御三家を筆頭に日本各地から名門校育ちの生徒が集まる東京大学。今年も開成が合格者数No.1だったが、それは改革後も変わらないのか…

ようやく終わりを迎えた今年の大学受験。特に話題となったのは、東大・京大の推薦入試だったが、そこにあったのは2020年に向けた「大学入試改革」だ。

文部科学省は現在の偏差値をもとにした「知識偏重型」の試験を抜け出し、「クリティカルシンキングを重視した入試への転換」を目指している。つまり、思考力・判断力・表現力など、総合的な人間力を求めていくというわけだ。

しかし、そこには逆に“格差拡大の助長”が潜んでいると指摘するのは、『ルポ 塾歴社会 日本のエリート教育を牛耳る「鉄緑会」と「サピックス」の正体』の著者で、教育ジャーナリストのおおたとしまさ氏だ。

「人間の総合的な力というのは、親子の会話の質や、どういう環境に育ったかといった幼少期からの“文化度”や“学習履歴”に大きく影響されます。だから良い家柄、いい家に育った子供はますますそれが継承されていくし、文化度の低い子は無いままになってしまう分、そこで格差が広がってしまう。今までは勉強だけで上位校に入れる一発逆転も難しくなってしまうのです」

今回の改革では、各大学で知識的な試験の他、面接やディベート、小論文などが実施される予定だ。これは欧米の大学入試で行なわれている方法を踏襲したものだが…。

「実際に欧米ではそうしたところで教養含めて、もっとはっきりいえば育ちも含めて見ています。結果を決めるのは、その面接官が教えたいかどうか、そこに公平性なんかない。そこで何が起こるかというと、同じような文化水準に生きる人たちが固まっていくんです。欧米の大学が結果として“階層を固定化する装置”として機能していることは、教育界の常識です」

エリート層が似たようなエリートを選ぶだけになってしまう恐れがあるということか。さらに、それで入り込むのは、現状の“名門校”と呼ばれる中高一貫校で育った子供たちだと、おおた氏は続ける。

「一般的に誤解されていますが、“名門校”ほど受験に特化した教育を受けていないんです。宿題はレポート中心、授業も生徒が意見することが多く、議論も行なわれています。もちろん受験に必要な知識は学ばせます。その上で、そうした全人教育を両立させているんです」

改革を失敗させるのは“ずるい”文化

御三家の一角を成す麻布(東京)や灘(兵庫)が自由な校風ということはよく言われている。しかし、ガリ勉イメージも強く東大合格日本一を誇る開成(東京)でさえも、生徒の自主性と自尊心に重きをおき、東大を意識していないという。

「つまり、これまでの名門校ほど有利であることは変わらないんです。ましてや大学入試において幼少期からの学習履歴がより重要になるならば、中学受験をして早くから学力の核を持っている子供のほうが、中学高校の6年間で加速度的に学力も身に付くのでメリットは大きいでしょう」

大学入試が階層化し、名門校の生徒だけで占められるーー。もっとも、おおた氏によると、すでにそうした状況が生まれている欧米では必ずしも批判的な問題となっていないという。

「暗黙のうちに社会階層の存在が認められているので、良くも悪くも過度な教育競争状態やその結果に対する自己責任論には陥りにくい。さらに欧米でトップ階層の人たちには『ノブレスオブ・リージュ(高貴なる義務)』というものがある。例えば寄付だったり、力があるなら社会に貢献するという、成熟した文化が成り立っているんです」

そこに日本と欧米で大きな違いが? まさにそれこそが大学入試改革の失敗に結びつく可能性を憂慮する理由なのだ。

「改革の方向性は間違っていないと思います。ただ教育システムも含めて日本は“過度な平等”を意識し、平等でないものに対し“ずるい”と思う文化ができてしまった。階層が固定化してしまう改革によって、出自がさらに進学に影響を及ぼす可能性があるという落とし穴を明示しなければ、その反動で再び“平等”な偏差値重視の試験に戻ってしまうかもしれません」

今年1月の審議会では、大きな目玉であった新テストの「複数回実施」も見送りとなり、ますます混迷する大学入試改革。中学・高校教育とも直結しているだけに今後、日本を担う学生たちの可能性を狭めることなく成功させられるのか不安が募る。

(取材・文/週プレNEWS編集部)