き連ねている。彼らはモテる男を「チャド」、美女を「ステイシー」と呼び、「チャドとステイシーを全滅させよう」などと主張する。ステイシーは自分に冷たく、少数のチャドが全ての女性を独占しているから自分はモテないと考えているんです。

モテない原因を他者のせいにするという子供じみた発想は昔からあるものだけれど、一部の過激化したインセルによる無差別テロ事件まで起きているから大問題です。僕がインセルの人たちに言いたいのは、モテたいなら、まずネットを消せよ!

――でも、パックンはハーバード大卒のイケメンで、インセルの人たちが標的にする「チャド」そのものじゃないですか......。

パックン その通り! だから、お前に言われてもムカつく~と思われるかもしれない。これは一般論として言いますけど、政治家のようなエリート層の多くは、インセルのような人たちが抱える不満を理解できていない。エリートが人生で成功する秘訣を説いても、「あんたにはできるけど、俺にはできない」と逆に反感を買うことになる。「元インセルが説くモテ術」とかのほうが説得力あるはず。

インセルにもQアノンにも共通するのは、「今の世の中は、自分にとって不利なようにできている」という被害意識。インセルはチャドやステイシーを、Qアノンはディープ・ステートや大手メディアを、それぞれ悪者に見立てて攻撃することで溜飲を下げている。そういった不満が、これらの現象が生じる土壌になっているんだと思います。

●パトリック・ハーラン
1970年生まれ、米国コロラド州出身。ハーバード大学卒業後、1993年に来日。吉田眞とのお笑いコンビ「パックンマックン」で頭角を現す。最新刊『世界と渡り合うためのひとり外交術』(毎日新聞出版)など著書多数。フジテレビ『報道プライムサンデー』(毎週日曜朝7時30分~)のファシリテーターを務める