戦争が終結した後、プーチン大統領はこの責任をどう取るのか? それとも逃れられるのか?

ロシア軍のウクライナ侵攻のニュースでたびたび耳にするワード「戦時国際法」。でもイマイチその内容はわからないという人は多いはず。ということで、その戦時国際法をひもといてみたら、プーチンがこの戦争の終結後にどうするのか、どうなるのかがうっすらと見えてきた――。

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■戦争における最低限のルール

ロシアがウクライナに侵攻して約3ヵ月。これまで「ロシアが戦時国際法に違反している」という報道は何度も耳にしているが、そもそも戦時国際法とはどんなものなのか? 国際政治学者で東京外国語大学大学院総合国際学研究院の篠田英朗教授はこう話す。

「戦時国際法とはその名のとおり、戦争中に適用される国際法のことです。世界的にはラテン語でユス・イン・ベロ(jus in bello)と呼ばれます。19世紀末から20世紀にかけて形成され始め、2回の世界戦争などを経てさまざまな条約に補強されていきました。

日本では『戦争になったら世界が混沌(こんとん)と化して法律も効力を失う』と考えられがちですが、戦争という非常事態においても最低限のルールが設けられているんです」

戦争中のルールとはいったいどんなものなのか。

「基本的な原則はふたつ、『軍事目標主義』と『不必要な苦痛の禁止』です。戦争をしている以上、戦闘員同士の戦いは避けられませんが、病院で療養している人や避難シェルターに逃げている子供などの一般市民への攻撃は正当化できません。

また、そんな非戦闘員が集まるデパートなどのような場所への攻撃も禁止。攻撃の対象はあくまで軍事施設に限られます。

また、相手が戦闘員だったとしても、化学兵器やクラスター爆弾など、必要以上に相手を苦しめる武器の使用も禁止です。これらのルールに反する行為は、どれだけ自衛のためだといっても違反になります」

では、それらのルールにのっとっていれば戦争してもいいということ?

「いえ、当然ながら戦争行為は違法です。これはまた別の国際法になるのですが、その武力行使が戦争なのかどうかを見定めるユス・アド・ベルム(jus ad bellum)にのっとって判断されます。

侵略行為は違法ですが、それに対抗するための自衛権の行使は認められています。つまり、ウクライナ戦争において、『両者とも武器を持って殺し合っているなら、けんか両成敗だ』という考え方は国際法では見当違いなのです」

でも、戦争行為そのものが違法なのに、なぜ戦争中の法律があるのか。

「そもそも国際社会において戦争は『絶対に防ぐべきだが、起きるときには起きてしまうもの』という認識なんです。だったら、戦争だからって、人間の心を持っているのならこれだけはせめて守ろうよ、と。その願いを法規範にしたのが戦時国際法。そのため国際人道法とも呼ばれます。

また、戦争行為は違法だといっても、どっちが先に違法な武力行使を行なったのかを見極めるのは困難です。

例えば、シリア内戦でいうと、『アサド政権が抑圧をしたから戦争が起きたんだ』という見方もあれば、『最初に侵略行為を仕掛けたのはテロ勢力で、それに対抗してるだけ』という見方も検証しなくてはいけない。反政府勢力が『その前にいっぱい人を牢屋(ろうや)に入れて拷問とかしてたでしょ』といえば『あれは単なる拷問で戦争じゃない』とか。それに対して『拷問のほうがヒドい』と、堂々巡りになったり。

統計上、現在30~50の戦争・紛争が地球上で起きているといわれていますが、そのほとんどが責任の所在を認定しづらいもの。しかし、戦争は続くので、その間も悪いことはしないでっていうのが戦時国際法というワケです」

その点、今のウクライナ戦争は非常にまれな例だという。

「国際司法裁判所(ICJ)はロシアに対し、ウクライナでの軍事行動の即時停止を命じる仮保全措置を出しました。ロシアが主張しているウクライナ東部の親ロシア派の保護という理由で武力行使を正当化するのは不可能だ、という結論を判事たちが暫定的ですが出している。

しかも判事15人のうち反対したのはロシア人と中国人のふたりだけ。つまり、ロシアの侵攻は国連憲章に違反した戦争行為だというのが共通した見方になっているんです。

ウクライナもロシアの領域内に越境攻撃していると報道されていますが、狙っているのは弾薬庫など。ウクライナ軍はロシア領域内でも合理性のある攻撃は自衛権の範囲内になるので、侵略行為を停滞させるための攻撃は認められます」

戦時国際法違反行為はこれまでの戦争でもあった?

