「かつては自分の住んでいる街や地域の人以外と出会う機会すらなかった『狂気』でも、インターネットがつないでしまうのが現代社会」と指摘するモーリー氏

『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、6月に起きた人気ブロガー刺殺事件について語る。

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人気ブロガーのHagex氏(41歳)が、ネット上で他人への誹謗(ひぼう)中傷を繰り返し"低能先生"と呼ばれていた無職の男(42歳)に刺殺された事件。

「Hagex氏が低能先生を煽(あお)る記事を書かなければ」とか、「ロスジェネ世代の不満の発露だ」とか、「あのネット有名人も危ない」など、あたかも犯人の心理を理解できた気になるようなさまざまな意見が語られていますが、この事件がどうしたら起こらなかったのかを論ずることはあまり意味がないように思います。

僕自身、数年前にストーカーから脅迫されたことがありますが、その人は「映画『カーズ2』をモーリーにとにかく見てほしい」と訴えていました。逸脱した行動を起こす人の"理屈にならない理屈"を他者が理解することはとても難しいのです。

Hagex氏の事件の一方、アメリカでも理解し難い事件が起きました。ニュージーランド在住の25歳の男がゲーマー向け交流サイトで知り合った14歳の少女に会うため渡米し、ナイフを持って少女宅に侵入しようとして、母親に銃で撃退されたのです。

動機は「チャットに応じなくなった」。14歳の少女に一方的に愛情を募らせ、ブロックされたら1万km以上も離れた南半球から北半球まで飛んでいく――。会ったこともない"他人"に対して強い愛着や憎悪を持ち、行動に及んだという意味では、低能先生の事件に通じる部分もあるように思います。

かく言う僕自身も、もう30年近く前の話ですが、著名な作家に一方的に思いを募らせ、奇妙な行動に出てしまった経験があります。

当時、僕はナタリー・ゴールドバーグという女性作家の"信者"になりました。とにかく思ったことについて手を休めずに書き続けろ、という"禅メディテーション"的な文章作成メソッドを提唱した彼女に、出版社を通じてファンレターを出したところ、大きく「○」とだけ書かれた手紙が返ってきた。

僕はうれしくなり、その「○」に無限の意味を投影し、彼女のメソッドどおりに思ったことを書きなぐると、どういうわけか攻撃的な言葉が次から次へと湧き出し、とんでもない"憎しみのファンレター"が出来上がってしまったのです。僕は最後に「これが僕の本心です」と綴(つづ)り、投函しました。

当時の僕は、それから時間がたつにつれ、自分のやったことをひどく後悔することになりました。それが理性というものだ、という見方もできるでしょうが、今思えば、手紙という時間も手間もかかるコミュニケーションだったからこそ、反省することができたのかもしれません。

これはなかなか言い方が難しいですが、かつては自分の住んでいる街や地域の人以外と出会う機会すらなかった"狂気"でも、インターネットがつないでしまうのが現代社会です。ネットが新たな狂気を生んだというより、狂気の加速装置になっているという言い方が正確でしょう。

中国やロシアのような国家では、こうした問題に対して強権的な監視で対応します。しかしリベラル化した社会においては、あらゆる発信が保障されているがゆえに、残念ながらなんらかの発信をした人には相応のリスクが伴う。理不尽な事件の背景に理屈を読み込もうとする人も多いですが、そういうものなのだと思うしかないのかもしれません。

●モーリー・ロバートソン(Morley Robertson)
国際ジャーナリスト。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。日テレ系情報番組『スッキリ』の木曜コメンテーター。ほかに『教えて!ニュースライブ 正義のミカタ』(朝日放送)、『報道ランナー』(関西テレビ)などレギュラー多数。

2年半におよぶ本連載を大幅加筆・再構成した書籍『挑発的ニッポン革命論 煽動の時代を生き抜け』(集英社)が好評発売中!