1964年11月、東京都は8冊の本を初めて有害図書(※)として指定した。それからちょうど50年。2度目の東京オリンピックを控え、制度はますます強化されようとしている。

(※東京では「不健全図書類」が正式な呼称だが、ここでは便宜上「有害図書」と表記する)

そもそも有害図書を指定する東京都の「青少年健全育成条例」は、64年の東京オリンピック開催を目前とした浄化運動のなかで持ち上がったもの。

ただ、当時の東京都議会は、条例の制定に積極的な議員と慎重な議員が拮抗(きっこう)していたそうだ。その理由について、『マンガはなぜ規制されるのか』(平凡社新書)などの著書がある長岡義幸(ながおかよしゆき)氏はこう解説する。

「当時、出版社の約9割が東京都にあったからです。東京都が一冊の本を有害指定すれば、その動きは全国に波及してしまう恐れもありました。55年にも条例制定の動きがあったものの、やはり出版業界の反対の声が強く、なんとか条例を制定したいと考えていた警視庁も断念していたと、関係者から聞いたことがあります」

しかし、オリンピック開催に向けて、東京を健全な社会にしようとする空気は強く、条例は制定される。このとき、警察の介入を防ぐために定められたのが、「個別指定」の採用と自主規制を尊重する条項の導入であった。簡単に言うと「有害指定はしっかり話し合った上で決めよう」とする仕組みである。

現在、東京都での有害指定は主に次のような流れで行なわれる。

(1)担当部署である東京都青少年・治安対策本部青少年課(以下、青少年課)の職員が、書店で「これは有害かも」と思う本を購入する。購入数は、毎月平均120冊程度とのこと。(2)外部の有識者が一冊一冊、審査をした上で指定候補を絞り込む。(3)「諮問図書に関する打ち合わせ会」を開き、出版、書店、コンビニ団体の代表から意見を聴取する。(4)最後は出版業界や書店の代表ほか有識者が出席する「青少年健全育成審議会」で多数決を取り、初めて指定が認められる。

石原都政で空気ががらりと変わり権益拡大

■“有害”解釈拡大期(2010年~)

基本的には権力による“圧力”ではなく、外部の意見も交えた“話し合い”をもとに有害図書は決められることになっている。しかし、そうした前提すら揺らぎ始めたのが、2010年だ。

同年2月、都は「青少年健全育成条例」改正案を議会に提出。その中で18歳未満、もしくは18歳未満のように見えるマンガやアニメのキャラクターを「非実在青少年」とし、これらが作中でセックスをしていたり、それに類する行為(クンニ、フェラチオ、獣姦など)をしていたりするシーンを肯定的に描いたものを有害図書として規制しようとしたのだ。

だが、フィクションのキャラクターが18歳未満かどうかなんて、セリフや描写から推測するしかないこともあるし、ましてや、設定上は成年でも18歳未満のように見えればアウトなんて、規制する側の主観に寄りかかる面が大きすぎる。基準があまりにも曖昧(あいまい)で恣意的に運用されかねないとして、出版社やマンガ家は「表現規制だ!」と、この改正案に猛反発した。

いわば、都が有害図書の指定範囲の拡大を試みたわけだが、それにしてもなぜそんなことに?

「明確な理由はわかりません。しかし、石原都政となり、03年に警視庁の人間が青少年課の職員として出向してきたのを手はじめに規制強化の動きは徐々に進んでいきました。制度が始まってからも長い間、都の職員には『検閲になってはならない』という意識がありました。警視庁が、もっと指定数を増やすべきだと青少年課に要求したこともありましたが、都は突っぱねてきたのです。

ところが、06年、石原都政によって青少年課は青少年・治安対策本部の中に置かれ、課長は警察庁からの出向者が配置されるようになりました。それ以来、空気がガラリと変わったんです」(前出・長岡氏)

この大転換は警察官僚による権益拡大で、有害図書の範囲拡大もその一環なのでは?との疑惑も呼んだが、結局のところ条例は基準が曖昧なまま改正。11年7月1日から施行されている。

では今後、東京都「有害図書」指定制度はどのようになっていくのか。

有害図書指定は雑誌の存続に関わる恐怖宣告!

やはり気になるのは2020年に開催される東京オリンピックだ。前述したように、そもそも「青少年健全育成条例」は64年のオリンピックを意識して制定されたもの。今後、開催の年が近づくにつれ、条例を強化せよ、との圧力が高まるのは間違いない。

一方、有害指定を国が行なおうとする動きもある。現段階では審議はまったく行なわれていないが、今年6月、国会に「青少年健全育成基本法案」という法律が提出された。現在公開されている条文には、直接表現の自由に踏み込む部分はない。しかし、安倍内閣は前政権時代の07年にも、有害図書指定を国レベルで行なうことを前提として議論をしていたという経緯もあり、予断を許さない。

今月には、写真週刊誌『FLASH』(光文社)の増刊号が、往年の名作アダルトビデオのダイジェストDVDを付録にしたことにより有害図書に指定されている。書店関係者はこう言う。

「この増刊号が発売されたのが9月22日で、有害指定されたのが11月14日。増刊号は不定期刊行物なので、それなりに長い期間書店に置かれますが、それでも40日程度です。つまり、販売期間が終わり、書店から姿を消した後にわざわざ指定したわけです。

これは『次に似たようなモノを出したらすぐに指定するからな』という出版社全体に対する見せしめなのか、それとも単純に発表が遅れただけなのか、都の意図はわかりません。しかし、不気味であることには違いありませんね……」

誤解されがちだが、指定の目的は「発禁」ではない。「18禁」ではない雑誌、書籍の中で、青少年に悪影響を及ぼすとされるエロ・暴力表現のあるものを成人向けのコーナーに分けて陳列するよう、出版社や書店に促すことが目的だ。

だから、指定されたとしても18禁コーナーに本を移動すれば販売を継続できる……はずなのだが、実際には書店から本が消えるケースも多い。というのも、近年は18禁コーナーのある書店が少なくなっているからだ。

指定された本を置くスペースがないわけだから、即返品してしまう。また、出版社もイメージの低下を恐れて、指定されたら即回収してしまうところがある。

これに加えて、出版業界にも自主規制団体・出版倫理協議会(出倫協)の〝自主規制ルール〟というものがある。こちらは1年間で計5回、もしくは連続で3回、東京都で指定された本は、「18歳未満の方々にはお売りできません」という「帯紙」をつけなければ流通させないと、出版社に勧告するもので、書店に対しても仕入れ部数の変更を求める。

流通部数の減少は避けられず、たいていの雑誌は休刊を余儀なくされる。つまり出版社にとって、有害図書指定は、雑誌の存続に関わる恐怖宣告なのである。

このようなプレッシャーの中、健全な“表現の自由”がどう守られていくのかーー戦いはますます厳しいものとなってきている。今後、東京都がどんな本を有害指定するのか注目だ。

■週刊プレイボーイ49号「東京都『有害図書』指定の50年史」より(本誌では、懐かしい各誌の表紙もコレクション!)