『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、バイデン新大統領が直面するアメリカの現状について語る。

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トランプ政権とはなんだったのか。アメリカの主要メディアがこぞってこの4年間を総括するなか、何人かの歴史研究家やジャーナリストが、先日のトランプ支持者による米連邦議会議事堂襲撃事件を「ミュンヘン一揆」になぞらえ、社会の状況が"ファシズム前夜"に似てきていると指摘しています。

ミュンヘン一揆は1923年、新興極右勢力「ドイツ闘争連盟」が起こしたクーデター未遂事件。当局による鎮圧後、首謀者だったアドルフ・ヒトラーは逮捕・投獄されました。

背景をもう少し詳しく説明すると、当時、ヒトラーの極端なナショナリズムはすでに一部の民衆から支持を得ており、右派政治家たちはヒトラーを"駒"として使おうとしていました。

第1次世界大戦の敗戦国として課された多額の賠償金で国内はハイパーインフレ状態、議会も多くの政党が乱立し大混乱――そうした状況下で、ヒトラーのパフォーマンスを内心では軽蔑しながらも、損得勘定で我田引水しようとした政治家がいたわけです。あいつには熱狂的な支持者がいるから、とりあえず取り込んでおこうと。

この構図はトランプを"利用"した共和党員と同じではないかというのが、冒頭で紹介した言説の要点です。軒先を貸したつもりが母屋(おもや)を乗っ取られる、あいつは道化(ピエロ)だと笑っているうちに本物のファシストがやって来る......そんな警鐘が鳴らされているわけです。

正直、ありがちな見立てだとも思います。それに、当時のドイツと現在のアメリカでは時代背景も地理的背景も大きく違います。ただ、ヒトラーだって確かに当初は道化(ピエロ)だった。笑いものが、笑いごとではなくなっていく過程があったのです。

ミュンヘン一揆の失敗を糧に、ヒトラーはストラテジーを転換し、民衆の憤懣(ふんまん)や社会不安に言論的な意味づけをすることでアジテート(扇動)を加速させていきました。虚実ない交ぜのユダヤ陰謀論を巧みに操り、ラジオや映画など最新のメディアも駆使し......。

その手口は、既存メディアよりもツイッターを重視し、時に直接的に、時に婉曲(えんきょく)的に、白人層の差別心を焚(た)きつけ続けたトランプの手口と似通っている部分も確かにあります。

トランプが利用した白人層の心情は"white grievance(ホワイト・グリーバンス)"と呼ばれています(grievanceは「不当な扱いに対する憤り」のこと)。

従来は堂々と口に出すことがはばかられた彼らの内なる憤りは、油で満たされた沼のようになっていた。トランプはそこにマッチをすって投げ込みました。今後、仮に火をつけた本人が政治の舞台からいなくなったとしても、白人たちの被害者意識や不満は当分の間、"憤懣の沼"として渦巻き続けるでしょう。

そして、格差をますます拡大させる終わりの見えないコロナ禍。アメリカにはファシズムに転げ落ちる条件はそろっている、という見方には、確かに一理あるともいえます。

ただ、もちろん素朴でまともな共和党員も、陰謀論とは距離を置くトランプ支持者も大勢います。バイデン新大統領はそういう人々を取り込み、社会を沈静化していかなければならない。政治はまともで、地味で、退屈なものでいい。歴史がそう教えてくれています。

■モーリー・ロバートソン(Morley ROBERTSON)
国際ジャーナリスト。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。レギュラー出演中の『スッキリ』(日テレ系)、『報道ランナー』(関テレ)、『所さん!大変ですよ』(NHK総合)ほかメディア出演多数。2年半に及ぶ本連載を大幅加筆・再構成した書籍『挑発的ニッポン革命論 煽動の時代を生き抜け』(集英社)が好評発売中。

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