左から、鈴木美優氏、桜木武史氏、八尋伸氏。いずれもシリア内戦をはじめ激戦地の取材経験を持つ、若きジャーナリストだ

約3年4ヵ月にわたりシリアの武装勢力に拘束されていた安田純平さんの「自己責任」を問う議論が過熱している。

危険な紛争地に赴き現地の実情を伝えるジャーナリストたちは、今回の騒動に何を思い、自身の職業をどう見つめているのか? 気鋭の戦場ジャーナリスト3名が本音で語り合った――。

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■自己責任の対価はもう払っている

座談会参加者は、桜木武史氏(40歳)、八尋(やひろ)伸氏(39歳)、鈴木美優(みゆ)氏(28歳)の若きフリージャーナリストたち。いずれもシリア内戦をはじめ激戦地の取材経験を持ち、安田純平さんとの交流もある。

――安田さんがシリアで拘束されたときは皆さん、どう思いました?

八尋 安田さんは2004年にもイラクで拘束されていますが、僕はその直前にバグダッドで会っているんです。僕は1年半ほどアジアやヨーロッパを旅していて、日本に帰国前、フセイン政権崩壊後のイラクに入っていました。安田さんは「明日、アブグレイブに行く」と。その後、拘束されましたが、すぐに解放された。今回も、まあ大丈夫かなって思っていたんですけど。

桜木 自分は15年6月、安田さんが拘束される直前に、トルコのアンタキヤで会いました。(拘束されたシリア北西部の)「イドリブに入る」と聞いたときは、ヤバイなあと。行方不明になってからは自分には全然消息がつかめなかったけど、帰ってくればいいなあ......って。

鈴木 私は、安田さんがイドリブに潜入する直前までフェイスブックのメッセンジャーでやりとりしていました。「これから行くよ」「捕まったら助けに行きますね」みたいな軽い感じで。それが本当に捕まって、何度もメッセージを送っていたのですが返事はなく、1年たったあたりからさすがにヤバイんじゃないかと......。

――では拘束当初は、ものすごく心配していたわけではないんですね。

八尋 そんなもんですよ。殺される可能性がある場合は、公開される最初の映像で身代金や政治的要求がある。今回はそれがなかったんで。

鈴木 むしろ空爆で死んじゃうんじゃないかって、そっちのほうが心配でした。

八尋 しかし、(16年5月に)「助けてください」と書かれた紙を持たされた画像が公開されたとき、命乞いをさせられていることに怒りの表情を見せていたから、これなら大丈夫だなと。あの顔は「何もするな」という意思表示だと理解しました。以前から、「捕まっても何もしないでほしい」と言っていたので。

2014年5月、シリア・アレッポ。アサド政権軍と戦闘する反体制派、自由シリア軍(撮影/桜木武史)

――拘束の2ヵ月前、安田さんがツイートしていた《戦場に勝手に行ったのだから自己責任、と言うからにはパスポート没収とか家族や職場に嫌がらせしたりとかで行かせないようにする日本政府を「自己責任なのだから口や手を出すな」と徹底批判しないといかん。》。これもバッシングの材料にされています。

八尋 3年以上も拘束され、8ヵ月もの間、身動きひとつ禁じられるなどの拷問状態に置かれていたわけですから、もう十分、自己責任の対価は払っていると思います。それなのに、著名人まで寄ってたかって叩くことになんの正義があるんでしょう?

――橋下徹氏は戦場ジャーナリストの仕事へはリスペクトを示しつつ「テロリストを利することが絶対あってはならないという意識をもって装備、準備をしなければならない。その部分は、安田さんは素直に謝らなければならない」とテレビでコメントしています。

八尋 でも、橋下さんを含め、批判している人に迷惑をかけたり助けてもらったわけじゃないですよね。「税金使って助けられた」という批判もありますが、安田さんだって納税者です。自己責任論って、海外では理解されないんですよ。僕がシリアのアレッポで一緒にいたフランス人記者もISに捕まりましたが、解放され、帰国したとき、飛行機のタラップを降りると家族が出迎えていた。しかし安田さんの場合は、本人は隔離され、奥さんが謝罪を強いられていた。「助けていただいてありがとうございます」じゃダメなんでしょうか?

