次期大統領の共和党候補から、アメリカ社会を二分する人工妊娠中絶の問題まで、パックンが深掘り!次期大統領の共和党候補から、アメリカ社会を二分する人工妊娠中絶の問題まで、パックンが深掘り!

アメリカ中間選挙で大敗が予想された与党・民主党が大善戦したのは、「トランプのおかげ」と看破したパックン(前編記事)。共和党にとってトランプは「戦犯」ともいえるが、それでも彼は2024年大統領選への出馬を宣言。注目されるトランプの対抗馬、そして中間選挙でも争点となった「人工妊娠中絶禁止」の問題など、パックンが深堀り解説!

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──インタビュー前編は、今回の中間選挙でトランプが「悪目立ち」したせいで、事前の予想に反して民主党が善戦したという話でした。しかしトランプは11月15日に次期大統領選への出馬を宣言。彼は今でも共和党の次期大統領候補の本命なのでしょうか? それとも、この選挙結果を受けて「ポスト・トランプ」を探す動きが加速する?

パックン すでに共和党内でその動きは活発化しています。中でも大きな注目を集めているのが、中間選挙と同時に実施された州知事選挙で、20ポイント以上の大差をつけて再選を果たした、フロリダ州知事のロン・デサンティスです。

通称「賢いトランプ」とか「許容範囲内トランプ」と呼ばれているデサンティスはポピュリストで、保守急進派的な政策はトランプとそんなに変わらない。でも、トランプみたいにアホな発言や非礼な言動とかはしないし、セクシー女優と浮気して口止め料を払ったりもしない。名門のイエール大学やハーバード大学のロースクールを卒業した秀才で、海軍でイラク戦争に派遣された軍歴もあって、何より44歳と若い!

フロリダ州はアメリカ全50州の中で3番目に人口が多く、ここで勝てる人は大統領選でも強いと言われていますが、デサンティスはそのフロリダで圧倒的な人気があって、トランプ前大統領の退任後、トランプを上回る政治資金を集めている。以前はトランプ寄りだったFOXニュースなどのメディアに登場するコメンテーターからも「そろそろデサンティスに世代交代を!」と訴える声が出ていますし、ブックメーカーたちも「共和党の次の大統領候補の本命はデサンティス」と見ていますから、間違いなく勢いづいています。

──早々と出馬宣言をしたトランプよりも、デサンティスへの期待が大きい?

パックン トランプがデサンティスをライバル視しているのは間違いないでしょう。選挙後すぐに「奴は偉そうな『聖デサンティス様』だ!」とか、あだ名までつけてディスり始めましたから。これは相手を「政敵」とみなしている証拠。今の流れだとデサンティスが次の大統領選に立候補することはほぼ間違いないので、共和党の候補を決める予備選で、いずれトランプと対決することになるでしょう。

ただし、その共和党の予備選でもデサンティスが有利かというと、予備選で強いのはむしろトランプかもしれない。それはトランプには未だに「信者」に近い、熱狂的な支持者がいるからで、彼が集会を開くと熱狂的なファンが4、5万人も集まるんです。だから、仮に共和党の予備選でデサンティス以外の候補もたくさん出て、その結果、票が割れるようなことになると、熱狂的な信者を持つトランプが有利になる可能性もある。

──粗野でちょっとおバカに見えるけど、人間味もあって熱狂的なファンを抱える「元祖トランプ」と、同じ保守急進派のポピュリストでも、もっとインテリでしたたかそうな「賢いトランプ」。民主党にとってはどちらが手強いでしょう?

