役場の健康増進課長を務めるなど、福祉関連で長年活躍した大光テイ子氏にとって、ひきこもり支援は「やり残した宿題」だったという。定年後、NPO法人を立ち上げ本格的に支援をスタート

殺人事件の背景にひきこもり問題があったり、80代の親が家に閉じこもる50代の子を支える「8050問題」が話題になったり。今、「大人のひきこもり」が社会問題になっている。

負のイメージで語られることが多い、この問題。しかしこの特集では社会復帰を望む人と、その支援者の姿を追いたい。

ひきこもり者への「相談、指示、助言」をNGとし、情報提供に徹したことでひきこもり者の人数を10分の1にした秋田県藤里町(ふじさとまち)に続き、岩手県洋野町(ひろのちょう)を、現地で取材した。

■67歳の保健師が八面六臂の活躍

太平洋を望む岩手県洋野町はウニが特産の町。13年に放映されたNHKの朝の連ドラ『あまちゃん』の舞台になったことでも知られている。

だが、ここは自殺率が高い町でもあった。08年、人口10万人当たりの自殺者数は全国平均(24人)を大幅に上回る64.5人にまで達していた。

その頃、保健師の大光(だいこう)テイ子氏(67歳)は洋野町役場で健康増進課の課長を務めていた。

当時、がん検診の受診率を上げようと、地域で活動する保健推進委員に各家庭を調査してもらうと、「検診どころか、長い間家から出られない状態にある人がいる」との報告が相次いだ。

だが、すぐにひきこもり支援に着手することはできなかった。当時は自殺率の低減が町の重点施策で、福祉分野の人員と予算が限られるなか、ひきこもり支援は後回しにされたためだ。

そこで12年に40年近く勤めた町役場を定年退職した大光氏は、町が運営する地域包括支援センターに再就職し、ひきこもりの兆候が見られる"気になる人"への家庭訪問を開始した――。

秋田県藤里町の支援策はひきこもり者と一定の距離を保ち、情報提供と居場所づくりに徹底する点に特徴があったが、大光氏はひきこもり者がいる家庭を訪問し、徹底して"世話を焼く"。

人口約1万8000人の洋野町は太平洋に面した港町。ウニのほか天然ホヤ、アワビ、サケなども有名だ

象徴的なのがこの事例だ。

13年のある日、包括支援センターに「介護保険サービスを使ったほうがいい人がいるので、話をしてほしい」と地元の病院から電話が入った。それは70代の夫婦が住む世帯だった。

1度目に訪問した際は、夫から「困ってないから帰ってください」と門前払いを食らった。2度目は玄関先で世間話をし、3度目の訪問で、ようやく家の中に入れてもらえた。「足の踏み場もないくらいにモノとゴミが散らかった」居間にはベッドがあり、重い病気を抱えた妻が寝転んでいた。

聞き取りを進めると、夫には軽度な認知症の症状が感じ取れた。病院が「介護サービスを入れたほうがいい」と言うのも当然だったが、大光氏がそれを勧めても、ふたりは「いらない」の一点張り。いぶかしむ大光氏に、夫は奥のふすまを指さし、小声でこうささやいた。

「息子が20年、あの部屋から出てこない」

息子はこの家の長男で、40歳を超えていた。そして、夫がこう続けたという。

「息子はずっと仕事も収入もない。家もこのとおりで古いから、せめて、息子のために建て直してあげたい。だからお金には手をつけたくない」

だが、今どれくらい貯金があるかを聞いたら、家の建て替え費用には「まったく届かない額」だった。

夫が認知症を抱え、妻はほぼ寝たきりで、長男は20年のひきこもり。この状況を好転させるだけの資金的余裕もなく、「家は隙間風が入るほどガタがきている」。そんな窮状に直面しても、大光氏はあっけらかんと、こう言ってのけるのだった。

