『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏が、日本の台湾海峡への関与表明でつきまとう、ふたつのリスクについて解説する。

(この記事は、5月10日発売の『週刊プレイボーイ21号』に掲載されたものです)

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菅 義偉首相とバイデン米大統領が互いを「ジョー」「ヨシ」と呼び合った先の日米首脳会談。その評価を聞いた世論調査(日本経済新聞・4月23~25日実施)の結果が気になっている。

共同声明には「台湾海峡の平和と安定の重要性をあらためて認識した」と、52年ぶりに「台湾」というキーワードが盛り込まれた。海峡周辺では中国軍機が台湾の防空識別圏に侵入するなど、軍事的挑発が繰り返されている。アメリカと共に日本もこの地域の安定に関与することを宣言した形だ。しかし、台湾を自国領土の一部と主張する中国の猛反発は確実だろう。

そして先ほどの世論調査では、日本の台湾海峡への関与について74%が「賛成」と回答した。「反対」はわずか13%だった。注目すべき点は安保法制など自公政権の安全保障政策に批判的な野党支持層でも「賛成」が77%もあることだ。世代別、男女別のすべてで「賛成」が圧倒していることがわかる。

ただ、私はこの結果に不安を覚える。この日米合意にはふたつのリスクがつきまとうからだ。

ひとつ目は日本が米中の武力紛争に巻き込まれるリスクだ。デービッドソン米インド太平洋軍司令官は3月に米上院軍事委員会公聴会で「6年以内に中国が台湾を侵攻する可能性がある」と明言した。それを阻止しようと米軍が中国軍と衝突すれば、同盟国の日本はアメリカから軍事的な貢献を求められるだろう。日本が「存立危機事態」と認定すれば、安保法制に基づいて自衛隊を台湾海峡に「防衛出動」させることもありうる。そうなれば、日本は中国と戦争だ。

ふたつ目のリスクは果てない軍拡である。台湾海峡への関与表明で、中国軍との紛争リスクが高まれば、当然、抑止力を高めるために軍備を増やそうとなるはずだ。実際、そうした声はすでに高まっている。島嶼(とうしょ)防衛力のさらなる強化、敵基地攻撃能力の保有を求める声などだ。

日本だけでなく、バイデン政権も着々と準備を進めている。インド太平洋での中国への抑止力を強化するため、22年度から6年間で273億ドル(約2.9兆円)を投じ、対中ミサイル網の整備に乗り出すとぶち上げたのはこの3月のことだ。

米軍はこのミサイルの地上配備を想定しており、その際、台湾海峡への関与を合意した日本は真っ先に地上基地の受け入れを思いやり予算の増額や米製兵器の追加購入などとセットで迫られるはずだ。台湾海峡への関与表明は、さらなる軍拡、武器ビジネスの横行をもたらすのだ。

ただ、ひとつ目のリスクとして挙げた米中の武力紛争が簡単に起きるとは思えない。双方とも超大国同士が衝突する軍事的、経済的デメリットはわかっている。できるなら、ケンカは避けたいというのが本音だろう。

日本政府もそんなことはわかった上でわざと台湾リスクを煽(あお)っている節がある。北朝鮮からミサイルが飛んでくると言って地上イージスを配備しようとしたときと同じ。つまり、ふたつ目の軍拡こそが差し迫ったリスクなのだ。アメリカの要求どおりに武器爆買いとなれば、国防族利権が拡大する一方、防衛費増大は納税者の負担に直結する。

中国に圧迫される台湾を応援したい国民の心情は理解できる。ただ、台湾海峡への関与に高い支持率を得たからといって、政府がこれを悪用しないよう、厳しく監視しなければならない。

●古賀茂明(こが・しげあき) 
1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して11年に退官。『日本中枢の狂謀』(講談社)など著書多数。ウェブサイト『DMMオンラインサロン』にて動画「古賀茂明の時事・政策リテラシー向上ゼミ」を配信中。古賀茂明の最新刊『日本を壊した霞が関の弱い人たち 新・官僚の責任』(集英社)が発売中

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