バイデン大統領の台湾軍事介入は「戦略的失言」か? そもそもなぜ中国は台湾に執拗にこだわるのか? 野嶋 剛氏に聞く。

近頃、盛んに叫ばれる「台湾有事」のリスク。国連の常任理事国が一方的に他国に攻め込むという"ロシアによる悪い意味でのブレイクスルー"は、その可能性を高めたか? 新著『新中国論』を刊行した元朝日新聞記者でジャーナリストの野嶋 剛氏に話を聞いた!

■計算されたバイデンの「失言」

――先日、来日したバイデン米大統領が日米首脳会談後の共同記者会見で、いわゆる「台湾有事」に関し「中国が台湾を侵攻したら、アメリカは軍事的に関与するのか?」との質問に「イエス」と答え、「それがわれわれの約束だ」と、従来よりも踏み込んだ発言をして話題になりました。

その後、アメリカ政府がこの発言に関して「大統領は台湾の自衛を支援することを約束しただけで、これまでの台湾政策に変わりはない」と釈明したため、一部ではバイデン氏の「失言」とも報じられましたが、どう見ますか?

野嶋 彼は"失言製造機"と呼ばれるぐらい失言癖がある人ですが、今回はいわば「意図的な失言」です。アメリカはこれまで一貫して、台湾有事の際の対応を明確に示さない「あいまい戦略」を取ってきました。それが中国と決定的な対立に陥ることを避けながら、同時に最大の抑止効果を生むことにつながると考えていたからです。

一方で、バイデン政権は東アジアの対中包囲網の構築に本気で動いていて、合同訓練や武器供与、軍人の訪問など台湾への軍事的コミットメントを強化しています。

しかも、バイデン大統領は就任後に何度か台湾問題で「踏み込んだ発言」を行ない、そのたびにホワイトハウスが修正してるんですね。つまり、これは計算された「失言」で、バイデン政権は「サラミ戦術」的に一歩ずつ台湾防衛の動きを既成事実化しながら、対外的にはあいまいだと言い続ける巧妙な方針を取っていると理解すべきだと思います。

――ロシアはウクライナへの侵攻で厳しい批判や経済制裁を受け、国際社会から孤立しています。これを見た中国が台湾への侵攻を躊躇(ちゅうちょ)する可能性はないのでしょうか?

野嶋 私はむしろ、台湾有事のリスクは高まっていると考えています。ロシアのウクライナ侵攻は国連の常任理事国が一方的に他国に侵攻するという「あしき前例」をつくってしまった。

中国は予想外にロシアが苦戦しているのを見て「自分たちも台湾侵攻に向けた軍備増強をしっかりと図る必要がある」と感じたはずで、台湾有事のタイミングが少し後ろ倒しになったかもしれません。

でも、それで中国の決意が揺らぐかというと、絶対に揺らがない。むしろ、あらゆる問題点を洗い直して確実に軍事作戦を遂行するために、戦略を精緻に練り直してくるでしょう。

■あらゆる利害損得を超える国家の原理

――とはいえ、仮に台湾侵攻で西側諸国から経済制裁などを受ければ、中国経済へのダメージも相当大きいはず。中国はなぜ、それほどのリスクを冒してでも「台湾統一」に固執するのでしょうか?

野嶋 その理由は香港や台湾の問題に象徴される「国家の統一」が中国共産党にとって一種の「ドグマ」(宗教などの教義の意味)だからです。

彼らにとって国家の統一は何かというと、かつて中国が欧米列強や日本の帝国主義によって奪われた「領土の回復」を意味します。具体的に言えば香港・マカオであり、その最後の仕上げが「台湾」というわけです。

このドグマはあらゆる利害損得を超える国家の原理なので、その代償がどれほど大きくても否定されることはありえない。ここ20年の中国の行動を見ても、経済への影響を理由にこうした野心を諦めたことは一度もありません。

ちなみに、中国で最大級のののしり言葉は「おまえの先祖は18代前まで全員クソだ!」という言葉なんですが、彼らはそれぐらい「過去」「歴史」への束縛が強いので、植民地化されていた時代の屈辱に対するコンプレックスも、われわれの想像を超えています。

――「習近平(しゅう・きんぺい)中国」の思考は、ロシアのプーチン政権が「ウクライナも含めた偉大な旧ソ連圏の復活」を目指すという話に似ている気がします。

野嶋 やや強引な比較ですが、2014年のクリミア侵攻が中国にとっての香港で、今回のウクライナ侵攻が「台湾有事」に該当するでしょうか。

クリミア半島は、歴史的に見てロシアにとって南下のための橋頭堡(きょうとうほ/橋のたもとに建造する軍事拠点)だったわけですが、香港も中国が国際社会に出るための橋頭堡でした。クリミアを支配したロシアがウクライナ本体に矛先を向けたように、香港を強引な手法で奪い返した中国にとって「次は台湾」となります。