「銭っこないから大変だよなぁ。これから家族3人、まとめて面倒見っから、私に任せてくれない?」

どんな悩みもドン!と受け止める。この懐の深さが、大光氏の真骨頂でもある。

まず、両親に向けて要介護認定の手続きをサポートし、週1回のデイケアや生活援助などの介護サービスを入れた。

同時に、自己負担額が1割で済む介護保険を使い、レンタルの電動ベッドを導入するなどバリアフリー化を進め、傷んだ屋根や台所の床の修繕は町の補助事業を使った。これは町内の事業者を使えば、かかった修繕費用の2割が町の商店で使える商品券としてバックされるというもので、そこで交付された約10万円で紙おむつなどの日用品を買いそろえるように勧めた。

こうして安価に家の中を見違えるほどキレイにした。

「住環境が整い、家の空気が入れ替わったら、20年部屋に閉じこもった息子さんとも少しずつ、会話の機会を持てるようになりました」(大光氏、以下同)

岩手県洋野町でひきこもりから脱した人を積極雇用しているアグリ農園。現在、5人の元ひきこもり者が働く

長男がひきこもる原因はなんだったのだろうか。

「彼は学校を出て親戚が働く会社で働きだしたけど、仕事の覚えが悪く、叱られてばかりでした。もうムリと職場を飛び出し、一時行方不明になり、実家に戻ってきた後、長いひきこもり生活に入っていったのです。そんな話の中で彼には精神疾患の疑いがあると感じました」

本人を説得し、一緒に精神医にかかると、やはり躁鬱(そううつ)病などの診断がついたという。

その後、彼は通院を続けたが、就労できる状態まで症状が改善することはなく、大光氏は障害年金を受給することを提案。本人の承諾を得て、手続きをサポートし、年80万円程度の年金を受給できる環境を整えた。

3年前、両親は相次いで亡くなり、残された息子は今も働いていない。ただ、生活面で困ったことがあれば、包括支援センターに電話をかけてくる。「ひきこもり状態からは脱した」という。

こうしたひきこもり事例が多かったことから、包括支援センターは各地区の民生委員に「ひきこもり状態にありそうな世帯」について調査を依頼した。その後、大光氏は本当にひきこもりなのかどうかを確かめるべく、民生委員から報告が挙がった世帯を一軒一軒、一人で訪問して回った。結果、洋野町にひきこもり者が約50人いた事実をつかむ。

包括支援センターでは要介護者にケアプランを作る業務を託されていた大光氏だったが、その後、仕事の合間を見つけてはひきこもり者の家に訪問するようになる。

「ひきこもり問題は現職時代に残した宿題。これを放置するわけにはいきませんでしたから」(大光氏)。

そして昨年、包括支援センターでの再雇用期間を終えた大光氏は、ひきこもり支援を継続すべく、NPO法人を立ち上げ、これを契機にひきこもり者への家庭訪問に加え、ひきこもりの"出口"となる就労支援を積極的に行うようになった。

包括支援センターの職員と連携し、事業者に直接かけ合って就労先を開拓。まだ職場復帰が難しいひきこもり者には電気部品製造などの内職を、外で働ける状態にある人には介護施設の清掃業務や、農園での収穫・荷詰め作業など、すでに10軒近くの受け入れ先を確保している。

大光氏からの紹介で、ひきこもり者を継続的に受け入れている農家はこう話す。

「ウチに来てくれるコはみんなマジメでよく働いてくれます。そろそろキュウリの収穫が始まって忙しくなるんですが、大光さんにはまた新しい"ひきこもりの人"をお願いしようと思っているくらいでね(笑)。ただ、『彼らは頑張りすぎちゃうから、そんなときには周りがブレーキをかけてあげて、十分に休みを取らせるように』と、大光さんからは口酸っぱく言われています」

彼女のような徹底した"世話焼き"も、ひきこもり者を外に出す有効な手段なのかもしれない。

ひきこもりの就労支援を行なう大光氏(左)と偶然出くわした洋野町の元副町長。現在は農場運営にも携わるが、雑談交じりに「今、人不足だからまた頼むよ」と、大光氏に脱ひきこもり者の派遣を希望

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