空母『遼寧』を旗艦とする計8隻の中国海軍空母機動部隊は、宮古海峡を通過して太平洋に。写真は2017年香港入港時

5月2日、中国海軍空母『遼寧』を旗艦とする機動部隊8隻が宮古海峡を通過し、先島諸島南岸海域に5月22日まで展開した。報道から推定すると、16日間で1日の休みを挟み、空母における艦載機の発着艦訓練を約300回繰り返したようだ。

16日で300回の発着艦という訓練レベルは、いかほどなのだろうか。アメリカ空母に40回以上も乗艦取材経験のあるフォトジャーナリストの柿谷哲也氏はこう言う。

「アメリカ空母ではほぼ毎日、戦闘機F/A-18各種5個飛行隊・約55機で昼50回、夜40回、計90回程度発着艦を繰り返します。ヘリなどを含めると、1日で150回はおこなわれています」

今回の行動では空母『遼寧』はJ‐15戦闘機9機、ヘリ5機を搭載していたようだ

アメリカ空母で2日分の発着艦を、中国空母では約2週間かけておこなったことになる。では、中国空母での訓練レベルが大したことがないのかといえば、そうではないらしい。

「防衛省発表の空母『遼寧』の写真を見ると、『遼寧』の艦載機は戦闘機だけ見れば、J-15戦闘機9機で、アメリカ空母の約1/6です。中国空母で行われた16日間で計300回の訓練は、1日平均で約20回の発着艦となります。

その全てが戦闘機だとすると、1機につきアメリカ空母と同等の発着艦回数があったことになります。空母『遼寧』は就役10年で、発着艦ペースはすでにアメリカ空母に追いついていると見ることができます」(柿谷氏)

飛行甲板には尾翼に鮫マークのあるJ‐15戦闘機が。中国軍機でマークが描かれる部隊は珍しく、『特別』な存在であることをうかがわせる

中国空母はアメリカ空母並みの作戦能力を持ったことになる。さらにそれだけではない。

「今回、空母『遼寧』が発着訓練をした海域は東西700キロ南北400キロ。ちょうど航空自衛隊の防空識別圏の境界線がその真ん中を通っており、そこを空母『遼寧』が出入りすることで、洋上で警戒監視していた海自空母『いずも』と那覇基地のスクランブル体制がどう対応するのか確認をしていたと見られます」(柿谷氏)

空自那覇基地には2個飛行隊のF-15MJが展開。記者が2019年に宮崎県空自新田原基地を取材中に空母『遼寧』が宮古海峡を通過し、同基地のF-15がフル武装でスクランブル発進したのを目撃している。その事実から、空自は中国空母に対して計3個飛行隊が対応していると推定できる。

そうなると、海上自衛隊艦隊も黙ってはいない。

「『いずも』艦橋から『遼寧』の飛行甲板を撮影、それにより、1分間に何機発艦可能なのか? 発艦後どの周波数でコンタクトし、何マイルで空母管制圏を離れるのか? 戻ってきて空母と交信してからどの位の時間で戦闘機が着艦するのか? などが分かります。

そして、中国空母には空中給油機が無いので、発着艦の時間から作戦半径を割り出すことができるのです」(柿谷氏)

パレードでフライバイするJ‐15。翼下にヒートミサイル2発、レーダーミサイル2発が確認できる。ロシアSu‐33を元に開発されたが、ウクライナに残されたSu‐33の試作機T10K3が中国に渡され完成した

しかし、中国も海自の戦術を探っている。

「中国艦隊も情報収集艦を帯同させていると見られますから、『いずも』と自衛艦隊司令部などとの交信を全て傍受しているでしょう」(柿谷氏)

つまり、お互いに手の内を探り合っている状況だ。ではそのころ、中国空母の宿敵、アメリカ空母打撃部隊は何処にいたのか? 米国防シンクタンクの海軍戦略アドバイザー・北村淳博士は解説する。

「この海域にアメリカ空母艦隊が姿を現さなかったのは、今回の平時のような中国海軍訓練に対し、アメリカは牽制・抗議はしないという意味があります。公海上での空母訓練は、アメリカが世界中で米国益に反する国を脅しつけるためのアメリカ御家芸の砲艦外交です。今回それを逆手に取って、中国は訪日したバイデン米大統領に警告を与えています。もしアメリカが中国の空母訓練に苦言を呈すれば、アメリカが公海上でおこなっている空母訓練=砲艦外交が出来なくなるというわけです」

米空母から発艦するF/A-18E。柿谷氏が取材した中で、戦闘機だけで1日に103回もの発着艦を繰り返した日もある

この中国海軍一連の行動に対し、松野博一官房長官は『動向を引き続き注視する』との発言と『安全保障上の強い懸念』を示している。

しかし実は、中国軍にはさらなる目的があったという。

「今回、中国空母艦隊が、台湾有事にアメリカ空母が展開するであろう海域であえて訓練したのは、空母『遼寧』艦隊をアメリカ空母打撃群に見立て、中国本土からロケット軍が発射する各種対艦弾道ミサイル、超音速対艦兵器、空海軍が発射する極超音速兵器、超音速巡航ミサイルなどの実戦シミュレーション訓練をしたものと思われます。

それらミサイルの距離と角度のテストは砂漠で繰り返していますが、想定される海域で空母と艦載機を行動させて行う実戦的攻撃訓練は、大変効果的です」(北村博士)

日本は2026年にはF-35Bを搭載した海自空母『いずも』が実戦配備される。

2026年には空母『いずも』にF‐35Bが搭載され、実戦配備(写真/米海兵隊)

「2026年頃には、中国では3隻目の空母が就役しているタイミングです。今回、東シナ海でおこなったような行動を房総半島沖でおこなっているでしょう。彼らは、中国政府がよく言う『いちいち、騒ぐな慣れろ』を実行し続けているだけです」(柿谷氏)

4年後の未来においても、『動向を引き続き注視し、安全保障上の強い懸念を示す』だけが、日本の対応手段となるのだろうか。