パックン 中間選挙でトランプの存在が共和党の足を引っ張ったことを見ても、民主党にとっては「粗野で無能なトランプ」が相手のほうが、戦いやすいかもしれません。トランプはオバマ政権の成果だったTTPやイラン核合意やCOP21を全部ぶっ壊して、最後は熱狂的な支持者たちを焚きつけて「議事堂襲撃事件」まで引き起こしましたが、基本的に無能だから、減税と司法改革を除けば、在任中にほとんど法案を通せてないんですね。

そのため、トランプみたいな「無能な悪」とデサンティスみたいな「有能な悪」を天秤にかければ、むしろ「無能な悪」のほうが戦いやすいと考えているリベラル派は少なくない気がします。ただ、仮にデサンティスが大統領になっても、トランプみたいにTTPやイラン核合意から離脱したり、あまりにも非合理なことはしないと思うので、彼の考え方や政策には賛同できないけれど、デサンティスのほうがまだマシなんじゃないかと僕は思います。

──中間選挙の話に戻ると、上院では民主党が、下院では共和党が多数派を占める「捻れ状態」になりました。この結果は、今後のアメリカ政治にどんな影響を与えると思いますか?

パックン まず、民主党が上院で多数派を維持したというのが大きいと思います。仮に上下両院を共和党が制していたら、この先2年間は共和党が自分たちの望む法案をガンガン通して議会と大統領府の対立が目立つ展開になったはずですが、今回、民主党が上院の多数を維持したことで一定の歯止めができた。もうひとつ大きいのは、大統領が指名した連邦最高裁判事の承認。これは上院だけの仕事なので今後、民主党のバイデン大統領が指名するリベラル系の判事が承認されていくはずです。

――これは今回の選挙でも焦点になった人工妊娠中絶の問題などを考えるとすごく大きいですよね。

パックン ただ、この先2年の間にバイデン大統領が最高裁判事を指名できるかは、「終身制」である最高裁判事の椅子に空きが出るか次第です。トランプは大統領任期中に保守派の判事を次々と指名し、現状、保守派が6人、リベラル派が3人と、保守派が多数派を占めている。そのうち少なくともふたりが引退するなり、死亡するなりして空きが出ないと、保守派の優位は変わらないでしょう。

──では、共和党が主導権を握った議会下院はどうなるでしょう? 今回の選挙での苦戦を受けて、共和党は少しマイルドな中道路線にシフトするのか? それとも逆に民主党との違いを鮮明にするために保守化・右傾化が進んで、バイデン政権との対決路線をアピールするのでしょうか?

パックン どちらにも転ぶ可能性があります。今回、下院は共和党が多数派を奪還したとはいえ、民主党との差は10議席以下と本当に僅差。所属する政党の党議拘束に縛られることが多い日本の国会と違って、アメリカの議会では同じ政党内でも意見が違えば、自分の党の法案に反対票を投じるケースも少なくないので、下院での優位がこれほど僅かだと、共和党が法案を通すためには、まず下院で党内をひとつにまとめる作戦と、超党派で立法を目指す作戦の、ふたつの選択肢がある。

下院の共和党内で44人を擁する最大派閥のひとつ「フリーダム・コーカス」のような急進保守派の顔色をうかがって、全国の中絶禁止や極端な移民政策など、さらに極右的な路線に走るのか、あるいはより穏健な中道寄りの路線を取って民主党の一部も抱き込もうと考えるのか、まだどっちを取るかわからない。 

僕は個人的に後者ならいいなぁと思っていて、例えば最近、同性婚を合法化する法案が共和党の一部からも賛成票を得て上院を通ったんですが、これは素晴らしい兆しだと思うんです。つまり、仮に民主党の半分ぐらいが中道派だとして、その人たちが共和党の穏健な中道派と一緒になれば、上院でも可決できるような法案が下院から上がって、健全な立法府が生まれるかもしれない。1月後半に新しい議会が始まってみないと、どちらに転ぶかはわからないですけど。

──ところで、「人工妊娠中絶の是非」はアメリカで重要な争点になっていますが、これはアメリカの政治に「宗教」が大きな影響力を持っていることと関係あるのでしょうか?

