世界文化遺産への登録が決まった野首教会

長崎・天草に残る、隠れキリシタンの苦難の歴史を後世に伝える施設などが世界遺産に認定された。

隠れキリシタンの集落で生まれ育った89歳の白浜清太郎さんが、少年時代のエピソードと感謝の思いを語ってくれた。

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6月30日、バーレーンで開かれたユネスコの世界遺産委員会で、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」(※注)の世界文化遺産への登録が決まった。幕府がキリスト教を禁じた下で、ひそかに信仰を守り続けた人々の苦難の物語を後世に伝えるという理由だ。

(※)2016年、長崎県と熊本県は、世界文化遺産登録を目指し、「隠れキリシタン」を「潜伏キリシタン」の名称に改めている。野崎島へのアクセスは、九州本土か五島列島から、まず小値賀町の本島である「小値賀島」に入り、小値賀と野崎島を結ぶ町営船「はまゆう」を利用する。

その資産のひとつ、五島列島の北東に位置する「野崎島(のざきじま)の集落跡(長崎県北松浦郡小値賀町[おぢかちょう])」は現在、野生の鹿が青々とした雑草を食(は)んでいる。島には廃校となった小中学校を利用した宿泊施設があるが、今この島で生活している人はいない(施設の従業員1名が島に住民票を置いている)。その施設の山側に残るのが、明治41年に建てられた茶色いレンガ造りの野首(のくび)教会だ。

この島で生まれ育ち、現在は北九州市に暮らす白浜清太郎さん(89歳)は、故郷が世界遺産に登録されたことに喜びを噛み締める。

「村の人たちが守ってきたものを大事にしていただいて喜んでいます。本当に感謝しかありません」

もちろん、昭和3年に生まれた白浜さん自身は隠れキリシタンに対する弾圧を経験していない。しかし彼の少年時代には、つらい過去を背負って生きる人がまだ集落にいた。

「私が小学校の1、2年生の頃、80、90歳(くらい)になる、いわすけ爺さんから聞いた話です。爺さんの腕には、鎖でつながれていた痕が残っていました。(平戸藩の役人が島にやって来て)平戸に連れていかれ、1ヵ所にまとめられてつながれとったわけです。それで『やめろやめろ。宗教を捨てろ』と言われてね。女、子供が飢えと寒さに泣き叫ぶ姿を見て気持ちも動いたちゅうわけですが、いわすけ爺さんは、頑強に拒んだみたいです。

役人の中には『捨てるって言えば帰られるが。捨てるってひと言言えばいいやないか。嘘でもいいから捨てるって言え。そしたら帰れる。帰ってからどげんでもなるやないか』っちゅうな耳打ちするのもおったみたいですが、結局、(キリスト教が解禁となる)明治6年までつながれてました。私なら、とても耐えられんことです。当時は信仰心が強かったわけですね。

そして、やっといわすけ爺さんが村に帰ってみれば、家財道具も持ち去られ、味噌桶の中にはオムツまで放り込まれとったと。隣の村(野崎集落)がイタズラしたわけですね。でも爺さんは『決して野崎の人を恨むな。キリシタンっていうたら、とんでもない宗教だと聞きよるから、どうせ帰ってくることないだろうと思って持ち去ったんだろう。キリシタンがどんな宗教かってことを知りながらやったんなら悪いけど、知らないでやっとるんやから、それを恨んだら決していかん』と。

そして私にも、『それを根に持って野崎の子供たちとケンカでもしたらいかん』ってきつく言ったものです」

江戸期に長崎・天草の各地へ広がった隠れキリシタンの一部は、この野崎島を移住の地として選び、そこから長い長い苦難の時が流れた。そしてキリスト教の解禁後、野崎島の野首集落と舟森集落にそれぞれ教会堂を建てた。

白浜さんが野崎島を離れたのは昭和22年頃。福岡県中間町(当時)にある炭鉱で働くことになったのだ。戦後の社会構造の変化により、それまで貨幣の流通もほぼなく、自給自足だった島の暮らしは成り立たなくなった。

それを受けて昭和46年、やむなく集落の人々は島外へ集団移住することとなり、この地は廃村となった。同時に、村人の信仰のシンボルだった野首教会も放置されることになる。その後、この島全体が無人となった。

さらに月日は流れ、荒れ果てた教会をそれなりに補修することができたのは、平成20年に野首教会建立100周年祭が行なわれる前のことだった。

「100周年祭には60人余りの身寄りの人たちが集まりました。私も人生最高の80歳を迎えました。うれしかったですよ。小値賀町の子供たちがロウソクを作ってくれたんですよ。その明かりで教会が浮き上がってね。先祖に感謝しましたよ、『どうぞ見てください』ってね」

そして、最後に涙を流しながら、白浜さんはこう語った。

「私たちの宗教は『憎しみは死んで土に還(かえ)っても、魂は永遠に生きる』ちゅうことを教えとるわけで、それを私も信じているわけですよ」

軍艦島 池島 長崎世界遺産の旅●酒井透(さかい・とおる) 写真週刊誌「FOCUS」(新潮社)の編集部カメラマン(逮捕直後の宮崎勤もスクープ)を経て、現在、秘境・不思議スポット探検家/写真家として活動中。国内はもとより、これまでに50カ国あまりで取材活動を行っている。著書に『中国B級スポットおもしろ大全』(新潮社)、『未来世紀 軍艦島』(ミリオン出版)などがある。最新刊は『軍艦島 池島 長崎世界遺産の旅』(筑摩書房/共著)