「ジャック・マー氏や柳伝志氏など、大物起業家が第一線から退いているのも、中国バブル崩壊に備えてのことかもしれません」と語る真壁昭夫氏

今や、世界第2位の規模を誇る中国経済。その内側で膨らみ続ける「バブル」の正体とはなんなのか? そして中国バブルの「崩壊」が、世界経済に与えるインパクトとはどんなものなのか?

その深刻な破壊力に警鐘を鳴らすのが、法政大学大学院教授、真壁昭夫氏の新刊『ディープインパクト不況』(講談社+α新書)だ。30年前に日本経済が直面したバブル崩壊と照らし合わせながら、中国バブルの実態を真壁氏に解説していただいた。

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──米中貿易協議がようやく「第一段階の合意」に至ったようですが、それでも中国経済の現状には多くの懸念があるといわれています。やはり、中国バブルの崩壊は避けられないのでしょうか? そして、それはもうすぐ起きるのでしょうか?

真壁 もうすぐ......を、どうとらえるのかによりますが、私は遅くとも5年以内、おそらく3、4年以内には起きるのではないかと考えています。

今の中国経済の状況は、日本がバブル崩壊に直面した30年前と同じだと考えると、わかりやすいと思います。

バブル経済の崩壊には「株価」と「不動産」があり、このふたつは同時にははじけません。例えば、日本の場合、1989年の12月29日に株価が暴落しますが、不動産バブルの崩壊が起きるのは、それから約2年半後の91年7月でした。

不動産バブルの崩壊は大量の不良債権を生み、それが銀行など、社会にお金を循環させる「金融システム」に重くのしかかる。それが限界に達したのが91年11月で、そこからが本当の悪夢の始まりでした。

一方、中国の「株バブル」はすでに2015年にはじけていて、上海証券市場の株価は当時の半分ぐらいに値下がりしていますが、不動産バブルはまだはじけていません。私が巨大隕石の衝突にたとえて呼ぶ「ディープインパクト不況」とは、この不動産バブルと、それに伴う金融システムの崩壊が世界経済に与える深刻な影響のことです。

──なぜ30年前の日本経済と同じことが、中国でも起きるのでしょう?

真壁 中国の経済関係者や経済官僚と付き合うと、彼らが日本経済を非常によく研究し、その歩みを着実に追い続けてきたことがよくわかります。米中経済摩擦が表面化している今の状況は、アメリカと日本が日米半導体交渉に直面していた85年当時に近いといえるでしょう。

日本の歩みから学ぶことで、中国経済は想像を超える成長を続け、世界第2の経済大国としてアメリカを脅かす存在となっています。ただし、そこには当然「歪(ゆが)み」も蓄積されていて、それがバブルという潜在的なリスクとなって中国経済の中で今も膨らみ続けているのです。

──中国が日本経済を研究しているのなら、バブル崩壊という同じ失敗を繰り返さないための手立てを考えているのでは?

真壁 当然、習近平(しゅうきんぺい)をはじめとした中国共産党の幹部も、こうしたバブル崩壊のリスクを認識しています。中国ではそのリスクを、いったん暴れ出すと手がつけられないことから"灰色のサイ"と呼ばれています。

中国の「改革派」と呼ばれる優秀な経済官僚たちは「これ以上のバブルの拡大は防ぐべきだ」と主張しているにもかかわらず、有効な手立てが打たれていないというのが現状のようです。

日本の不動産バブルの場合、不動産への過剰な投資で不良債権を生んだのは「民間」で、その場合、歪みが一定のレベルに達した時点で「市場の調整機能」が働いて問題が表面化します。

一方、中国の不動産バブルを引き起こした要因のひとつは「地方政府」が主体となったマンション開発などの過剰な不動産投資で、政治的な既得権益と結びついている点が異なります。

また、中国にはいまだに国営企業や政府系企業などが多く、過剰な設備投資が放置されたり、普通の資本主義経済なら、すでに淘汰されているような企業が数多く残されたりと、こちらも政治と強く結びついています。

「改革派」の経済官僚たちは将来的な破綻に向けて、ソフトランディングの方法を考えているようですが、政治的な理由から「保守派」の巻き返しも起きており、問題が放置されている。

昨秋に会長を退任したアリババグループの創業者・ジャック・マー氏や、パソコン最大手、レノボグループの創業者・柳伝志(リュウジチュアン)氏などの大物起業家が、次々と経営の第一線から退いているのも、中国バブル崩壊に備えてのことかもしれません。

──中国の不動産バブルが崩壊したら、何が起きるのでしょう?

真壁 この本にも書きましたが、中国が2011年から3年間に使ったコンクリートの量は66億t。これはアメリカが20世紀に使ったコンクリートの量よりも多いのです。つまり、史上空前の規模で拡大した中国経済のバブルが崩壊した際に引き起こす影響もまた、これまで人類が経験したことのない規模になる可能性があります。

当然、世界経済全体に大きな影響を与えることになりますが、特に中国経済への依存度が高い国々は深刻なダメージを受けることになるでしょう。東アジアでは、中国への資源輸出が多いマレーシアなどの資源国や、内需規模が小さく全輸出額の2割以上を中国が占めている韓国などが、大きな痛手を受けることになると思います。

また、欧州では経済に占める自動車産業の存在が大きく、中国市場にはクルマの輸出だけでなく、現地での生産体制拡大のため巨額の投資を続けてきたドイツへの影響も大きい。

──日本への影響は?

真壁 もちろん、日本経済も深刻な影響を受けることになりますが、日本のほうが内需の規模が大きく、しかも中国とアメリカの双方の市場に軸足を置いているので、韓国やドイツに比べれば、ダメージは小さいかもしれません。

ちなみに、一部で合意が実現した米中貿易摩擦ですが、その中核ともいえる「IT関連」では、中国は妥協せず、両者の対立はこの先、何年も続くことになるのではないでしょうか。ただし、すでに中国の技術力がアメリカを凌駕(りょうが)しているので、最終的な勝者は中国になる可能性が高いでしょう。

80年代の日米半導体交渉でアメリカに全面的な譲歩を強いられた結果、その後の経済の衰退を招いた日本の「失敗」から中国は学んでいる。少なくともこの点では、日本と同じ過ちを繰り返さないと思います。

●真壁昭夫(まかべ・あきお)
1953年生まれ、神奈川県出身。法政大学大学院政策創造研究科教授。1976年、一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)に入行。ロンドン大学経営学部大学院、メリルリンチ社への出向を経て、みずほ総合研究所調査本部主席研究員などを歴任。2017年から法政大学で教壇に立つ。著書に『仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社新書)、『MMT(現代貨幣理論)の教科書』(ビジネス教育出版社)などがある

■『ディープインパクト不況 中国バブル崩壊という巨大隕石が世界経済を直撃する』
(講談社+α新書 880円+税)
中国の2019年7月から9月期の経済成長率は6.0%となり、四半期ごとの数字を発表するようになった1992年以来、最低の数字を記録した。さらに日米貿易摩擦によって景気減速は拍車がかかり、中国はバブル崩壊のときを早めている。中国バブルの正体とバブル崩壊のメカニズムとは? そして世界経済にはどんな影響が? 国際的な視座から40年以上、世界経済を見続けてきた著者が解き明かす

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