イギリス空軍の次期戦闘機として英BAE社が中心となり開発されている「テンペスト」の想像図。2035年頃の配備を目指しているが、仏独には別の次期戦闘機開発計画もある(イラスト/英国防省)イギリス空軍の次期戦闘機として英BAE社が中心となり開発されている「テンペスト」の想像図。2035年頃の配備を目指しているが、仏独には別の次期戦闘機開発計画もある(イラスト/英国防省)

悲願の純国産か、計算できる日米共同開発か、それとも......。ここ数年、水面下でさまざまな動きが続いていた日本の次期戦闘機計画は、史上初めて欧州のイギリス、イタリアと組んで開発が行なわれることになった。

報道を見ているだけではさっぱりわからないその背景を、かつて戦闘機開発に従事した関係者や空自OB、軍事のプロが総力解説します!

■日英伊が組んだ理由は「カネの問題」?

戦闘機(F-2)の退役時期までに、将来のネットワーク化した戦闘の中核となる役割を果たすことが可能な戦闘機を取得する。そのために必要な研究を推進するとともに、国際協力を視野に、我が国主導の開発に早期に着手する」

2018年12月に閣議決定された中期防衛計画では、このように記載されていた自衛隊次期戦闘機、通称「F-3」。悲願の純国産戦闘機の誕生を待望する声もあったが、ここにきて「国際協力」へと一気に流れが傾き、日本、イギリス、イタリアの3国による共同開発となることがほぼ決まった。

その陣容は、開発技術者が"ドンガラ"と呼ぶ機体が三菱重工(日)、BAEシステムズ(英)、レオナルド(伊)。そして飛行性能の核となるエンジンは、IHI(日)、ロールス・ロイス(英、自動車会社ロールス・ロイス・モーター・カーズとは現在は別会社)、アビオ(伊)が参加し、日本は少なくとも91機を導入する予定となっている。

世界各国の戦闘機開発に詳しいフォトジャーナリストの柿谷哲也氏はこう語る。

「F-3の位置づけをひと言で言うと、『多様化する仮想敵国の空軍力に対処できる戦闘機』ということになります。今回、日本はアメリカとの共同開発の話を蹴ったわけですが、その理由はアメリカが関わることによって生じる多くの輸出制限を避けたかったという政治判断、そしてすでに実用化されている欧州製戦闘機の能力を評価してのことでしょう。

一方のイギリス側は、同じBAE社やロールス・ロイス社が参画している次期戦闘機『テンペスト』の開発計画を、日本のF-3プログラムと統合することにメリットを見いだしているのだと思います。

イタリアが加わっているのも、テンペスト計画のパートナーだったからであり、今後はさらにスウェーデンなどが加わってくる可能性もあります。とりわけBAE社は多国間で戦闘機を開発するノウハウを熟知しており、今回は日本からの開発資金の拠出と、日本を含めたアジアマーケットでのビジネス展開を見越しての判断でしょう」

次期主力戦闘機は国内開発で......という機運が高まった時期もあり、2016年には先端技術実証機「X-2」(写真)の初飛行が大々的に報じられた。しかし紆余曲折があり、日英伊の共同開発に落ち着いた(写真/時事通信社)次期主力戦闘機は国内開発で......という機運が高まった時期もあり、2016年には先端技術実証機「X-2」(写真)の初飛行が大々的に報じられた。しかし紆余曲折があり、日英伊の共同開発に落ち着いた(写真/時事通信社)

このF-3の完成を待って2035年から順次退役する予定のF-2も、当初は純国産を目指したものの、最終的にはアメリカとの共同開発となった戦闘機だ。

F-2の主任設計者である故・神田國一(くにいち)氏(三菱重工業名古屋航空宇宙システム製作所)の下で開発に初期段階から参加し、現在は航空コンサルタントとして活動している陶山章一氏はこう語る。

「神田さんがF-3の日本国内での自主開発を望まれていたことは間違いありません。防衛産業において航空機開発があるかないかは、技術基盤および生産基盤の維持、継承という意味で非常に大きなことですし、実際に日本はF-2の機体開発で、アメリカの技術者をぎゃふんと言わせるような複合材主翼、機体を造り上げたわけですから。

F-3の開発に際しては当初、アメリカからF-22の機体にF-35のシステムを融合させた新型機F-57(『22+35=57』なので関係者はこう呼称していた)の打診があった。しかし、神田さんの遺稿が『主任設計者が明かすF2戦闘機開発』(並木書房)として18年に刊行され、流れは日本主導の自主開発へと傾いたはずでした。

それがまたしても方向転換し、日英伊の共同開発となったのはなぜなのか。欧州の次期戦闘機は"英系統"と"仏独系統"に分かれており、その片方に日本がつくことにはメリットもデメリットもあります。その点を技術面から精査して判断したというよりも、やはり開発資金面が決め手となって結論が出たのだろうと想像しています」

■IHIのエンジンは性能は素晴らしいが......

