中国がぐいぐい勢力を拡大しているのは知っていた。けれど、ついに「信頼」でも日本が負けた!? 衝撃の調査結果から、東南アジアの現状、そして台湾や太平洋をめぐる中国の壮大な野望を緊急分析!

■"債務の罠"があっても魅力的なマネー

「最も信頼できる国・機関」は「中国」が19%、「日本」が16%――。

これは今年1月に日本の外務省が実施し、5月末に公表された、ASEAN(東南アジア諸国連合)加盟9ヵ国の世論調査の結果だ(図表1参照、政情不安のミャンマーは対象外)。経済力や軍事力ではなく、人々の「信頼」で負けたとなると、衝撃を受ける日本人も多いのではないだろうか?

ちなみに3年前の前回調査では、日本が28%、中国が15%だった。前回と今回では調査対象国やアンケートの選択肢が微妙に異なるため単純比較はできないが、中国が猛烈な勢いで東南アジアにおける「信頼」を増してきていることは間違いない。

毎日新聞社ジャカルタ支局長や産経新聞社シンガポール支局長を歴任し、東南アジアの事情に詳しいジャーナリストの大塚智彦氏が言う。

「インドネシア、フィリピン、マレーシアあたりの人々は、礼儀として『相手を失望させたくない』という国民性が強い。日本の外務省による調査なら、日本に忖度(そんたく)して回答した人も少なくないと推測します。おそらく実態はもっと中国寄りになっている可能性が高いのではないでしょうか」

ただ、「信頼」といってもその中身はいろいろだ。外務省ホームページで調査結果の英語版を見ると、「最も信頼できる」は「the most reliable friend」という表現になっており、心情的な信用(trust)というよりは、具体的・即物的に「頼りになる」というようなニュアンスが強い。

しかも、今回の調査では「今後重要なパートナーとなる国・機関」の項目(複数回答可。図表2参照)でも、中国が48%、日本が43%と逆転されていた。そう考えると、中国に対する「信頼」の理由は、やはり経済面だろう。

「東南アジアでは昔から『経済は中国、安全保障はアメリカ』というダブルスタンダード的な国が多い。さらに近年では中国が一帯一路構想に基づき、各国にものすごい額の経済支援、インフラ投資、労働者派遣を行なっています。

先日デフォルト(債務不履行)に陥ったスリランカを見てもわかるように、中国の経済支援は債務を伴う"もろ刃の剣"ですが、やはり金額の大きさとスピード感から『もらえるものはもらっておこう』と判断する国が多いのです」

では、個々の国の事情を見ていこう。まず、「信頼」で中国が日本を圧倒しているカンボジアとラオスは"中国の裏庭"と呼ばれ、政治的にも経済的にも中国べったり。また、マレーシアでも中国の存在感は抜きんでているようだ。

「マレーシアでは以前から、リゾートや鉄道など中国資本の大型開発プロジェクトがいくつも持ち上がっています。2018年に発足したマハティール政権はこれらのプロジェクトを続々と凍結させ、"中国離れ"をしたかに見えましたが、2020年に政権が代わった後は再び対中依存を強めています」

ASEAN加盟国の中で最大のGDP(国内総生産)を誇るインドネシアでは、日本と中国への「信頼」が拮抗(きっこう)。ただ、前回調査と比べると中国が伸びている。

「インドネシアでは、以前は中国語のメディアや看板が禁止されていましたが、1998年の民主化とともに爆発的に広まりました。人口比では数%の華僑系が80%の資産を握るといわれるほど経済面での存在感は強く、中国資本のビジネスはどんどん大きくなっています。

例えば電気自動車に関しても、当初は日本企業が先行していたはずが、中国企業が猛攻をかけ、工場建設までこぎつけています」

一方、中国への「信頼」が低いフィリピンやベトナムは、南シナ海の領有権をめぐって中国と激しく対立。経済関係は強くても、国民感情は「反中」というのが現状だ。

カンボジアのリアム海軍基地は中国の支援で拡張されており、中国海軍の拠点になりそう。また、タイにはクラ地峡を突っ切る運河の建設計画を持ちかけている

■台湾侵攻を助ける「軍民融合」の投資

ところで、こうした「信頼」の理由が経済だとしても、それを中国がどう利用するかは別の話。日本にとって特に重大な問題は、中国による台湾併合(中国側の言い方では「統一」)への影響だ。

6月12日にシンガポールで開催されたアジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ)で、中国の魏鳳和(ぎほうか)国防相はアメリカの存在を念頭にこう演説した。

「誰かが台湾を中国から分離させようとするなら、ためらわず戦う。どんな犠牲を払っても最後まで戦い抜く」

元朝日新聞編集委員で、中国・北京総局やアメリカ・ワシントン総局での取材経験が豊富な青山学院大学客員教授の峯村健司氏はこう語る。

「ウクライナに侵攻したロシアの苦境を見て、中国の台湾侵攻は遠のいたとみる専門家も多いですが、私は別の見方をしています。むしろわれわれが得るべき教訓は、独裁者の発言を軽視してはいけないということでしょう。

プーチン大統領が論文で『ロシアとウクライナはひとつの民族だ』と語っていたように、習近平(しゅう・きんぺい)国家主席は中国がアメリカを追い越して世界の覇権を握るという『中国の夢』を掲げている。そのためには、中国共産党政権にとっての『分裂国家』状態を絶対に解消しなければならないのです。

しかも、習国家主席は多大な政治的リスクを取って憲法を改正し、国家指導者の2期10年という任期を撤廃した。わざわざ任期を延ばした以上、手段はどうあれ、在任中の台湾統一は絶対的な命題です」

現在、ロシアに対してはNATO(北大西洋条約機構)が結束し、後方からウクライナを支え続けている。しかし、アジアにはNATOに当たる大規模な軍事同盟はない。その上、東南アジアの国々が中国から経済的に「首根っこをつかまれた」状態であるとすれば、台湾併合の動きにどこまで対抗できるだろうか?