■銃撃戦で顎を吹き飛ばされても

――ジャーナリストが命の危険を冒さなくても、現地の住民がSNSで発信する情報を分析すればよいという意見もある。今、ジャーナリストの存在意義が問われていると思います。

八尋 確かに、「アラブの春」ではSNSが果たした役割は大きいといわれているし、速報性という面では僕らはかないません。しかし、シリア内戦ではアサド政権、ロシア政府のプロパガンダも含め、空爆の犠牲者として全然違う現場の写真が拡散されるなど、SNSにはフェイクニュースもあふれている。マスメディアによる検証を含めて、僕らプロのジャーナリストが現場に行く意義はあるはずです。

鈴木 もちろん、どこまで真実を伝えられるかといえば、自分が見た現場の事実しか伝えられない。しかし、日本人である私だからこそ触れられることもあるんです。トルコのアンタキヤにいたとき、シリアから来た難民の少女たちを取材しました。彼女たちは困窮していて、体を売って生活の糧を得るしかなかった。もしシリアやトルコのメディアがこのことを報じれば、彼女たちの身が危うくなる可能性もある。遠い日本から来た私には話しやすかったのだと思うんです。戦場にはツイッターの140文字では表せないストーリーがあります。この人はどんな人生を送り、どう内戦に直面したのか、その背景はSNSでは伝えきれません。

2012年、シリア北部の主要都市、アレッポで毎日繰り広げられていた激しい戦闘(撮影/八尋伸)

八尋 紛争地では、悲劇だけではない側面もあります。10年のタイ騒乱でバンコクの百貨店街が破壊されたのですが、高級百貨店の焼け跡をバックに観光客が笑顔で記念写真を撮っていた。出来事に対する人の意識が見えたような、そういう面にも惹(ひ)かれます。

桜木 僕は行きたいから行って、現地で暮らして印象に残ったことを書いているだけなので、そこまで難しく考えてはいないんですけど。でも、問題が起きてこうやって批判されるのは怖いですね......。僕だったら、すぐに謝ります。

――桜木さんは一度、紛争地で撃たれて重傷を負っていますよね。

桜木 はい。2005年にインドのカシミールで。なぜ撃たれたかというと、目の前で銃撃戦が始まったところに突っ込んでいったんです。

八尋 一番やっちゃダメなやつだ。

桜木 インド軍の装甲車の天窓から機関銃が出てきて、イスラム武装勢力が逃げ込んだ建物に向けて撃ち始めたんです。持っていたカメラが広角だったので、近くに行かなきゃって。「タケシ、行くな!」ってみんな止めたんですけど、銃撃戦を見るのは初めてだったので、興奮しちゃって。それで、右下の顎を吹き飛ばされました。それ以前は、「自分は撃たれない」という変な自信があったんですが、撃たれることもあるんだなぁと、それからは慎重になりました。いい経験でした。

――いい経験(笑)。周囲から、危険な現場にはもう行くなとは言われなかったですか?

桜木 家族とかには言われましたが、同業者はみんな「治ったらまた行けるから」と励ましてくれました(笑)。今では、家族も引き止めません。

――八尋さんは、九死に一生を得た経験は?

八尋 僕はシリアのアレッポで戦車に撃たれました。自由シリア軍に同行していて、最も戦闘が激しい市街地に連れていかれたんです。突然みんながバーッと散ったから、僕もビル陰に隠れた。ちょっと顔を出して通りをのぞいたときでした。200~300mほど向こうで砂ぼこりの中にライターの火がついたように見えたと思ったら、吹っ飛ばされた。砲弾が直撃したわけじゃなくて、衝撃波で吹っ飛ばされたんです。幸いにも意識を失わず、なんとか走って逃げましたけど。