欧州との共同開発に踏み切った背景は複雑だが、ともあれ時計の針は進む。

まず、戦闘機開発のキモのひとつであるエンジンについて、過去に戦闘機開発に関わった関係者はこう話す。

「エンジンの共同開発はまず、どのスペック(規格)を使うかを選定するところから始まります。日米の共同開発なら、『ミルスペック』という米軍の共通規格に日本も慣れているのですぐに始められますが、イギリスとの間ではまずこの点を交渉していかなければなりません。

IHIは外国企業と戦闘機エンジンを共同開発した経験がなく、ロールス・ロイスとの協業実績も、すでに全機退役しているF-1戦闘機に搭載されたエンジンのライセンス生産のみです。交渉上手なロールス・ロイスを相手に、うまくマネジメントできる人材が日本側にいるかどうかもポイントでしょう」

IHIが次期戦闘機のエンジンに求められる技術獲得を目指して開発を進めている「XF9」の試験用エンジン。2018年に行なわれた空力データ取得のための試験で使用されたもの(写真/時事通信社)IHIが次期戦闘機のエンジンに求められる技術獲得を目指して開発を進めている「XF9」の試験用エンジン。2018年に行なわれた空力データ取得のための試験で使用されたもの(写真/時事通信社)

共同開発とはいうものの、実際には熾烈(しれつ)な主導権争いが待っているのだ。

「IHIが開発しているXF9-1というエンジンは、推力の面では素晴らしい数字をたたき出しています。しかし、ずっと使ったときの耐久性など、ゼロから戦闘機エンジンを開発した経験がないゆえの不確実要素がありますし、予備飛行定格試験(PFRT)、認定試験(QT)もまだこれからです。

一方のロールス・ロイスは、米GE(ゼネラルエレクトリック)社と組んで開発していたF-35戦闘機用エンジンが米国防総省の資金供給打ち切りにより中止になったものの、ほかにも実用的な戦闘機用エンジンの開発実績がある。

同社はテンペスト計画のためにもエンジンを造っていますから、IHIのエンジンとのコンペになる可能性もあるでしょう。いずれにせよ、日本がもう一段上に行くという意味では、この経験は非常にいいチャンスになるとは思いますが......」(戦闘機開発関係者)

F-35戦闘機に搭載する新型エンジンとして、米GE社と英ロールス・ロイス社が共同開発していたターボファンエンジン「F136」。しかし途中で米国防総省が資金供給を打ち切り、開発は中止にF-35戦闘機に搭載する新型エンジンとして、米GE社と英ロールス・ロイス社が共同開発していたターボファンエンジン「F136」。しかし途中で米国防総省が資金供給を打ち切り、開発は中止に

たとえるなら、IHIは素晴らしいポテンシャルを秘めているものの、ワールドカップに挑むのは初めて......というような状況。この先どうなっていくかはまったく予断を許さない。

また、もちろん重要なのはエンジンだけではない。前出の陶山氏はこう言う。

「戦闘機開発の要は、エンジンとドンガラ、戦闘のためのウェポンを融合し、安全に飛ばすための『インテグレーション』と呼ばれる調整工程です。F-2の国産計画が立ち上がった際は、その経験がある人が国内におらず、神田さんが背負う重圧は半端なものではありませんでした。

今回のケースで言えば、同盟関係にある日米の共同開発と大きく違うのは、日本と英伊の運用要求が同じであるわけがないという点です。ウェポンの種類や搭載数、航続距離、速度......。

そういった難しさがある中で、想定どおりのコストやスケジュールでできるのか。おそらくアメリカは今、『お手並み拝見』と笑って見ているのではないかと思います。そこがうまくいかないようなら、F-3を成功させるために、あらためてアメリカを巻き込むことも考える必要があると思います」

■無人機を引き連れ、ゲームのように戦う

このように前途多難な開発計画だが、最終的に日本がF-3に求める性能、目指すべきゴールはどこにあるのか。

航空自衛隊302飛行隊隊長を務めた元空将補の杉山政樹氏はこう語る。

「現時点で示されているのは、まだ世界のどこでも実用化されていない『第6世代機』を目指すということです。ネットワークでつながりながら飛行し、当然ステルス性もあり、アフターバーナーを使わずにマッハ2~3の巡航が可能。エンジンはレーザーを発射するための大容量電力を発電でき、空中発射の長距離ミサイルを搭載するために翼面積も大きくなる。