峯村氏が続ける。

「習国家主席は『軍民融合』を掲げ、軍幹部を民間企業に送り込むなど、シームレスに国策を進めています。例えば、近年新造されているフェリーは、民間の船でも戦車が積める仕様になっている。

軍事専門家からは『中国軍には台湾海峡を越えて戦力を送り込む揚陸能力がない』との指摘もありますが、こういった民間ファクターまで考慮した上でもそう断言できるのか、私には疑問です。

軍民融合の事例は国外にもあり、例えば米軍が使用できる基地があるフィリピンの送電企業には、中国の国有企業が投資しています。台湾有事の際、距離的に近い米軍の出撃拠点は日本、台湾、そしてフィリピンですが、送電がブラックアウトさせられ、早々に潰(つぶ)されるとの懸念が米側でも持ち上がっています。

ウクライナ侵攻の開始後、中国国内の人々と議論をしていると、彼らはしばしばこう言います。『われわれはもっとうまくやる』。ミサイルを1000発撃ち込むようなハードなやり方を選ぶかどうかはともかく、彼らが『統一』に関して相当に自信を持っていることは見逃すべきではないと思います」

■太平洋諸国への浸透は「南北2分割」の序章?

また、中国が"浸透"を広げているのは東南アジアだけではない。

今年5月末から6月初旬にかけて、中国の王毅(おうき)外相は南太平洋の島嶼(とうしょ)国を次々と訪問し、中国と国交のある10ヵ国との集団安全保障協定を提案した。ミクロネシア連邦の反対で締結は見送られたが、このニュースは日本やアメリカでも大きく報じられた。

太平洋諸国の事情に詳しい東海大学准教授の黒崎岳大(たけひろ)氏が解説する。

「従来、この地域は『ANZUS(アンザス/オーストラリア、ニュージーランド、アメリカ)の湖』と呼ばれ、3国の安全保障上のテリトリーとして秩序が成り立ってきました。

2000年代以降は中国の経済的な進出、台湾から中国へ国交を乗り換えさせるといった動きが続いていましたが、今回は中国が『安全保障』を掲げてチャレンジしてきたという点で、インパクトのある出来事だったことは間違いありません」

特に中国が近年、テコ入れを行なっているのが赤道より南の国々。例えば、第2次世界大戦中に旧日本軍が米軍と死闘を繰り広げたガダルカナル島を有するソロモン諸島は、19年に台湾と断交して中国と国交を樹立し、今年4月には安保協定が結ばれた。

「中国企業は本国から人を連れてきて、貿易にしろ開発にしろ多くを自前で完結させてしまうため、地元経済への貢献は限定的。太平洋諸国では、中国に対する住民感情は総じてよくありません。

しかし、一方で為政者にとっては、内政不干渉を掲げる中国は四の五の言わずにインフラや開発にお金を出してくれる魅力的な存在です。ともすれば"上から目線"で介入してくるオーストラリアやニュージーランドへの反発を、中国がうまく利用した面もあるでしょう」

太平洋諸国でもかつては台湾と国交を結ぶ国が優勢だったが、中国が経済進出で切り崩し、残るはわずか4ヵ国。赤道より南ではツバルだけだ。中国は5月末、国交のある10ヵ国に集団安保協定を呼びかけたが、ミクロネシア連邦の反対で締結は見送られた

とはいえ当然、中国には中国の思惑がある。

「07年、中国の海軍高官が米太平洋軍司令官に『米中で太平洋を2分割しよう』と持ちかけています。これは一般的に『東西2分割』と解釈されていますが、私は『南北2分割』なのではないかという仮説を持っています。

太平洋諸国のうち赤道より北にあるマーシャル諸島、パラオ、ミクロネシア連邦はアメリカに安全保障を完全に依存しています。米軍にとってもこの地域はハワイに近い要衝で、弾道ミサイル迎撃実験施設などもある。中国からすれば、ここを奪取するのは現実的ではありません。

しかし、赤道以南でまだ中国と国交がないのは、実はツバルだけです(ナウルはほぼ赤道直下)。ここをひっくり返して赤道以南を中国が勢力下に収めれば、南米まで続くシーレーンを確保できる。さらに、米本土やハワイとオーストラリア、ニュージーランドを分断でき、地政学的に台湾方面でのアドバンテージにもなる。中国はこの"回廊"の確保を狙っているというのが私の見立てです」

チャイナマネーを武器にした浸透と、地政学的な戦略。もちろんそれが各国経済に寄与している部分もあるが、中国の指導層の本音は、2010年7月のASEAN地域フォーラム会議で、各国の外相を前に中国・楊潔(よう・けつち)外相(当時)が言い放ったひと言に集約されているのかもしれない。 

「われわれの間には、基本的に大きな違いがある。中国は大国で、あなたたちは小国。これは厳然たる事実だ」