「最近の若いモンは......」と言いながら、経済格差も環境問題も見て見ぬふりをして逃げ切ろうとする――そんな高齢世代への怒りを表現したスラングが、アメリカを中心に大流行中だ。この動きは社会を変えるのか? 『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが論じる。

■かつて理想に燃え、今は保守化した世代

「OK boomer(ブーマー)」

ニュージーランドの議会で11月6日、環境問題について演説していた25歳の女性議員、クロエ・スウォーブリック氏が発したひと言が世界中で話題になりました。

緑の党に所属するスウォーブリック議員は、気候変動問題を直視せず抜本的な対策を取ってこなかった世界の首脳らの対応を批判しました。それに対して年配の議員から、年齢をからかうようなヤジが飛んだ瞬間、彼女はその方向に一瞬視線をやり、「OK boomer」とだけ返してそのまま演説を続けたのです。

実はこのフレーズは、アメリカを中心にミレニアル世代やさらに若い「Z世代」と呼ばれる10代~30代の若者の間で、"ブーマー"=ベビーブーム世代(第2次世界大戦後の1946~64年生まれの世代)を揶揄(やゆ)するスラングとして大流行しています。ざっくり意訳すれば、「もういいよ、黙れ老害」という感じでしょうか。

このフレーズの発信源は、動画ソーシャルメディアのTikTokでした。若者を上から目線で説教するベビーブーム世代の動画に対し、逆に「OK boomer」という決めゼリフと共に小ばかにした投稿が大ウケ。これがネタ化し、今や「#okboomer」というハッシュタグと共に、ツイッターやインスタグラムにも広がっています。

この現象の背景にあるのは、多くの先進国が抱える世代間の格差と、その格差が生む意識の隔たりです。

流行の発信源であるアメリカでは、シニア層の増加に比例して政府の債務も急速に膨張し、未来への投資が滞っています。年金制度や公的健康保険制度は、若い世代がシニアになる頃には破綻する見込みですが、現在のシニアが生きている間は維持可能で、ここに深刻な利害対立があります。

また、環境問題にしても、これを真剣なリアリズムとしてとらえる若者たちと、「自分たちの生きている間はなんとかなるだろう」とばかり環境問題を軽視する"逃げ切り世代"とでは、議論は噛(か)み合いません。双方の間にはあらゆる面で"意識の谷間"が広がっているわけです。

ちなみに、現在70歳の人が20歳の頃、アメリカではヒッピーブームが真っ盛りで、若者は理想に燃え、社会を本気で変えようとしていました。それなら、今も彼らの政治思想は"革新寄り"なのかと思いきや、実態は真逆です。

過去50年の投票行動を見ると、ベビーブーム世代の過半数が大統領選挙で民主党候補に投票したのは1976年(ウォーターゲート事件後初の大統領選)のたった一度だけ。彼らは極めて保守的な投票行動を続けてきたのです。

オイルショックが起きた70年代から80年代、世の中が進歩的に変動するなかで社会に出て、正社員となり、マイホームのローンを支払い、保守化傾向を強めたベビーブーマーたちの価値観が、今のアメリカの決定権を握っている。

彼らは選挙の投票率も高く、現在では連邦議会下院の3分の2、そして現職州知事の実に8割をベビーブーム世代が占めています。シニアばかりを守るように社会がチューニングされている―そのことに不満を持つ若者の怒りが今、爆発しているのです。

■若い世代の怒りは"諸刃の剣"でもある

一方で、アメリカの世代間闘争には"人種"という特有の変数もあり、しばしば「グレー・ブラウン・ディバイド」と表現されます。白人が多いシニア層は「グレー」、非白人の割合が多い若い世代が「ブラウン」。

ベビーブーム世代では人口の4分の3に達する白人の割合が、20歳以下では5割強にまで下落する――この多様性の差が、そのまま社会的な価値観の違いとして横たわっているわけです。

経済、環境、そして多様性......こうした諸問題を今のシニア層が牛耳る政治に任せてはおけないという焦りも、「OK boomer」の流行の背景には見て取れます。

この性急なまでの怒りは、短期的に見れば諸刃(もろは)の剣です。大統領選における民主党の候補者選びでも、若い世代は前回ならバーニー・サンダース、今回ならエリザベス・ウォーレンのような"極左傾向"の強い候補に熱を上げるばかり。

こうした状況にバラク・オバマ前大統領もしびれを切らし、「現実に基づかない政策を打ち出す候補に傾くべきではない」とたびたび警鐘を鳴らしていますが、彼らにその声が響く様子はありません。トランプ大統領の再選阻止を第一に考えるのなら、本来は中道派の票まで獲得できるリアリスト候補を選ぶべきなのですが......。

ただし、「グレー・ブラウン・ディバイド」の深刻化と共にこのままアメリカが沈んでいくとは限りません。もちろん構造的に一度、米社会は「底を打つ」ことになるでしょうが、そこからまたはい上がってくるのではないか――僕はそうみています。

人口分布上、現在のシニア層が徐々に退場すれば、今後は全有権者のうち非白人の占める割合が増えていき、社会はいやでも応でも"ブラウン化"していく。しかも、大量の移民が流入するアメリカという国は、先進国では例外的に人口が増加し続けている。

白人中心の社会が終わり、本当の意味での"合衆国"になったアメリカの社会は、強制的に価値観を統一化する中国のような社会よりも、長い目で見れば強い。その意味でアメリカは今、新しく生まれ変わろうとする苦しみの真っただ中にあるのかもしれません。

●モーリー・ロバートソン(Morley Robertson)
国際ジャーナリスト。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。日テレ系情報番組『スッキリ』の木曜コメンテーター。ほかに『報道ランナー』(関西テレビ)、『水曜日のニュース・ロバートソン』(BSスカパー!)などレギュラー多数。本連載を大幅に加筆・再構成した書籍『挑発的ニッポン革命論 煽動の時代を生き抜け』(集英社)が好評発売中!

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