アメリカのEV充電ステーション。数時間のドライブも日常の一部となっているアメリカでは、急速充電器のさらなる拡充が求められる アメリカのEV充電ステーション。数時間のドライブも日常の一部となっているアメリカでは、急速充電器のさらなる拡充が求められる
日本でも都市部では電気自動車(以下、EV)を目にする機会が日に日に増えているが、世界のEVシェアの成長率は、今後いったん足踏み状態となる可能性がある。

エネルギー分野の調査会社「ライスタッド・エナジー」のレポートによると、世界の月ごとの乗用車販売台数に占めるEVの割合は、2022年4月以降右肩上がりを続け、2022年12月には23%を記録した。ところが今年1月には14%にまで急落している。

■補助金頼みのEV普及に影?

顕著なのは欧州市場で、2023年1月のEV販売台数は、前月(2022年12月)比では半減となった。2022年1月の自動車販売台数に占めるEVの割合が約8割に達していた脱炭素先進国のノルウェーも、今年2023年1月の販売分に関しては66.5%に低下している。

これも、前年同月比81%減というEVの販売台数激減が影響している。イタリア、スウェーデン、スペインでも、乗用車販売台数に占めるEVのシェア率は頭打ちとなりつつある(各国運輸当局の統計などによる)。

欧州各国では、これまでにEV購入に高額の補助金を交付しており、EV販売台数およびシェアの成長率の停滞は、その反動が出始めているという見方もある。

一方で、私が住むアメリカでは、今年1月の乗用車販売台数に占めるEVの割合は前年同月の4.3%から7.1%に増えている。ただこれは、実質7500ドルの補助金の受付が昨年末に始まったことによる一時的な「ブースト効果」とみることもできる。

ともかく、世界でのEVシェアの成長は今のところ、純粋な需要だけではなく、補助金によって支えられているところも大きいというのは、間違いないだろう。

アメリカ国内に関して、EVに対する需要の足枷となっているのが、充電設備の未拡充だ。アメリカ人の年間走行距離の平均は2万km超。日本人平均の7000km弱のおよそ3倍以上となっている。

広大な内陸部では、3~4時間にわたる長距離ドライブも生活の一部となってるが、その際には目的地までの途中で「経路充電」を行う必要がある。経路充電には急速充電器が不可欠だが、全米に設置されている急速充電器は4万基ほど。8000基程度にとどまっている日本と比べれば格段に多いが、日本の25倍もある国土をカバーするには不十分だ。

■充電器拡充に米特有の足かせが

充電ステーション拡充において主に問題となるのが、採算性と半導体や銅などの資材不足だ。しかしアメリカの場合、「安全に考慮した場所選び」というもうひとつのハードルが加わる。

ひとつはEV充電器そのものの安全だ。アメリカでは充電ケーブルに使われている銅線を狙った窃盗が横行しているのだ。

昨年4月23日のFOXニュースによると、ロサンゼルス市内のある非営利団体が運営する40基の充電器のうち38基が銅線の盗難にあい、1万8000ドルの被害を被ったと伝えている。ロサンゼルス警察も「この種の盗難は、充電ステーションが増えるにつれて新しいトレンドになりつつある」とコメントしている。

EV充電器のケーブルには1基あたり数十ドル程度の価値がある銅線が使用されており、窃盗犯に狙われている EV充電器のケーブルには1基あたり数十ドル程度の価値がある銅線が使用されており、窃盗犯に狙われている
そしてもうひとつは、充電ステーションの利用者の安全だ。ガソリンスタンドで給油中の客を襲う強盗は、昔から典型的な手口のひとつだ。しかしガソリンスタンドよりも人目につかない場所にあるEV充電スタンドで、数十分と停車して車内にとどまっていることは、強盗犯にとってさらに魅力的なターゲットとなりうる。

筆者も友人のテスラ「モデル3」で、カナダのバンクーバーまで片道5時間超のドライブをしたことがある。その途上、深夜に閉店後のショッピングモールの片隅に設置された充電ステーションを利用したのだが、「今強盗に襲われたらどうしよう」と不安な30分を過ごした。

なにせ充電プラグを差し込んでいる間は、強盗の襲撃にあったとしても車を始動させることができないのだ。同乗の友人も「ひとりだったらここで充電したくない」といいながら、何かあった際にはすぐに911に通報できるよう、スマホを握りしめていた。

北米のテスラオーナーが集う掲示板でも、充電中の強盗被害が複数件報告されている。カリフォルニア州オークランドで充電中に強盗未遂事件に遭遇したあるユーザーは、「夜間の充電ステーションでは、テスラのドライバーはカモにされている」と警告している。

深夜のガソリンスタンドでの給油中の強盗被害は、過去にたびたび起きているが、より長い時間を過ごすEV充電にはさらに大きな不安を抱く人も多い 深夜のガソリンスタンドでの給油中の強盗被害は、過去にたびたび起きているが、より長い時間を過ごすEV充電にはさらに大きな不安を抱く人も多い
女性なら不安はなおさらだ。事実、2022年にアメリカで行われた8000人以上の成人を対象としたアンケート調査によると、「充電に関する考慮がEVの購入を躊躇させる」と回答した人のうち、「公共の充電ステーションで充電する際の安全性への懸念」を挙げた女性の回答者の数は、男性の2倍にのぼっている。 

というわけでアメリカでは、充電ステーション設置の際に、充電器自体もその利用者も、犯罪被害にあう危険性の低い場所を選ぶ必要があるのだが、これがなかなか難しい。

街中の人口密集地ならまだしも、内陸部の幹線道路などでは、人っこひとり出くわさないような道が数百キロと続いているところも少なくないのだ。

アメリカの内陸部ではEVの普及が遅れているが、充電時の安全に対する不安も、足枷の一つだ。今後、EVが先進国だけでなく、発展途上国への普及を目指す際にも、同じ問題がネックとなりそうだ。

一方で、アメリカより格段に治安もよく、車での平均移動距離も短い日本はEV利用により適しているはずだ。しかし、新車販売に占めるEVの割合は1.7%程度(2022年)と、先進国中最下位レベルにとどまっていることは、新しいものに慎重な日本人の国民性というまた別の要因が影響しているように思える。

●吉井透 
中国在住フリーライターとして約10年間活動するも、パンデミック下のゼロコロナ政策に嫌気がさし、自由を求めて米オレゴン州ポートランドに移住。テキストメディア以外にも、テレビやユーチューブチャンネルなど、映像分野のコーディネーターとしても活動している