――習近平政権の下で、中国の強硬姿勢が日増しに強まっているように感じます。

野嶋 鄧小平(とう・しょうへい)ら過去の指導者と違って「戦争を知らない世代」の習近平氏はより観念的な人物で「ドグマ」への執着も強く見えます。そして今や中国は大国として上から目線で世界と付き合う立場となったことも関係しています。

また、かつての中国は広大な国土に多様な民族を抱えていて「ひとつになる」のが難しい面がありました。ところが、インターネットの急激な普及によって中国でも日本の「ネトウヨ」のような勢力が市民権を得るようになり、それが習近平政権の強国路線と結びつき、中国全体が巨大な愛国主義の固まりになりつつある。

ネット警察で異論の摘発・弾圧も進み、共産党の指導部や国民の戦争への忌避感は弱まっていると感じます。

■「台湾有事」の現実味。日本に選択権はない

――「台湾有事」は差し迫っているのでしょうか?

野嶋 今秋の共産党大会で習近平氏の5年間の任期延長は確実です。現実的に考えて5年以内は難しくても再延長した場合の任期にあたる10年以内なら可能性は十分にあると思います。

先ほども述べましたが、アメリカはここ数年で台湾防衛に関してかなりコミットするようになり、それに応じて中国の軍事作戦発動のハードルも大きく上がりました。現状でも、サイバーとミサイルによる飽和攻撃で台湾の軍事基地や重要インフラを無力化することは可能でしょう。

しかし、その後に万単位の上陸部隊を送り込み「面」で台湾を抑え込まなきゃならない。中国はまだ揚陸艦などの装備が不十分で、そこがボトルネックになっている。そうした準備を整えるにはもう少し時間が必要になるでしょう。

――実際に「台湾有事」となり、台湾防衛のためにアメリカが軍事的に介入すれば米中戦争へと発展し、日米同盟で日本の自衛隊もいや応なしに巻き込まれて、日本も「戦争の当事者」になる可能性が高いです。ウクライナでもロシアとの直接の戦争を避けているアメリカは、有事の際、本当に台湾防衛のための軍事行動に出るのでしょうか?

野嶋 その問いに対する答えは常に「わからない」ですが、介入する可能性が高いか低いかといえば、今は高くなっていると思います。

一方、台湾も民主主義の努力を国際社会にアピールし、高性能半導体で世界の生産の7割近くを占めるなど、経済安全保障面も含めてアメリカが介入する可能性を高める努力を必死に続けている。

蔡英文(さい・えいぶん)総統が日本語でのツイッター更新を続け、台湾に対する日本人の関心や好感度を高めようとしているのも、「日米同盟」を台湾の安全保障に巻き込むことがいかに重要かをよくわかっているからです。

――岸田首相は日米首脳会談で防衛費引き上げを明言しました。日本はどうすれば?

野嶋 これは実に身もふたもない言い方になってしまいますが、はっきり言って日本に選択権はありません。

アメリカが台湾防衛にコミットすれば、中国が在日米軍や自衛隊をターゲットにする可能性は低くない。それがいやなら日米同盟を破棄するしかないけれど、それは現実的に難しいでしょう。

だからこそ、日本は台湾有事への抑止力を高めて、日本を攻撃すべきでないと中国に思わせなければならないし、同時に巻き込まれた場合への準備もしなければいけない。

これはもう非常にシンプルな議論で、米中対立のはざまにある「緩衝国家」の日本が台湾有事を主導的に阻止することは事実上不可能ですから、ある意味、台湾と日本は運命共同体だといってもいい。

台湾が直面する中国の脅威が究極的には日本に対する脅威でもある以上、日本の安全保障を考える上で、台湾の問題が「人ごとではない」ということを、まずは理解する必要があると今回の著書『新中国論』でも訴えています。

●野嶋 剛(のじま・つよし)
1968年生まれ。ジャーナリスト、大東文化大学社会学部教授。上智大学文学部卒業後、朝日新聞社に入社。シンガポール支局長、政治部、台北支局長などを経て、2016年に独立。主な著書に『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)、『台湾とは何か』『香港とは何か』(共にちくま新書)など

■『新中国論 台湾・香港と習近平体制』
平凡社新書 1056円(税込)
習近平体制発足以降、香港情勢は悪化の一途をたどり、19年以降は米中新冷戦が本格化。台湾有事の現実味が叫ばれる今、中国が強硬姿勢を崩さない背景にあるものとは? 台湾・香港問題を報じてきたジャーナリストが、今知るべき「習近平中国」の実像をあぶり出す

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