さらに、F-3は量子センサーネットワークを駆使して複数の無人機を引き連れて飛ぶ構想もある。この場合、例えば4機の無人機がそれぞれ10発ずつミサイルを搭載して前方に展開して、F-3は射程1000~3000㎞のミサイルを搭載して後方に位置しながら、現在はAWACS(エーワックス/早期警戒管制機)がやっている仕事までこなすということになります。

つまりF-3は"F-2の代替"という考え方ではない。ファイター(戦闘機)パイロットが乗るドッグファイト用の戦闘機ではなく、いわばオペレーター的な役割のパイロットが乗る指揮統制攻撃機の位置づけ。まさに防衛省のホームページにある言葉どおり、今までにない新たな戦い方を実現できる戦闘機ということになります」

現在、空自のF-2(写真)はミサイルキャリアーとしての役割を担っており、F-3にも各種ミサイルを搭載できる能力が要求される見込み。この部分でイギリスやイタリアとの調整がうまくいくか?(写真/航空自衛隊)現在、空自のF-2(写真)はミサイルキャリアーとしての役割を担っており、F-3にも各種ミサイルを搭載できる能力が要求される見込み。この部分でイギリスやイタリアとの調整がうまくいくか?(写真/航空自衛隊)

まるでゲームの世界が現実化したような、近未来の戦闘機。本当に実現できるならわくわくしてしまうが、事はそう単純でもないらしい。杉山氏が続ける。

「世界中を見渡しても、現行の最新鋭機である第5世代のさらに先を行く第6世代の有人戦闘機の開発に着手している国は、アメリカを含めどこにもありません。

そんな中、日本は『第6世代機が欲しい、今の技術ならこれくらいいけるだろう』とF-3の計画を進めているわけですが、そもそもそれが時代の流れに合っているのか、2035年に第6世代機を導入するという出発点が正しいのか、個人的には疑問があります。

例えば、運用面の問題です。F-3の導入が始まる頃、航空自衛隊にはF-15MSが100機、F-35が140機ある。そこにF-3を最低91機、もし価格が下がれば180機ほど導入することになるのでしょう。

しかし、F-35やF-3は自動車でいえばフェラーリやランボルギーニであり、パトカーの役割――つまり中国軍機などの領空侵犯に対するスクランブル任務はできません。

かといって、100機のF-15MSだけで日本全国をカバーすることはできませんから、空自は『警察権の行使』という重要な仕事をまっとうできなくなるわけです。F-3と共同作戦を行なう無人機を有人の練習機タイプに改装し、機関砲とミサイルを搭載してスクランブル機に利用するといった手はあるかもしれませんが......」

■戦闘機マーケットは食うか食われるかの世界

また、ビジネス面でも日本には大きな課題があるという。

ひとつは、前出の陶山氏も指摘していた、共同開発国間での調整の問題。前出の柿谷氏はこう言う。

「F-15やF-2を導入した時代とは異なり、今や中国をはじめとする日本周辺の仮想敵国も、米空軍のように空中指揮機の管制の下、空中給油機の支援を受けた爆撃機と戦闘機のパッケージフライトを編成するようになりました。

また、ドローンのような将来的にどのような戦術が生まれるか予想が難しい兵器も登場している。マルチロール(多用途)機と言葉でいうのは簡単ですが、設計の段階でパートナー国にどこかのポイントを妥協させるための交渉スキルは絶対に必要です」

防衛省が公開している次期戦闘機の想像図。正式名称はまだ与えられていないが、一般には「F-3」と呼称されている(イラスト/防衛省)防衛省が公開している次期戦闘機の想像図。正式名称はまだ与えられていないが、一般には「F-3」と呼称されている(イラスト/防衛省)

また、日本が戦闘機の自国開発を続けていく上では、相当な覚悟が必要になるはずだと柿谷氏は指摘する。

「F-3を国際市場で売っていくことを考えると、アジアで第6世代機を買える国は限られています。常に最新機種をそろえるシンガポール、主力戦闘機の更新が見込まれるマレーシアやタイくらいでしょう。そのとき、これまで長年、内需で食べてきた日本国内メーカーは、生き馬の目を抜く国際市場で戦っていく気概があるのか。

韓国、トルコ、中国、チェコなどの軍用機メーカーは、いかに巨大メーカーからシェアを奪い、横に並んできたメーカー、後ろから追ってくるメーカーを蹴散らすか、世界中で食うか食われるかのビジネスをやっているわけです。これは一企業だけの問題ではなく、政府も含めて国際市場で商機を勝ち取っていく熱量と気合いが求められることになります」

F-3は無事、大空に羽ばたくことができるのか。答えは約15年後に出る。