在庫が足りない従来のハイマース砲弾の代わりにアメリカが供与を検討している「GLSDB」は小直径爆弾にロケットモーターを組み合わせたもの 在庫が足りない従来のハイマース砲弾の代わりにアメリカが供与を検討している「GLSDB」は小直径爆弾にロケットモーターを組み合わせたもの

今年2月末でロシア軍の侵攻開始から丸1年となるウクライナ戦争。それに前後して、久しぶりに大きな動きがありそうだ。動員兵を捨て駒のように使う露軍と、犠牲を抑えながら最新兵器をフル活用するウ軍。それぞれの次の一手を陸戦のプロが予測する。

■露軍は首都キーウへの再侵攻を計画?

昨年9月のハルキウ大反攻に続き、11月には南部の要衝ヘルソン市を奪還したウクライナ軍。しかし、その後は地面がぬかるみ戦闘車両の動きが制限される泥濘(でいねい)期に入ったこともあり、戦線は膠着(こうちゃく)した。次に大きな動きがあるのは、真冬になり地面が凍り切ってからだといわれている。

そんな中、ウクライナ側からは、ロシア軍の首都キーウ再侵攻を警戒する声が次々と発信されている。

「ロシアは約20万人の新部隊を用意している。2、3月の可能性が高いが、1月末もありえる」(ウ軍ザルジニー総司令官、英エコノミスト誌のインタビュー)

「動員兵15万人の訓練が2月にも完了する。新たな攻撃を始めようとしている」(レズニコフ国防大臣、英ガーディアン紙のインタビュー)

プーチン政権は動員完了の手続きを取っておらず、対象を広げる法改正も行なっている。その気になれば、冬の間に最大50万人規模の新兵力が出来上がるとの見方もある。

問題はその使い方だが、なぜ昨年2~3月に失敗したキーウ侵攻に再び挑む可能性が高いのか? 元陸上自衛隊中央即応集団司令部幕僚長の二見龍(ふたみ・りゅう)元陸将補が解説する。

「露軍はへルソンから撤退し、クリミア半島が危険にさらされている。しかも、時間がたてばたつほどウ軍の訓練と西側からの兵器供給は進む。早めに手を打たないと戦争の主導権をずっとウ軍に握られたままということになってしまいます。

それに、敵国の首都を陥落させるのは戦争の常道。かつて米軍もアフガニスタンやイラクで、首都を目指して進撃しました。首都を落とせば、国家対国家の戦争においては相手を屈服させることができるからです」

現状では軍事力で全土を掌握できる見込みはないが、キーウ一点突破ならチャンスはある――ということだ。

その首都再侵攻の内容を予測するヒントになるのが、東部の激戦地・バフムトでの露軍の戦い方だという。

「露軍は、部隊の機動や火力の調整、統制を伴う作戦に従事できるレベルにはない動員兵を、敵味方が複雑に動き合う機動戦には使えないと考え、消耗戦のための突撃要員として使っています。バフムトでは数日間訓練しただけの動員兵を前線に突撃させ、一日で500人が倒されても同じことを何ヵ月も続けています。

これと同様の戦術をキーウでも行なう可能性があると私は見ています。3万~5万人をワンパックにして、ウ軍に当たらせる。それでどこかの最前線が崩れたら、そこにまた別の3万~5万人をぶつけることによって突破口を広げていくわけです」

当然、ウ軍は首都の防衛線を固め、突撃に対してはハイマースや榴弾(りゅうだん)砲で徹底的に叩く。それでも近づいてきた部隊には、無人機から迫撃砲弾や手投げ弾を投下し殲滅(せんめつ)しようとするはずだ。しかし、露軍内には勝手に後退しようとする兵を射殺する「督戦隊」がいるため、動員兵は逃げ帰ることもできない。

「春に再び地面がぬかるむこと、兵站(へいたん)がそう長くは持たないことなどを考えると、露軍は1ヵ月で首都キーウを落とす必要があります。もちろん最大50万人の突撃部隊が全滅する可能性は大いにありますが、露軍としては、もし動員兵をすり潰しても、また動員すればいいと考えるのではないかと思います」

昨年12月には開戦後初めて自国を離れて訪米し、米議会で演説したウクライナのゼレンスキー大統領昨年12月には開戦後初めて自国を離れて訪米し、米議会で演説したウクライナのゼレンスキー大統領

■クリミア大橋がハイマースの射程圏内に

一方、ウ軍はこの先どう動くのか。二見氏はこう言う。

「これまでの例を見る限り、ウ軍はあまり損害が出る作戦は選択しません。先のことを考えても、大きなリスクは取らないほうがいい」

となると、いくつか指摘されている作戦候補のうち最も有力なのは、渡河作戦を避けてザポリージャ方面から南へ進撃するシナリオだろう。ドニプロ川沿いに南進してアゾフ海沿岸まで打突し、ロシア領内とヘルソンやクリミア半島を陸路で結ぶ海岸沿いの補給線を断つのが狙いだ。

この作戦のカギとなるのは、アメリカが新たにウクライナへの供与を検討している、射程150㎞のハイマースの新砲弾「GLSDB」。なぜなら、ザポリージャから南進した先にあるアゾフ海沿岸の地点からクリミア大橋までの距離がちょうど150㎞ほどで、ギリギリ射程圏内に入るからだ(従来のハイマース砲弾は射程80㎞だった)。

「ハイマースの砲撃は極めて精密です。もし私が作戦を立案するなら、まずクリミア大橋の鉄道橋だけを落として補給を断ちます。次に、東のマリウポリ、西のヘルソン州東部をハイマースや155㎜ M777榴弾砲で叩き、続いてクリミア半島の付け根辺りを徹底的に叩く。

すると、露軍は砲撃を避けてクリミア大橋へと向かい、車道を通ってロシア領内へ逃げようとする。ここを狙ってハイマースで叩き、一網打尽にするわけです」

露軍がキーウ再侵攻を狙う場合、渡河を避けてベラルーシ領内から部隊を南下させるはず。一方、ウクライナの次の反攻はザポリージャ方面から南へ進撃し、露軍を東西に分断する作戦か。アゾフ海沿いまで打突すればクリミア大橋がハイマース新砲弾の射程に入る露軍がキーウ再侵攻を狙う場合、渡河を避けてベラルーシ領内から部隊を南下させるはず。一方、ウクライナの次の反攻はザポリージャ方面から南へ進撃し、露軍を東西に分断する作戦か。アゾフ海沿いまで打突すればクリミア大橋がハイマース新砲弾の射程に入る

これで南部の露軍戦力に大打撃を与えれば、ヘルソン州の全面奪還、そしてクリミア奪回も見えてくる。

「この砲撃戦術は、首都キーウ防衛でも使えます。露軍が練度の低い動員兵を大量投入してくる際は、間違いなく前線の突撃部隊の後ろ側に大部隊を集結させていますから、そこを遠距離から順番に叩いていけばいいのです」

この戦争は、プーチン大統領が「勝った」と満足するか、自らの保身のために「これ以上続けられない」と判断するまで終わらない可能性が高い。前者はウクライナにはとても受け入れられないと考えると、やはり露軍に勝ち続け、自国領から長い時間をかけて追い出していくしかない。