『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏が、なぜ先進国の日本だけ賃金の伸びが横ばいであるかを解説する。

(この記事は、11月1日発売の『週刊プレイボーイ46号』に掲載されたものです)

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この30年間、OECD(経済協力開発機構)加盟国で日本だけ賃金の伸びが横ばい状態にあるという事実が、ようやく広く知られるようになってきた。

なぜ、先進国で日本だけが上がらないのか? 失業と雇用の流動化という視点で考えたい。

欧米では①失業と②雇用の流動化がワンセットで議論されることが多い。①生産性の低い企業が市場で淘汰(とうた)され、離職した労働者=失業者が、②よりよい賃金を求め、生産性の高い企業へ移る=労働の流動化につながるというもので、その結果、社会の生産性が高まり、強い企業と高い収入の労働者が出現するというシナリオだ。転職でより賃金の高い企業に移るのも同じ効果がある。実際、欧米ではこれが実現し、平均給与が右肩上がりで伸びている。

ところが、日本はそうならなかった。政府・与党が御用聞きのように企業の要望を聞き続けてきたため、同じ「雇用の流動化」政策でも、もっぱら景気の変動に応じて首切りしやすい仕組みへの「改革」が実施されてしまった。

その結果が、非正規雇用の異常な増加だ。非正規職の賃金は安い。平均給与は下押しされ、30年間給与が横ばいの国という不名誉な結果になったのだ。

このジリ貧状態から抜け出すためには、日本でも失業と雇用の流動化のあり方を抜本的に変えていかなければならない。言葉を変えれば、企業本位でなく、"働く人本位"の失業と雇用の流動化である。

大切なことは離職者がよりよい待遇の企業に転職できるよう、スキルアップできる体制を整えることだ。それも通り一遍の職業訓練ではいけない。IT化やロボット化時代に企業が求める最新ニーズのスキルを、離職者が身につけられる仕組みが求められる。そのためには「スキルアップ訓練費付き失業給付」といった制度の導入も必要だろう。

高いスキルを身につけられれば、失業は怖くない。実際、不足しがちなIT人材などはどこの企業からも引っ張りだこだ。企業側も欲しい人材なので、安心して高給の正社員として採用でき、企業と労働者はウィンウィンの関係になれる。それで非正規雇用が減れば、日本の平均給与も上昇に転じるはずだ。

ただし、この好循環は短期間ではできない。おそらく毎年10兆円単位のお金を何年間も投下しないと無理だろう。何せ日本は数十年にわたって企業の存続のみを重視し、生産性の低い会社まで支援してきた。

そうした企業で働く労働者は転職もままならないまま、安い給与を強いられるという構造が根づいてしまっているのだ。これを根本から改善するには相当の資金、時間がかかるのは当然だ。

前回の本コラムで、成長のためには効率重視、企業優先の改革でなく「人に優しい改革」が必要だと書いた。今回の話は、まさに「人に優しい雇用の流動化」改革だ。これこそ、今の日本に最も必要な改革だと声を大にして言いたい。

給付金や失業保険金額の積み増しなどは、一時しのぎにすぎない。離職した人がよりよい待遇の企業で働けるような回路を開くことが重要なのだ。そうなれば失業は怖くないし、格差も是正され、経済も成長する。

「米百俵」という言葉もある。迂遠(うえん)な投資に見えても、今こそ政府は労働者スキルアップのための大規模な長期投資へと踏み出すべきだ。

●古賀茂明(こが・しげあき) 
1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して11年に退官。『日本中枢の狂謀』(講談社)など著書多数。ウェブサイト『DMMオンラインサロン』にて動画「古賀茂明の時事・政策リテラシー向上ゼミ」を配信中。最新刊『日本を壊した霞が関の弱い人たち 新・官僚の責任』(集英社)が発売中。

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