今リーダーがやるべきことは、人々と情報を共有し、いいことも悪いことも含めて明らかにして、現在地を示すことです

4月12日に安倍首相が、Twitterに外出自粛を呼びかけた星野源との動画「うちで踊ろう」が、ネット上で大炎上した。

タレントでエッセイストの小島慶子が、世間の気になる話題に思うあんなこと、こんなこと。

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もう話題にされ尽くした感はあるけど、星野源さんと勝手にコラボの安倍首相のあれ。国民に「家から出ないでね」って伝えるのに、どうしてああも神経を逆撫(さかなで)するようなやり方になるのか。それは相手を信用していないからです。

大衆って難しいこと言ってもわかんないし、まじめな話より、やっぱり芸能人とか人気歌手とか、セレブのプライベート映像だよね。それで動かすのが近道でしょ、と高をくくっているのが見え見えだから腹立たしい。

総理大臣の周囲にはいろんな専門家がいると信じたいのだけど、布マスク戦略といい、うわ言みたいな文言のツイートといい、今回の衝撃動画といい、もしかしてこれ身内のテロなのかと思うほどの的外れぶりで、不思議でなりません。

専門家やらブレーンやらが知恵を絞ってこれらを繰り出しているのだとしたら、そろいもそろって現状が見えていないのはまずすぎるでしょう。永田町や霞が関には人並み以上の学力の持ち主がたくさんいるはずなのに、その高い学力はなんのためなの。こういうときのために使うべきものではないの?

でも、なんか既視感があるんです。この感じ。そう、学校でも職場でも、事によったら家庭でも、こういう「そこじゃない」感満載の無為な言葉がおなじみではないですか。で、しらけた気持ちになりながら「まあそういうもんか」と聞き流す癖がついていやしませんか。それにいちいち「的外れだ」「まじめにやれ」っていう人たちを、冷笑したりしていませんか。

自分が授業や会議で発言するときにも、本気で相手に伝えようというよりは、ここではこんな感じにしておいたほうがいいだろうという無難な線を狙って、悪目立ちしないようにする習慣がついていませんか。

つまりこれって学習された相互不信なんですよね。そもそも語りに信用を置いていないというか。パブリックな語りに対して、どうせ建前でしかないと高をくくる習慣がついているんじゃないかと思うんです。

今回のコロナ危機では多くの人が建前なんか言ってられなくなって、本気で「助けてくれ」って思っています。自分と同じくらい切実に今の状況を憂慮しているリーダーの、本心からの言葉を待ち望んでいるんですよね。だからこれはリーダー側にしてみたら、人々との信頼関係を取り戻すチャンスです。平時にはまともに耳を傾けようとしなかった人たちが、今ならものすごく集中して話を聞いてくれるのですから。

人気者に乗っかった不自然なくつろぎ動画じゃなくて、ストレートな呼びかけが功を奏するんですよ。それならシンパにもアンチにも、どっちでもない多くの人たちにも届くんです。首相周辺の頭脳集団(があるはずだと信じたいが心が折れそうだ)は、どうしてそれがわからないんでしょう。

やっぱり、大衆はバカだと思っているからなんだろうな。しかしな、そんなことのために君たちの学力があるのか。受験戦争を勝ち抜いた豊富な知識や高い情報処理能力は、こういう非常時に的確に状況を判断するために使われるはずじゃないのか。あんな出来の悪い動画を上げて、よく人の心がつかめると思ったな。

今リーダーがやるべきことは、人々と情報を共有し、いいことも悪いことも含めて明らかにして、現在地を示すことです。ウイルスとの戦いは政府と人々が一緒になって取り組まなくちゃ勝てません。一緒になって、っていうのはそれぞれの持ち場で自分にしかできないことを目いっぱいやりながら、互いを信用して協力するってことです。権力を持つ側は持たない側に対して、相手を対等な話し相手として扱い、きちんと説明する。

コロナ危機の最中に起きたことは、コロナ後の社会のありようを決めるといわれています。もういいかげん、「まじめな語り」「対等で敬意ある対話」が大事にされる世の中にしよう。そうすれば、将来の次なるパンデミックには、こんな動画を見せられなくて済むはずだから。

●小島慶子(こじま・けいこ) 
タレント、エッセイスト。テレビ・ラジオ出演や執筆、講演とマルチに活動中。現在、日豪往復生活を送る。共著『女の七つの大罪』(角川文庫)が好評発売中

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