パックン はい。アメリカは宗教国家でもありますから。1ドル札には「神様に信頼あれ」って書いてあるし、大統領や大統領候補は演説の最後にだいたい「ゴッド・ブレス・アメリカ!」と言いますからね。特に共和党を支持する保守層にとっては、キリスト教福音派に訴えるのが定番中の定番で、日本と違って「政治と宗教が結びつく」のはむしろ当たり前というのが、アメリカ人の「宗教の自由」の考え方。だから、トランプ大統領も安倍さんと同じく統一教会のイベントにビデオメッセージを寄せていましたが、ほとんど話題になっていないんですよ。

キリスト教福音派を中心とした保守派の人達がなぜ中絶反対なのかというと、彼らは妊娠した瞬間から胎児はひとりの人間であり、中絶は殺人だと考えているので、「止めなきゃいけない!」と50年も前から訴えているんです。胎児をどの時点から人間と捉えるかによるし、僕自身は無宗教ですけど、そうした人達の主張はわからなくもない。

――それにしても、妊娠6週目以降の中絶を禁止する州もあり、オハイオ州でレイプされ妊娠した10歳の少女が、地元では受けられないのでインディアナ州まで行って手術を受けた事件がありました。なぜこれほど極端なんでしょう?

パックン やはり、中絶は殺人だから「ゼロ」にしないといけないという考え方だからです。中絶どころか、性交後に飲むアフターピルや受精卵の着床を防ぐ避妊具の使用も禁止すべきという極端な主張をする人もいる。中絶禁止に反対する人は、女性の身体を政府がコントロールするのは、国民の平等を保障する合衆国憲法修正第14条に反すると主張している。また、共和党は中絶禁止を推進しながら、生活保護や教育・保育の無償化などには後ろ向きなところも指摘される。胎児を大事にしながら、生まれた子供を守らないのか?と、この矛盾を突く人も多い。

――この問題でも、アメリカ社会の分断の溝は深そうですね。

パックン 中絶が殺人だと本当に考えるならば、それに反対するのもわかる。一方で、そういう「考え方の違い」の問題ではなく、「選挙が不正に行なわれた」とか「世界は闇の組織、ディープステイトに操られている」といったQアノンの陰謀論のような、根拠もない情報を信じて広めたり、挙句の果てに議事堂に乱入するような人たちがどんどん増えてしまえば、それはアメリカという民主主義国家の根幹を壊してしまうことになる。そうした「間違った情報」を与えている人達の責任は大きいと思います。

その主犯格はトランプかというと、そうとも言い切れない。彼が登場する前からアメリカでは陰謀論が広がっていて、「真実の多様化」の下で社会の分断という病気が広がっていた。トランプはその「症状」を悪化させた要因ではあったけれど、「病原」ではないと思うんです。では、アメリカが再び健康になるために何が必要かというと、それはやはり「真実の共有」を取り戻すこと。だから、今回の中間選挙でトランプが推薦した「選挙結果否定派」の多くが激戦州で負けたのは救いでした。

これで、「無根拠の不真実や陰謀説を主張、拡散する人は選挙で負ける」という風潮が広がってくれればいいし、次の大統領選挙で本命になりそうなデサンティスも「国民は思ったほどバカじゃない」って今回気づいたはずですよ。もちろん、以前のように国民の多くが3大ネットワークで同じニュースを共有していた時代は戻ってこない。が、共和党の圧勝が予想された今回の選挙前、僕は「いよいよアメリカは死ぬかも......」と思っていたけど、なんとか生き延びたことは間違いないです!

●パトリック・ハーラン
1970年生まれ。アメリカ・コロラド州出身。93年ハーバード大学比較宗教学部卒業。97年、吉田眞とお笑いコンビ「パックンマックン」を結成。現在、「AbemaPrime」、「報道1930」でコメンテーターを務めるなど、報道番組にも多数出演。最新刊『賢く貯めて手堅く増やす パックン式 お金の育て方』(朝日新聞出版)など著書多数