鈴木 私は、イラク北部のモスルでISのドローン攻撃を受けました。イラク政府軍がISからモスルを奪還した後、IS支配下で生き抜いた市民を取材するため、クルマで検問所を通過しようとしたときでした。ドン!という爆音とともに窓ガラスが割れ落ちた。上空からドローンが落とした爆弾が車のすぐ近くで炸裂したんです。幸いにもケガはありませんでしたが、あのときの恐怖は忘れられません。

2017年2月、イラク軍がISを空爆し、破壊されたモスル大学の食堂2階部分(撮影/鈴木美優)

■ジャーナリストは"英雄"ではない

――ダルビッシュ有と本田圭佑は安田さんの解放を歓迎。さらには戦場ジャーナリストを英雄視する声もあります。

八尋 英雄扱いされるのは苦手というか、使命感を持って高尚なことをやっているつもりはないんです。自分の取材成果を声高にアピールする人もいますが、世界には、銃撃戦で人が死んでいくなかを匍匐(ほふく)前進で進んでいくようなジャーナリストもいます。だから、僕は自分がすごいなんて言えないです。

桜木 別に周りから持ち上げられることもないですし、撃たれたときは親やいろんな人に迷惑をかけたし、ずっと非難されてばかりでした。「おまえがそんなことをしたって、戦争はなくならない」と言われたこともありました。

――そう言われて、どう思ったんですか?

桜木 う~ん、正論だと思いました(笑)。

――(笑)。では、何が活動のモチベーションになっている?

桜木 自分が行きたいから行っているだけですが、作品として発表することで、取材を受けてくれた人に対する恩返しができるという気持ちもあります。ただ、それでお金を稼ぎたいとは考えていません。

――報道全般に言えることですが、戦地ともなればなおさら、人の不幸を仕事の素材にしているともいえる。それに対して、後ろめたさを感じることはありますか?

鈴木 パレスチナでイスラエル軍が子供たちをゴム弾で撃っているのを目の当たりにしたとき、これは撮りたい!と高揚した自分に違和感を抱いたことがあります。こんな光景を前に、自分は何を思っているのかと。悲惨な出来事を記録して、発表することで収入を得ていることは事実ですが、報じることに意味があると思っています。

八尋 人の不幸を「飯のタネ」にしているという感覚はありません。そもそも、お金を稼ぎたいのであれば、フリージャーナリストなんていう仕事は極めて非効率ですよ(笑)。

――最後に、今後、安田さんに期待したいことはありますか?

鈴木 3年にわたる拘束の経験や、拘束前に戦地で見たことを発表してほしいですね。

八尋 帰国後、安田さんのフェイスブックを見たら、何かのイベントに「興味あり」のマークがついていました。今後もやりたいことをやってくれればと思います。

●桜木武史(さくらぎ・たけし)
1978年生まれ、岐阜県出身。大学卒業後、インド、パキスタン、アフガニスタンなどを取材。2012年から15年にかけて計5度シリアに渡る。著書に『増補版 シリア 戦場からの声』『戦場ジャーナリストへの道―カシミールで見た「戦闘」と「報道」の真実』など

●八尋 伸(やひろ・しん)
1979年生まれ、香川県出身。2010年頃からタイ騒乱、エジプト革命、ミャンマー民族紛争、シリア内戦、東日本大震災、福島原発事故など、アジア、中東の社会問題、紛争、災害などを撮影し発表。シリアとミャンマーの作品で国内外のさまざまな賞を受賞

●鈴木美優(すずき・みゆ)
1990年生まれ、静岡県出身。大学時代に中央アジア、中東、欧州、アフリカを旅し、ジャーナリストを志す。2013年にシリア内戦の取材を開始。17年にはイラクでのモスル奪還戦を単独取材。国内では日本における難民問題などを取材している

●司会/西牟田 靖(にしむた・やすし
フリーライター。1970年生まれ、大阪府出身。98年、タリバン政権時代のアフガンで一時的に拘束された経験を持つ。『僕の見た「大日本帝国」』『誰も国境を知らない』『本で床は抜けるのか』『わが子に会えない』など著書多数