『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏が、政界ではガソリン税を一時的に軽減する「トリガー条項」発動を強く要求しているが、グリーン社会実現を目指すためには、ガソリン価格引き下げを止めて、"高値放置"を続けるべきだと指摘する。

(この記事は、3月7日発売の『週刊プレイボーイ12号』に掲載されたものです)

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燃油の急騰対策として、ガソリン税を一時的に軽減する「トリガー条項」の発動を求める声が高まっている。

もともと需給要因で原油やLNGの価格が上昇していたのに加え、ロシアによるウクライナ侵攻に対して欧米諸国が厳しい制裁措置を課したことで、ロシアからの供給減少懸念が生じた。ロシアからの原油とLNGの輸出は世界2位と1位。燃油価格がさらに高騰する可能性も十分にある。

日本国内でもガソリン価格は170円/リットルを超える高値が続く。国民生活への影響を考えれば、約25円のガソリン値下げにつながるトリガー条項発動に期待がかかるのは当然だ。また、石油会社への補助金拡大による引き下げを今月10日から実施する。

だが、このトリガー条項発動も補助金拡大も悪手だ。

脱炭素は世界の趨勢(すうせい)だ。そのため、多くの銀行や投資家は石油などの化石燃料を将来性のない「座礁資産」と見なし、投資を手控えている。

トリガー条項発動などでガソリンを安くすれば、石油への依存から抜け出せない状態を温存し、その分だけ再生可能エネルギーの普及が遅れ、省エネの機運にも水を差すだろう。エネルギー転換を促し、グリーン社会実現を目指すためには、ガソリン価格引き下げを止めて、"高値放置"を続けるべきなのだ。

そのことを踏まえて岸田文雄首相に提案したい。政界では自民党内だけでなく、野党・国民民主党もトリガー条項発動を強く要求している。しかし、その声に惑わされず燃料高騰を好機ととらえて「石油・ガソリン、電力・ガスなどの消費を抑えよう」と国民に呼びかけてほしい。

これは再エネの普及を図る以上に、今はウクライナ支援のためという側面がある。欧州ではロシアの原油に依存しているドイツやイタリアなども「エネルギーストップ」という大きな"返り血"を浴びる覚悟で、ロシアへの制裁に動いた。直接の武力行使はしないものの、彼らにとっては「戦争」とも言うべき措置だ。

ならば、日本もドイツやイタリアなどと痛みを分かち、連帯の志を形にするべきだろう。そのメニューのひとつとして、化石燃料の消費を抑えて、少しでも需給を緩和するとともに、確保済みのLNGなどを欧州諸国に供与して支援するのだ。

ロシアは石油・天然ガスが総輸出の6割を占め、国家財政の4割を石油・天然ガス産業の税収に頼っている。石油消費を抑えると日本も苦しくなるが、ロシアの困難はその比ではない。石油が売れなければ、ロシアの国家財政や経済は著しく疲弊するはずだ。

すでにルーブルやロシア株の暴落は始まっている。ウクライナ侵攻に反対するロシア国民や株価下落に泣くオリガルヒ(新興財閥の政商たち)などの不満がプーチン政権に向けば、停戦が近づくかもしれない。

日本国内でガソリン高騰に苦しむ庶民を見捨てるなという声も上がるだろうが、生活苦の原因はガソリン代だけではない。食品価格上昇なども含めて困窮度が増す世帯への支援は別途、政府が一時金支給などの方法で手厚く対応すればよい。

トリガー条項発動も補助金拡大も止めてガソリン高騰を甘受し、化石燃料消費を減らす。それがウクライナや欧州への支援と戦争終結、さらに日本のエネルギー転換促進と経済安全保障にも資する。今こそ岸田首相は国民に強く呼びかけてほしい。

●古賀茂明(こが・しげあき) 
1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して11年に退官。『日本中枢の狂謀』(講談社)など著書多数。ウェブサイト『DMMオンラインサロン』にて動画「古賀茂明の時事・政策リテラシー向上ゼミ」を配信中。最新刊『日本を壊した霞が関の弱い人たち 新・官僚の責任』(集英社)が発売中

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