「議論されているものが多いです。戦時国際法違反かどうかは武力行使のひとつひとつを見る必要があります。それが非戦闘員を攻撃したのか、武器庫を攻撃したのかで意味が大きく変わってくるためです。

例えば、1999年にNATO軍がユーゴスラビア(当時)を空爆した際に、誤って中国大使館を爆撃したことがありました。公式説明では誤爆だったとされていますが、その真偽は疑問視されています。隣にセルビア軍の施設があったとか、中国大使館内にセルビア軍のアジトがあったという説もあり、今も明確な結論は出ていません」

■プーチンってこの後どうなるの?

ロシアは国際社会から違法な戦争行為だと糾弾され、ブチャでの虐殺や病院への攻撃、原子力発電所への攻撃などが戦時国際法違反だと非難されている。そんな違反しまくりのロシアのトップであるプーチンは逮捕できるのか? 篠田教授は「すぐには難しい」と言う。

「国際法では、どれが犯罪かということは決まってますが、その犯罪を犯すと懲役〇年になる、というところまで発達していないのが実情です。『こういうことはしないでおこうね』という共通認識としての法律なので。

『法に触れれば必ず裁判所の処罰対象になる』と思い込んでしまうかもしれませんが、決してそうではない。日本でも時速50キロで走るべき道で時速51キロ程度出しても捕まって処罰されるワケではないですよね。法律上は違反でも、裁判所に行って即刻牢屋に入れられるということではないんです」

ではプーチンは今後どうなると予想できるのか。

「前例でいえば、今まで国家元首で国際法廷に訴追されたことがあるのは3名のみ。旧ユーゴスラビアのミロシェビッチ、スーダンのバシール、リベリアのテイラー。

3人とも逮捕されましたが、国際法廷に移送されて裁判対象になったのはミロシェビッチとテイラーのふたり。ミロシェビッチは判決を受ける前に獄中死したので、テイラーだけが判決を受けた国家元首です」

チャールズ・テイラーはリベリアの反乱軍を率いた後、1997年に大統領に就任。2003年までの任期の間、テイラーの軍隊は隣国の武力紛争に加わり、国境を越えた襲撃や無数の人権侵害を行なった。

それらの行為に対して03年に訴追されたが、公判が開始したのは07年で、最終的な判決が出たのは12年だった。禁錮50年。現在はイギリスの刑務所にいる。

「過去の判例から、国際裁判所では厳密には死刑はないため、最高刑である終身刑になる可能性はあります。でもプーチンは言い逃れしようとするでしょうね。虐殺が事実だと認定されても『俺は知らなかった、ショイグ国防相が勝手に指示したんだ』と言えるので。

しかし、プーチンは最高指揮官としての責任があります。これは命令だけでなく、行為を止める予防措置を怠った義務違反もある。たとえ知らなかったとしても、虐殺行為を行なった部隊に名誉称号を贈るのは予防義務遂行違反にあたるでしょう。それどころか虐殺行為を認め助長していると認定されるかもしれません。

また、国際刑事法の原則に、上官のほうが責任が重くなるというのがある。処罰規定をする際に、命令した人のほうが実行した人より量刑が重くなるよう調整します。一番上が終身刑でないと、末端の計算が合わなくなるんです。でも、もちろんそれらの罪が認定できない可能性もあります」

プーチンを裁けないとなると法律として不十分に感じる。しかし、戦時国際法には裁くこと以外に大きな意義があるという。

「戦争を物理的に止める方法は誰も持っていないため、プーチンのような人が戦争をしようと思えばできてしまう。その点でいえば国際法や国連の力不足は指摘できると思います。

しかし、第2次世界大戦以降の75年間、主権国家間の戦争は目立って減っています。それを補って余りある非主権国家間の紛争などは起きていますが。

戦争を全部なくすのは難しいけど、だったら主権国家間の戦争を防ぐ、何があっても核保有国同士の争いは防ぐというのが国際社会の共通認識になった。未来の戦争の抑止力として機能しているんです。

今の戦争においても、プーチンが虐殺を企図したときに、『よけいな虐殺はやめとくか』と少しでも思うかもしれない。そのために、俺たちは決して許さないぞと言い続けるのが戦時国際法。それは決して無意味ではないんです」