高嶋哲夫氏は、これまでに日本列島を襲う巨大自然災害をテーマにした3作の小説作品を発表してきた。
首都圏直下型地震を描いた『M8』(2004年)、東海・東南海・南海巨大地震と大津波を描いた『TSUNAMI』(05年)、巨大台風の襲来で首都東京が水没の危機に瀕(ひん)する『東京大洪水』(08年)。
これら3作の主要人物には同一の地震学者、災害救助活動に力を尽くす自衛隊員、政治家らが登場し、24日に発売となる最新作『富士山噴火』でも彼らがストーリーを動かしていく。高嶋氏に聞いた。
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―これらの登場人物は人生の十数年間のうちに2度、3度と巨大自然災害の恐怖を体験するわけですが、この設定は今の日本では特殊とはいえなくなりました。
高嶋 正確に言えば、これらの作品の登場人物たちは神戸出身で1995年の「阪神・淡路大震災」を体験していて、それぞれが多かれ少なかれ悲惨な記憶や癒やし難いトラウマ、震災によって家族間に生じた葛藤などを引きずりながら物語が展開していきます。
“あの時、なぜ自分は間違った行動を選択したのか?”“次の巨大災害を生き抜くには過去の体験をどう役立てるべきか”、そんな思いを抱き、試行錯誤を経ながら登場人物たちも年を取り、人間的に成長していく。実際に同じような日本人はたくさんいるでしょう。
―高嶋さん自身も阪神・淡路大震災当時から神戸市にお住まいでしたね。
高嶋 そうです。僕にとっても人生観を一変させる大事件でした。もともとは原子力関係の研究者(元・日本原子力研究所研究員)だったので、自然災害には興味がなかったのですが、6千人以上の命が簡単に消え去った阪神・淡路大震災を体験してから、防災というテーマを強く意識するようになりました。
舞台は「平成南海トラフ大地震」の3年後
―『M8』『TSUNAM I』『東京大洪水』の3作品は、ほぼ連続的に発表されましたが、今回の『富士山噴火』までには7年が過ぎています。これは構想期間が必要だった?
高嶋 いや、実を言えば「防災サバイバル小説」と評されるこのジャンルには3部作で一応の区切りをつけたつもりだったのです。他にもいろいろな作品を書く予定がありましたから。ところが、「東日本大震災」が起きたことで事情が変わってしまった。
それは東日本大震災の後に多くの火山学者や地震学者たちが唱えた「M9級の超巨大地震が起きれば、必ず数年以内に近い地域の火山が噴火する」という警告への注目でした。
過去の3部作で“地震”“津波”“台風”をテーマに作品を書いたわけですが、まだ“噴火”が残っていた。それに巨大地震が火山噴火を誘発するという図式には僕も強い説得力を感じたし、実際に世界では起きています。ならば作品化しようと決めました。
問題は噴火させる火山ですが、これは富士山以外には思いつかなかった。3・11の4日後には富士山直下で大地震(M6.8「静岡県東部地震」)が起き、前の宝永噴火から300年余り。そろそろ大噴火への秒読みが始まったのかもしれません。それに前作の『M8』の内容とも科学的につながりますから。
―『M8』で高嶋さんが精密にシミュレーションされた東海・東南海・南海連動地震は、歴史的にもほぼ100%の確率で富士山大噴火のトリガーになってきましたね。
高嶋 だから今回の『富士山噴火』も具体的な発生年は決めないものの、『M8』で書いた「平成南海トラフ大地震」の3年後に設定しました。そもそも今回のプロローグは、『M8』に登場した、災害出動で英雄的活躍をしながら妻と息子の救出だけは果たせなかった陸自ヘリ・パイロットの回想的シーンから始まります。その父親の過去を責め続けてきた娘との確執の修復も、人間ドラマとしての読みどころのひとつです。
数学者や物理学者は一笑に付したが…
―それと、なんといっても大噴火に至るまでの自然界の変化と人間社会の反応の描き方に引き込まれます。数ヵ月前に前兆らしき現象が起き始めた段階では、国民や行政は富士山噴火に半信半疑。しかし、そこに冷静かつ正確な火山学者の分析と予測が行なわれ、刻々とXデーが迫ってくる。この自然災害の高精度な予測は3部作にも共通していますが、これは現実には可能でしょうか?
高嶋 もちろん、まだ小説のようにはうまくコトは運んでいないでしょう。小説に登場する科学者たちは、地震や火山噴火の発生時期や規模をスーパーコンピューターを使ってシミュレーションします。かつて世界最速の演算速度を出した神戸の京コンピューターも登場します。
理論上は可能だと思いますが、知り合いの数学者や物理学者からは「自然災害を正確に予知するためには膨大なデータが必要であり、とても現在の観測レベルでは集めきれない」と一笑に付されました。でも、いずれ実現することだと信じています。
それに、科学技術の発達は指数関数的です。様々な分野の技術進歩が進み、それが地震や津波の予測にも応用されています。GPS計測システムなどを使った地震予知研究などもそのひとつでしょう。またローテクですが、動植物界の微妙な変化などからも自然災害の悲劇を減らすためのヒントが得られるに違いありません。
―この『富士山噴火』には昨年9月の御嶽山(おんたけさん)噴火、今年5月の口永良部島(くちのえらぶじま)噴火の話題まで盛り込まれ、まるで現実世界の流れの中で必然的に大噴火に行き着くような演出効果を堪能しました。
高嶋 やはり、東日本大震災を引き起こした東北地方太平洋沖地震によって、日本列島の下のプレートはかなりグシャグシャになっているのでしょう。これから何が起こるかわかりませんね。それに日本の火山は活動期に入ったともいわれています。
今、世間が注視する箱根噴火もそのひとつでしょう。マグマだまりは異なっても富士山のすぐ隣で噴火が起きているのだから、なんらかの相互関係があるかもしれません。富士山は活火山です。そろそろ噴火してもおかしくはない。
今回の小説は、富士山の成り立ちや噴火メカニズムの記述については最新の研究内容を盛り込んだ学習テキストともいえます。もし将来、火山学や地震学を目指す若い人たちが読むなら基礎的知識は十分に提供できるでしょう。
そして、間もなく日本の象徴の富士山が火を噴くとしても、必ず被害を最小限に食い止めるための防災手段があるという僕なりのメッセージを受け止めていただければ幸いです。
(取材・文/有賀 訓 撮影/久保陽子)
●高嶋哲夫(たかしま・てつお) 1949年生まれ、岡山県出身。慶應義塾大学大学院を修了後、日本原子力研究所研究員を経て、アメリカに留学。1999年に『イントゥルーダー』で作家デビュー。主な著書に『M8』『TSUNAMI』『東京大洪水』の防災サバイバル3部作、『メルトダウン』『首都崩壊』などがある
■『富士山噴火』 (集英社 1900円+税) 元陸自のパイロット新居見は、平成南海トラフ大地震で家族を亡くした喪失感を抱えながら生きてきた。そんなとき、友人の新聞記者・草加から「富士山噴火が近い」との情報を聞き、御殿場市と自衛隊を巻き込んでの全住民避難に動きだす。果たして住民の命は助けられるのか? 7月24日発売予定。