自ら露骨に人種差別を口にすることはなくとも、その言動は明らかに「差別をする人々」に対する政治的アピールで満ちあふれている......。そんなトランプ大統領の"犬笛"の魔力を、『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが徹底解説!

■トランプが連発する「法と秩序」の意味

米ミネソタ州で白人の警察官に暴行された黒人男性ジョージ・フロイドさんの死を受け、全米に広がった抗議デモ。一部の暴徒化した人々による破壊・略奪行為に関して、トランプ大統領は「Law&Order(ロー・アンド・オーダー/法と秩序)」を重視すると何度も強調し、1807年制定の「反乱法」を発動して、連邦軍の投入を含めたあらゆる手段で暴動を鎮圧すると語りました。

さらに、デモの背後には反ファシズム組織「アンティファ」が暗躍していると示唆し、アンティファをテロ組織に指定するとの発言もありました。

トランプはやみくもに「法と秩序」や「アンティファ」を連呼しているわけではありません。日本で暮らす人にはなかなか理解しづらい話ですが、これらの言葉はそれ自体が白人至上主義者はもちろん、保守層や中間層と呼ばれる「普通のアメリカ白人」に対しても、差別感情を呼び起こす強力な"犬笛"となるのです。

トランプが言動の端々、あるいは行間ににじみ出させている"ニュアンス"を要約してみましょう。

〈今回の警官は確かにやりすぎたかもしれない。差別的でもあった。ただ、彼らの身になって考えてほしい。警官は治安を悪化させている不良黒人たちといつも対峙(たいじ)している。いつどこで撃たれるかわからない恐怖のなかで、皆が暮らす社会を守るため日々戦っている。

今、暴徒化しているヤツらを見ろ。誰が暴れている? それは不良黒人であり、あおっているのは極左のアンティファだ。じゃあ、誰が市民を守っている? 法であり、秩序であり、そして警官だ。その警察を、たったひとりの過ちのために、一斉に叩くことは正義か? そんなことで「法と秩序」は保たれるのか――?〉

思い出されるのは1988年、当時副大統領のジョージ・H・W・ブッシュ(共和党)とマサチューセッツ州知事のマイケル・デュカキス(民主党)が争った米大統領選挙。当初、優位に立っていたのはデュカキスでしたが、ブッシュ陣営は白人層の差別感情を呼び覚ますような起死回生のネガティブキャンペーンで立場を逆転させました

デュカキスが知事を務めていたマサチューセッツ州に、殺人罪で終身刑に服していたウィリー・ホートンという黒人男性がいました。彼はリベラルな同州の仮釈放制度に基づき一時的に自由の身となった際、別の州で強姦(ごうかん)を犯してしまったのですが、ブッシュ陣営はこの事件に着目し、「再犯は知事であるデュカキスのせいだ」というテレビCMを大量に投下。

同州の仮釈放制度はデュカキスが作ったものでもなく、冷静に考えれば無理筋としかいえないネガキャンですが、これがズバリ的中したのです。

リベラル勢は人権や差別撤廃をうたうが、結局ヤツらは黒人の犯罪者を甘やかして「法と秩序」を乱しているだけだ。そんな人間にこの国を任せていいのか――。そんなキャンペーンが功を奏した背景には、白人層に根深く残る、黒人に対する「怖い」という感情がありました。

■トランプにとってデモは渡りに船?

アメリカは人種差別が深刻な社会だとよくいわれます。事実として、黒人やヒスパニックは貧困の割合も高い。ただ、88年当時と比べれば、今は個人レベルで黒人やヒスパニック、アジア系などに対し露骨な差別心を持っている白人は格段に減ったはずです。

それでも、白人層のうち決して少なくない人々(とりわけ高齢層)は、やはりどこかで「黒人やヒスパニックは怖い」という肌感覚を持っている(実際に黒人やヒスパニックの荒くれ者を見ることも多いでしょうし、昔はもっと多かったでしょう)。

差別は悪いと理屈ではわかっていても、「自分の周囲には黒人でもいい人が多いけど、そうじゃない場所ではあまり関わりたくない......」というのが、「普通のアメリカ白人」の無意識の本音だと思います。

そのため、今回のように暴徒化、略奪行為......となると、理性を超えた部分で「やっぱり怖いじゃないか」となってしまう。トランプはそれをわかっていて、さまざまな形で犬笛を吹いているわけです。

そのひとつの例が、5月29日の「略奪が始まれば発砲が始まる」という挑発的なツイートです。実はこの文言は、1967年12月にフロリダ州マイアミ市警の警察幹部が、黒人コミュニティを取り締まるために用いた脅しのフレーズであり、非常に差別的なニュアンスを含んでいます。

当然、こうした発言をリベラル系メディアは批判しますが、分断をあおることを目的とするトランプはそれも含めて"劇場化"しています。

言い方は悪いですが、そもそもトランプは今回の暴行死からデモ拡大に至る一連の出来事を「渡りに船」と考えている可能性すらあります。

新型コロナ対応に失敗して多くの犠牲者を出し、経済も劇的に悪化。なんとか中国に責任をなすりつけようと、武漢の研究所からウイルスが流出したとの説を主張してみても、証拠不十分でそれほど広がらない。

このままでは11月の大統領選に勝てない公算も大きかったところに、人種差別反対のデモが起き、しかも暴徒化してくれた。そこでトランプは水を得た魚のように「法と秩序」「アンティファ」「略奪が始まれば発砲が始まる」といったフレーズを意図的に連発している......。

トランプが「分断の先にしか自身の再選はない」と自覚しているのは明らか。分断された後の社会の心配などする気はないのでしょう。大統領が率先して"憎しみのボタン"を押し続けるという異常な状況は、残念ながらしばらく続くのかもしれません。

●モーリー・ロバートソン(Morley Robertson)
国際ジャーナリスト。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。『スッキリ』(日テレ系)、『報道ランナー』(関テレ)、『水曜日のニュース・ロバートソン』(BSスカパー!)『Morley Robertson Show』(Block.FM)などレギュラー出演多数。2年半に及ぶ本連載を大幅加筆・再構成した書籍『挑発的ニッポン革命論 煽動の時代を生き抜け』(集英社)が好評発売中!

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