『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、中絶の権利をめぐって揺らぐアメリカ社会について語る。

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人工妊娠中絶を合憲とした1973年の「ロー対ウェイド判決」を覆す内容の最高裁判決草案が外部に流出し、全米各地で抗議デモが発生する一方、保守派が強いオクラホマ州議会では「受精直後から中絶を禁止する」という過激な法案が可決。アメリカ社会は中絶の権利をめぐって大きく揺らいでおり、今秋の中間選挙でも大きな争点となりそうです。

中絶禁止を長年訴え続け、保守政界に強い影響力を及ぼしてきたキリスト教プロテスタント右派の「エヴァンジェリカルズ(福音[ふくいん]派)」を前回の本欄で取り上げました。

ではなぜ、同性婚や中絶を「不道徳」と見なすような極めて保守的な社会像の実現が彼らの悲願であり続けているのか。その背景にあるのは、「聖書に書かれていることがすべて」という純粋な信仰だけではなさそうです。

全米で1600万人の信者がいるとされる福音派の最大勢力「南部バプテスト連盟」を例に挙げましょう。奴隷制度堅持を支持する形で1845年に誕生した同連盟の、聖書の内容を絶対的なものとして厳格な倫理・規律を求める姿勢の根底には、(黒人奴隷解放の契機となった)南北戦争に敗れた米南部地域の屈辱感があると指摘されています。

自分たち=白人の特権的な地位が奪われていくことに対する感情を聖書の記述とリンクさせ、"被害者"の立場から保守的な道徳観をより強く打ち出すようになっていったとの見立てです。

なお、彼らの政治活動が目立つようになったのは1970年代以降。人種差別撤廃が進み、性が解放され、ウーマンリブやゲイの権利も叫ばれ、公立学校における「祈り」が非合法化され、そしてロー対ウェイド判決で中絶が合憲とされ......と、米社会がみるみるリベラル化していった時代です。保守的な価値観を持つ人からすると、その変化はまさに脅威だったでしょう。

それに反発する福音派は、経済の悪化も、ソ連が強くなるのも、ベトナムに負けたのも、アメリカの中に敵(=リベラル)がいるからだと主張しました。今こそ信仰を取り戻し、道徳を復活させれば強いアメリカが帰ってくる、と。

この福音派のニーズを満たしつつ、ポピュリズム的手法で世論を分断しながら反リベラル層の多い南部の各州で勝利を収めるという共和党の「南部戦略」が確立されたのもこの時代です。

そうして81年に大統領となったのが元俳優・カリフォルニア州知事のレーガン。そして36年後にこの手法をさらにいびつに進化させ、大方の予想を覆して大統領にまで上り詰めたのが元テレビタレントの実業家トランプでした。ロー対ウェイド判決を覆そうとする現在の最高裁の動きも、保守派の判事を次々と送り込んだトランプ政権の"置き土産"とみることができます。

自由で闊達(かったつ)な議論が許される米社会は、これからも時間をかけてリベラル化していく運命にあると私は予測します。

しかし、一方では資本主義(とりわけ新自由主義のグローバリズム)というゲームで割を食っている人々が社会のオープン化を嫌悪したり、保守的で熱狂的な宗教に救いを求めたり、一部では陰謀論や極右思想にのみ込まれたり......といった現実がある。過渡期にあるアメリカがこの分断をどう乗り越えていくのか。非常に気になっています。

●モーリー・ロバートソン(Morley ROBERTSON)
国際ジャーナリスト、ミュージシャン。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。レギュラー出演中の『スッキリ』(日テレ系)、『報道ランナー』(カンテレ)、『所さん!大変ですよ』(NHK総合)ほかメディア出演多数。昨年はNHK大河ドラマ『青天を衝け』、TBS系日曜劇場『日本沈没―希望のひと―』への出演でも話題に!

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