よぎ(プラニク・ヨゲンドラ)1977年生まれ、インド出身。1997年に国費留学生として初来日。2012年、日本国籍を取得。日系銀行の管理職、飲食店経営など

4月に行なわれた統一地方選で、予想外の初当選を果たした"キャラ立ち議員"を、開高健ノンフィクション賞作家・畠山理仁(はたけやま・みちよし)氏が直撃する連続インタビュー。

第2回目は、東京・江戸川区議に当選したインド出身・インド料理店経営のよぎ氏に聞く。

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──よぎさんは6477票を獲得して5位当選でした。立候補のきっかけは?

よぎ 2016年に江戸川区で「西葛西リトルインド構想」が持ち上がったんです。しかし、その中身はインド人のニーズとは違いました。江戸川区には3万4000人のいろんな国籍の方がいますが、4000人のインド人だけにフォーカスを当てていた。

区議さんに「私たちが求めるものとは違う」と訴えましたが「いまさら方向転換できない」と言われ、外にいるだけでは動かないんだと強く感じました。

──外国人のニーズとは?

よぎ 新しく来る人たちには、日本語教育が必要です。また、ゴミの分別、生活習慣など、日本のマナーに対する未熟さがあります。これを教育すればトラブルは減ります。

そして江戸川区は待機児童数で23区中、ワースト2位です。日本人も外国人も、保護者の皆さんはみんな働きたい。でも、子供を預けられないから仕事ができない。日本語教室、マナー教室、待機児童問題を解決すれば、社会にとって「いい人材」が増えるんです。

──どんな選挙運動を?

よぎ 毎朝4時半に起きて駅に立ち、街宣車も使いました。寝るのは深夜1時半。最初は「ネクタイ姿でカレー屋さんがビラを配っている」と思われた(笑)。

──手応えはどうでしたか。

よぎ 初めは反応が薄かったけれど、元気よく話すうちに良くなりました。最後の3日間は多くの人がビラを受け取ってくれて、足を止めて話を聞いてくれた。

でも日本の選挙は少しへん。政治家は4年間のうち2、3週間しか活動しないし、選ばれると街の中から消えてしまう。私は毎月意見交換会を開いて「伝える政治」をやるつもりです。

──どんな区議に?

よぎ 世代、国籍、経済的・身体的状況にかかわらず、皆さんを笑顔にする改善・改革をしたい。待機児童ゼロ、区立学校の学力向上。外国人と日本人のかけ橋になりたいと思います。

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