5歳の頃に父の膝の上で麻雀を覚え、「悪い遊びという認識はなかった」という井出プロ

「賭け麻雀」問題で辞任した黒川弘務(くろかわ・ひろむ)前検事長。「賭けない麻雀」の普及に長年尽力してきたプロ雀士にして、黒川氏と同時期に東京大学に在学していた"先輩"でもある井出洋介プロを直撃した!

■将棋の成功を手本に「賭けない麻雀」を普及

――井出さんは1979年に東京大学文学部を卒業されています。81年法学部卒の黒川さんと同世代ですが、在学中に対局されたことは?

井出 さすがに一度も面識はないと思います。私の場合、在学中にすでに競技麻雀の世界に足を踏み入れていたので、東大周辺の雀荘とかはそんなに詳しくないんですよ。そういうとこに通っていれば、どこかですれ違っていたかもしれませんが。

――ゲームとして楽しむ麻雀がある一方で、今回の黒川氏のように、「賭けてなんぼ」という楽しみ方をしている方も多いと思います。

井出 私が大学を出てプロになった頃はみんな賭けていましたよ。当時は麻雀人口がおよそ2000万人といわれていましたが、そのなかで、賭けないで楽しんでいるのはせいぜい1万人。これじゃ、「賭けないでやるやつなんていない」と言われても仕方ない。

卒業直後は塾講師と二足のわらじでしたが、初の東大卒・麻雀プロとマスコミにちょっと取り上げられただけでクビになっちゃいましたからね。「イメージが悪い」と言われて。だから私にとっては、最初の戦いは卓の上ではなく、世間との戦いでした。

将棋だって、昔は賭け将棋の世界でしたよね。木村義雄名人のような方々が大変な努力をして、お金を賭けない将棋連盟の世界に持っていったという歴史があります。私の場合、プロ入りして最初に獲(と)ったタイトルがたまたま「名人」だったので、「麻雀界の木村名人を目指す」という意識が強かったです。

――「賭けない麻雀」を普及させるためにどのような取り組みをされたのでしょう?

井出 新たに麻雀を覚える人に「賭けなくても楽しいじゃん」と知ってもらうことから始めました。子供や女性のための麻雀教室を開いてね。すると私を支持してくれる雀荘の方たちが、「どうせ昼間空いてるからそこでやりましょう」と賛同してくれました。

こうして始まったのが「健康麻雀」です。実際には不健康なイメージだったので(笑)。当時は賭ける、吸う、徹夜する、飲むを反対にした「4ない」麻雀を進めました。

――そうやって育ててこられたクリーンなイメージが、今回の賭け麻雀問題で悪化してしまう、といったご懸念は?

井出 今は、麻雀人口自体が1000万人程度に減ってるとして、賭けないで楽しむ人はざっと300万人はいるでしょう。するとね、黒川さんの一件に対して、「何やってんだ、賭けなくてもこんなに面白いのに」と思ってる人もそれだけいるということです。だからそれほど心配してませんが。

他方では「テンピン(1000点100円のレート)までならオッケーなのか」と喜んでいる人もいるでしょう。これはこれで、いいとも悪いとも言いません。住み分けできますし。

ただね、パチンコだったらきっと、ノーレートではできないでしょう? 麻雀ならできるんですよ。そこのとこを理解してもらいたいのですが、まだ政治家たちにはこれがわからないようです。

――しかもコロナ禍という新たな逆風もありますね。

井出 はい、今一番心配なのはそこです。残念ながら麻雀は「3密」のゲームですよね。東京では雀荘が(休業要請の緩和対象として)ステップ3になっちゃってますから、健康麻雀であっても再開は簡単ではないんです。私たちの公式対局は6月にも再開すると思いますが、マスクして、牌(パイ)を消毒して、と厳しい制約のなかで行なわれるでしょう。

■黒川氏、安倍政権の雀力は?

――ずばり麻雀の魅力とは?

井出 麻雀というゲームは、うまくいかないことだらけ。簡単に言うと、4人でやるからあがるのもトップをとるのもざっと25%なんですよね。自分の思うようにいかないことだらけのなかで、あがれない、トップではない75%を受け入れた上でなんとかして勝ちを探っていかなければならない。どのように負けるかで、25%の勝ちに価値が出てくるわけです。

不条理なゲームなんだけれども、「こりゃ運ゲーだ」とか言ってる人は絶対勝てないでしょうね。世の中の仕組みもこういうものだといったことが出てくる。麻雀を通じて人生を学べる、そこが私にはたまらない魅力ですね。

――麻雀と人生を重ねる観点から見て、黒川前検事長はどの程度の打ち手でしょうか?

井出 どこかの記事で、「黒川さんは守備型だ、降りてばかりでつまらない」みたいに書かれていたので、少なくとも彼は、イケイケでは勝てないとわかってる人なんでしょうね。だけど本当にわかっていたら、この時期に賭け麻雀やりませんよ。だからそこは、超甘い。そんな人に法の番人をやらせるなんて......と思ってしまいますね(笑)。

彼は人生の中で、ほとんど勝ち組の世界を生きてきたのでしょうから、オーラスに向けてリスクを回避する手段もあったでしょう。本当に麻雀が強かったら、そこはわかってるはず。見てもいない人の評価はいけないんだけど、最後の最後でリスク管理できないんだから、麻雀もそこまで強いとは思えませんね(笑)。

――黒川氏の麻雀人生はこれから西入(シャーニュウ/編集部注:南場終了後に西場に入ること。いわゆる延長戦)するとしまして、先輩としてひと言お願いします。

井出 ギャンブルとしての麻雀って、つまりはお金で解決できちゃう麻雀なんですね。競技麻雀や健康麻雀はお金で解決できない麻雀です。その楽しみを知れば、それだけでも違うんじゃないでしょうか。もし学生時代に出会っていれば、賭けない麻雀の魅力もわかってくれたかもしれないなとは思いますね(笑)。

――最後に、安倍内閣の"雀力"はどの程度でしょうか?

井出 あまりにも場が見えてなさすぎますね。私たちの麻雀になると、自分の手よりもほかの人の手を見てるんですよ。やっぱり75%のほうが大事なんでね。そこを見極めなくちゃいけないのに、できていない人が多い印象です。

ここのとこ毎年、東京工業大学の大学院で、「麻雀から学ぶリスクマネジメント」という講義をやらせてもらっています。「時にはマイナスを背負ってでも我慢しなければいけないことがある」とかそういう話をするわけですが、安倍政権にはそれができないんじゃないかな。

いつもひとり勝ちしようとしてるから、結局ほかの人も救えなくなっている。自民党の中でもそういうことが起きているわけですよね。潮目を見極められたら、きっとね、もっとうまくできたと思いますよ。

●「東大式麻雀」の開祖・井出洋介(いで・ようすけ)
1956年生まれ、東京都出身。東京大学文学部社会学科卒業。卒論は「麻雀の社会学」。大学在学中に競技麻雀にはまり、卒業後、そのまま麻雀プロの道へ。競技者としてばかりでなく、健全な麻雀普及活動に尽力。現在は麻将連合のGMとして競技プロ育成に注力。『東大式麻雀』シリーズなど著書多数